黒ノ魔導書

ミステリー兎

伝説の1ページ

「ハッ! ハッ! ハッッ!!」


 俺は一人、山の中で木刀を振っていた。



『魔核もろくに練れないお前は放課後、追加で木の棒でも振っておれ。退学の日はそう遠くないぞ? ホッホッ』



 あのクソじじい(魔術専攻の先生)にそう言われた俺は全ての怒りをこのボロボロになった剣にぶつけていた。


 入学してちょうど一か月。


 俺は自分に魔法の才能どころか、何も持ち得ていないということに気づいてしまった。



『落ちこぼれは山で農業でもしとけよ……』


『魔核が練れないってソレ、人間以下じゃん?』


『背丈に見合った生き方を送りなよ~』


『じゃあな! 魔法が望的なく~ん!』



 魔核が練れないということは、それすなわち、魔法を遣う者にとって、息をするための呼吸器官が無いということに近い。

 魔核はあらゆる術の基礎となり、降霊獣を使役するのも、剣に属性魔法を込めるのも、魔導書によるバフ/デバフを付与するにも、それが絶対必要となってくる。


 しかし、それでも俺、黒宮絶は諦めない。


 ――どうしても戦う力欲しいからだ。



秘魔都グリモワールド襲撃事件』



 今でこそ優雅で栄華を極めたこの秘魔都が、一夜にして何者かに使役された神話霊獣によってめちゃくちゃに壊された事件。


 壊されたってのは何も建物だけじゃない。

 

 大勢がゴミのように死んだ。


 魔法学校や街を守るために戦ったやつらも、魔法とは関係なく暮らしてたやつらも、一矢も報いることなく、死んでいった。


 そして。


 ……俺の家族も。


「絶~! こんなとこで何してんだ?」

「また先生に言われて追加で修行してたんだ」


 それでも全て失ったわけじゃない。

 俺自身の命と今まさに揚々と話しかけてきた幼馴染みの神崎琴音。


 戦う力と言ったが、正確には護る力が欲しい。

 だから俺は魔法を諦めない。


「琴音こそ、最近調子良さげじゃねぇか」

「そ、そうかな??」

「そうだろ!! 入学して一ヶ月で『大七魔剣』の仲間入りなんて聞いたことないぞ!」


 大七魔剣とはこの秘魔都で絶大な力を秘めた魔剣使い七人のことを指す。


 魔法は基本三人一組で陣を取り、各々の役割を果たす。


 一つは今述べた魔剣使い。これが陣の要になる。


 そして、サポートの魔導書使いと降霊術使い。


 要は、琴音は優秀だということだ。


 そして、俺の密かに掲げてる目標は、半年後の試験で琴音と陣を組むことだ。


「私と陣を組むなら魔導書か降霊術の勉強した方がいいんじゃない?」

「へ? 俺一言もそんなこと……!」

「顔に出やすいね~絶は!」

「うるせえ!」


 ドゴンッ! キュオオオーンン!!



 刹那。異質な鳴き声が耳に入った。

 方角は校舎だった。


「なんだよ……あれ!!」


 魔法学校を覆う程に両翼をバサバサと風を切って飛行していたソレは、神話霊獣が一体「鳳凰」だった。


「アイツ、ところ構わず火を吹いてやがる!」

「おかしい……」

「え?」

「あれは秘魔都襲撃事件で校長が封じたって……」

「今はそんなことより、みんなを助けなきゃだろ!」


 俺は木刀を握りしめ、丘を下り、校舎へと向かった。


 校舎に戻ると、大勢の生徒が阿鼻叫喚の嵐。数少ない居残りの先生は避難に注力していた様子であの上空の鳳凰は好き勝手暴れていた。


「絶! みんなを学校の外へ! どうやって結界内に召喚されたのかはわからないけど、みんな学校の外へ出れば逆に鳥籠になる!」

「わかった! 琴音は??」

「アイツを叩く!!」


 琴音は背中の魔剣を抜き、鳳凰の首もとへと建物を蹴りあげながら翔ていってしまった。





◇◇◇





 これで全員だ!!


