歪みと傷

堕なの。

歪みと傷

 花束を換気扇に突っ込んだ。換気扇は嫌な音を出して、そして止まった。じりじりと照りつける日差しの中、俺はその光景を睨みつけていた。

 甘ったるくて吐きそうなほどの香りは、花から香っているのではない。何か、薬物的な愛だ。歪みに歪みきった俺が見せた夢は、その見せた相手も歪ませてしまった。俺が今突っ込んだ花と換気扇のように、切っても切れない関係のまま傷つけ合い落ちていった。

 グチャグチャな花と、動かなくなった換気扇。例えるならば、この花を俺に渡した彼女が花で、俺が換気扇なのだろう。グチャグチャな花は何をしても治らないが、換気扇は修理すればまた元通り動き出す。

 スマホを出してニュースを見る。そこにはこう書かれていた。

「木鷺玲奈容疑者が羅海を殺そうとした理由とは」

 俺は、玲奈ちゃんに殺されかけた。脅迫メールを無視し続けた結果だった。結局マネージャーがすぐに気づいて間に入ってくれたおかげで、俺は何も怪我なく終わった。俺だけが、傷つかずに終わった。

 マネージャーは全治三ヶ月の怪我を負い、彼女は一生抱える傷を負った。

 俺はいつか芸能界を辞めようと思っているし、辞めたらこの歪みはきっと治る。俺が歪めた彼女はずっと変わらないまま、俺の歩みは進み続ける。

ガチャン!

 スマホを地面に投げつければ、画面の硝子が飛び散った。それは無惨に床に散らばり、俺に踏みつけられる。背中でゆっくりと羽ばたく罪の羽が重くて、自分は飛べない鳥なのだろうと思った。ペンギンのように、泳ぎが早くて飛べない訳では無い。カカポのように、重くて飛べない。自分の罪が余りにも重くて。

 いつか芸能界を辞めれば、きっとその数年後には彼女と歪みを与えあったことを忘れてしまう。今はただそれが怖い。夢を見せる仕事だから、夢から覚めれば後は何もないということは分かっている。それでも、覚えていたい。俺と彼女の全ての歪みを。

 ふらりと地面に倒れ込んだ。そういえば、この花には何か愛(薬物)が入れられていた。震える指先で、ボロボロになった花束を抱きしめた。人の声が遠くに聞こえて、見つかったのだと悟る。それでも今だけは、

「今だけは君のことを、」

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歪みと傷 堕なの。 @danano

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