7月12日

「あっつーい」

「暑い」

 蝉の声がやかましい待舟神社まちふねじんじゃの境内、俺とアカリは縁側に座り喋っていた。

「ここ下より涼しいけどさ、それでも暑くない?」

 この場所は日陰になっていて、風も通る。しかしそれでも暑い。座っているだけで汗をかいてしまいそうな程に。

「ああ。アイス食べたい」

「アイスいいじゃん。何好き?」

「ハルマゲダッツ」

「おお、高いやつじゃん。あたしは白あくまかな」

「美味しいよな、あれも」

 ハルマゲダッツは言わずと知れた高級アイスだ。値は張るがその分濃厚な味わいで、食べ応えも十分。

 白あくまはフルーツの乗ったカップアイスだ。見た目が良いのはもちろん、練乳と小豆によって食べやすい風味に仕上がっている。

「あー!喋ってたら食べたくなってきた!買いに行こ!」

「いいけど、買ってまた戻ってくるのか?」

「え?あー、そっか。んっとねー。あ、いいとこあるから大丈夫!行こ!」

 すっと立ち上がったアカリはそのまま階段へ歩き出し、神社を出ようとする。俺も慌ててリュックを背負い後を追った。

 住宅街を出て大通りに、ここの反対車線にコンビニがある。

 しかしアカリはここで立ち止まった。周囲を見まわし、何やらコソコソしている。

「何してるんだ」

「や、ほら。私学校行ってないじゃん。なのにコンビニ行ったりしてるとこ学校の人に見られたらさあ。前同じクラスだった人と会うのも気まずいし」

「そうだな。なら俺が買ってくるよ。それなら見られる心配もないだろ?」

「んーむむ。大丈夫。私も行く」

 眉間に皺が寄っている。無理をしなくてもいいのに。

 落ち着きのないアカリを背に俺が先に進む。一応同じ学校の生徒がいないかの確認もするが、部活が終わるには早いが、放課してから時間の経ったこの時間に歩いている生徒はいない。

 安全を確認して急に早足になったアカリと道路を横断しコンビニへ入る。

「あれ?鬼塚じゃん」

 そいつはコンビニの商品棚の陰から現れた。同じクラスの男子で、俺に時々話しかけてくる奴だ。学校で他に話しかけてくる奴なんていないから覚えている。

佐崎さざき……」

「へー、何買いに来……あ」

 視線は俺から外れてアカリへ。見られた当人はビクッとして俯いてしまう。

「彼女か!くッ!」

「あ、いや」

「今日のところはクールに去るぜ。また明日な」

「おい」

 佐崎はレジ袋を手にぶら下げてコンビニを出て行った。

「あー、えっと」

「……彼女」

 アカリは顔を赤らめ唇を尖らせている。怒っているのだろう、無理もない。

「明日、訂正しておくから」

「明日、そっか」

 顔の赤みが引いていく。機嫌を直してくれたみたいで良かった。

「じゃあ、アイス買っていくか」

 アカリを連れてアイスの売り場に行き、白あくまとハルマゲダッツをそれぞれ購入した。財布には痛いが、今日くらい良いだろう。

「じゃ、行こっか。ついてきて」

 来た時以上に周囲を警戒しながら道路を渡り、いつもの住宅街への路地へ入る。

 アカリの案内に従って神社への道を曲がらずまっすぐに進むと、左手側に公園が見えた。

 滑り台、鉄棒、ブランコ、ベンチがある小さな公園だ。

「あれ、あはは」

 しかし背の高い雑草が一面に生い茂っており、とても中には入れない。ブランコは支柱に固定され、鉄棒は錆に覆われている。

「ここでいいか」

「え、でも」

「あそこ」

 公園を囲う柵を指差す。丸太を組んだような見た目のそれは座るには十分だ。目立った汚れもないため軽く払えば制服を汚す心配もない。

「そっか。じゃそこで」

 二人並んで腰を下ろしアイスの蓋を開ける。どちら側で掬えばいいのか分からない木製のスプーンを突き立てるも、アイスは硬く、なかなか食べられない。

「ねースイ、さっきのって、あ、えっと」

「さっきの……佐崎か。同じクラスの奴だけど」

「そなんだ」

「どうかしたのか?」

「別に……いや!」

 アカリが立ち上がり、右手に持ったスプーンをこちらに突きつける。

「あのさっ!スイは他に友達とかいんの!?」

 失礼な!それくらいいる!と言ってやりたいが、アカリの他に友達と呼べる人なんていない。さっきの佐崎がたまに話しかけてくれるくらいだが、それを友達と呼んでもいいのだろうか。

「……いないけど」

「あっ、じゃ、あの、ああぁぁーー!!」

 両手を頭に当ててしゃがみ込んだ。アイスを落としたりしないか心配になる。それにそのスカートでしゃがむのはやめた方がいいと思う。

「どうした!?」

「あ、うぅ。恥ずい。……はあ」

 アカリは落ち着いたようで隣に座り直した。

「スイって学校行ってんじゃん。だからさ、友達いっぱいいたりしてさ、それで、うぅぅ」

 アカリがアイスを一口頬張る。俺もそれに倣うと、ちょうど食べやすい硬さになっていた。

「ねえ」

「ん?」

「忘れて」

「分かった」

 何も言わず、二人で黙ってアイスを食べた。いつの間にかひぐらしも鳴き出している。

 たまには静かなのも悪くない。

「はあ、美味しかった。あ、ゴミこれに入れて。うちで捨てっから」

「ありがとう」

 レジ袋にアイスのからを入れ、腰を上げる。

「ねえスイ、もうすぐ夏休みじゃん」

「ああ、そうだな。テストも終わったし」

「じゃあさ、予定とかなんかあんの?」

「特段ないな。親の実家に帰るぐらい」

「よっし、じゃどっか遊びに行こ。あとで連絡するからさ」

「……!ああ、行こう」

 休日に遊びに行く。これぞ友達って感じがする。誘ってもらえて嬉しいし、今から楽しみだ。

「今日ヘマした分取り返すからね!」

「ん?そうか」

 何の話だったか。

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