 図書館に残っていた生徒を裏口からにがし、俺は再び、琴音のもとへと向かっていた。


 内心琴音に心配はなかった。


 避難誘導しているさいに、鳳凰の火はほとんど飛んでこなかったし、何度も自慢させてもらうが、琴音は大七魔剣の一人だ。


 ドゴンーー!!!


 大きな音ともに瓦礫が図書館へと突っ込んだようだ。

 間一髪。そう思った。


 ――――しかし。


 土煙が掃けると、そこには血だらけになっていた琴音が現れた。


「おい……嘘だろ……琴音!!」


「まだこんなところにいたのか絶……。避難は……?」


「お前が時間を稼いでくれたから大丈夫だ」


 琴音は「よし……」と言い、フラフラになりながらも再び鳳凰に突っ込んだ。


「ハアア!!!!」


 口から吐かれた火を斬り去り、分厚い皮膚に魔剣を突き刺すもそれは叶わなかった。


「絶!! 避けろ!!」


 琴音がそう言い放った瞬間、俺は数秒意識がとんだ。


 おそらくあの鳥野郎の死角からの不意打ちでぶっ飛ばされたんだろう。

 俺は目を開けると図書館の地下まで大きな穴を開けて墜ちてしまったようだ。


 連続した魔剣がぶつかる音がキンキンと上で鳴っていたため、琴音がまたしても魔剣を手に鳳凰とやりやっているようだ。


 とにかくここから出ないと。


 そう思った瞬間だった。


 見たことないボロボロの魔導書が何故か目に止まった。

 それには何重にも重たそうな白金の鎖が巻かれていた。


 『魔を遣う者、魔に終る。』


 身の丈に合わない魔法を遣った愚ろかな男が呪われ死んでしまうという伝えを何故か俺はこのタイミングで思い出した。

 

 そうだ。


 死ぬかもしれない。


 そもそも魔核のない俺には遣えないかもしれない。


 ――でも。


 琴音が今、上で命を懸けて戦ってる。


 迷いなんて必要無かった。


「琴音……今助けるっ!!」


 俺は魔導書を持ち去り、琴音の元へなんとか戻ってきた。


「なんでまた帰ってきたの?!」


「これを見ろ」


「それは……」


 俺は鎖を解き放った。


 しかし、黒ノ魔導書を開こうとしても開かなかった。

 

 そして、本の意思が脳内に流れ込んできた。



『何のために我を遣う?』



「護りたいんだ、大切な人を」



『本当は殺したいんだろ? 大切なものを奪おうとする者全てを……』



「いいから黙って力を貸せよ!!!!」



 俺は破れても知らんぞという勢いで強引に魔導書をぶち開けた。


 魔導書から一筋の電撃が脳に走った。


 覚えているはずのない詠唱を俺はスラスラと唱えた。




 ――逃げ惑う愚かな黒蟻くろあり


 ――嘆き苦しむ真実の鏡


 ――勘定奉行かんじょうぶぎょうの死際に


 ――千鎖せんさかんざし


 ――両手にくさび



 『黒ノ魔導書 第二十一項 正義ノ天秤』




 鳳凰から魔核が抽出され、それがそのまま琴音に降り注がれた。


「何この異常なほどに膨大な魔核量は……!」


「琴音!! それで決めろ!!」



 ――――魔剣・抜刀


飢飢大水天竜宮丸ききだいすいてんりゅうぐうまる



 琴音はそう唱えると、鳳凰を囲んでしまうほどの城結界を創り、四方から水流型の鎖を無数に放ち、鳳凰の首を一瞬にしてくし刺しにしてしまった。


「やったのか? ……俺たち」


「絶!! ほら、手!」


「「俺たちの勝ちだ!!」」


 ハイタッチをし、そのまま疲労で倒れ込んでも、俺たちは馬鹿みたいに笑い続けた。





 ――――これが俺、いや俺たちの伝説の1ページとなった。







【完】


読み切りです。

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