筐庭の夏

臂りき

第1話 地獄覗き


 むせ返りそうなほどの草いきれ。


 頭上からは騒々しい蝉たちの声が降り注ぐ。


 時折思い出したかのように吹く風は生温く、樹々の葉を揺らすにも心許こころもとない。


 身を焦がす強い光がチラチラと、眼前の柔肌を照らす。

 半ば強引に脱がせたシャツの下、小麦色からくっきりと分かれた真っ白な肌が不覚にも艶めかしく映る。

 沿わせた半身から漂う微かな汗と塩素の匂いがうなじうずめる鼻腔を刺激した。


「――しょうたろ、く! あっ! まって!」


 細い腰を両の腕に抱き、快楽に震える不安定な足につられぬよう何度も踏ん張る。

 膝から崩れそうになる度に突き込む角度を上げ、薄い臀部に打ち付けた。


 触れる全身がそれに応えるように痙攣し、止めどなく僕の嗜虐心を煽り催促してくる。


 狭くも浅いだけに、奥を先端で小突き擦り付けることが最も刺激的だと分からせた。

 幾度も突き、捏ねくり回しては小さな身体から返ってくる悦びの反応が酷く僕を夢中にさせた。

「ちょっと、や、やすませてっ!」

 密着させた体を丸め腰を浮かせることで、どうにか理性を保とうとしている。支えにしたか細い腕が突っ張り、今にも樹からずり落ちそうになる。


 ――休ませるわけがない。


 僕はこんなにもたかまっている。もっと快楽を貪っていたい。

 更なる快楽を求め慄える生意気な小さな身体をずっと犯していたい。


 だってこれは僕のものだ。


「……お姉ちゃんはそんなこと言わない」

 先より強く突き上げ、揺さぶられるままの半身を抱き起こす。


 丸めた背を両手で抑え込み弓なりに反らせ、再び込み上げる猛りを浅く狭い最奥へとぶつけにかかる。


 ふと周囲の音が耳鳴りに変わり、高鳴る鼓動が下顎の辺りを叩く。

 視界に強い光が戻った時、散々繰り返された連動が不意に一点へと集中した。


 少女が悲鳴に似た短い嬌声を上げる。


 それを合図に二、三突いた後、溢れ出る快楽に身を委ねた。

 がくがくと上下する背を半身で押さえ付け、最後の時すらこちらの意に沿わせる。


 しばらくの間ゆっくりと奥に擦りつけ、未だにいきり立った一物を引き抜く。

 唯一の支えを失った少女は呆気なくその場にくずれた。


 お姉さんに注がれるはずだったそれらは、無惨にも何でもない雑草や乾いた土へと消えていった。


 慎ましくも荒々しく、少女は肩で息をする。


 脈動する僕の物。濡れそぼった少女の物。


 思いの外奮われた横溢が未熟な恥部から流れ出し、雄々しく屹立した一物を頂点にいつまでも糸を引いていた。


        *


 辺りの山々にもやがかかっている。


 白み始めた朝雲の空にうっすらと群青が垣間見える。

 間違いなく今日も晴れだ。一点の曇りもないほどに殺人的な灼熱がやってくる。


 片やすっかり覚醒し切った僕は雑草相手に鎌を振る。

 何も考えず一つの物事に没頭するのは好きだ。殊にこの除草作業というものは目に見えて成果が出るのが良い。


「おはよう、翔太郎しょうたろうくん。精が出るね」


 茎や葉を持ち上げ、できた隙間に鎌を差し込み引く。刈り取ったものは予め用意したゴミ袋にねじ込む。

 露出した根は炎天下に焼き焦がされるだろう。


恭也きょうやさん、おはようございます」

 すっかり固まった腰を上げ、満面の笑みで声の主に応える。


 リビングには網戸越しにビジネスカジュアルにばっちり決めた男性の姿がある。

 恭也さんはコーヒーカップを片手にサンダルに履き替え庭に降りてくる。


「朝早くから偉いね。加奈美かなみなんてまだぐっすりだよ」

「育ち盛りですから。出張は長いんですか?」

「うん。まあ、いつも通りかな。今日も乗ってくかい」


「もちろん!」


 この家の主人である恭也さんは頻繁に遠くの町へ出る仕事をしている。内容は分からない。

 ただ、一度出張に出ると一週間は家にいないことや、決まって愛用のスポーツカーに乗って出ることだけは知っている。

 長い時にはひと月も留守にすることがある。


 僕は早朝に出立する恭也さんの車に乗って、道中のお気に入りの場所まで同行させてもらうことになっている。

 二人の間で「地獄覗じごくのぞき」と呼ぶ名もない峠で下車し、そこから森の中を歩きつつ日課の薪集めをするのが常だった。


 二年前からずっとそうしてきた。


「ご飯の支度できたわよ。翔太郎くんも手を洗っていらっしゃい」


 ふわっとした長い髪を後ろに結ったエプロン姿の美咲みさきさんがリビングから僕らを呼ぶ。

「さてと。袋は僕が持って行こう」

 優しく微笑む口元。髪を解く細く長い指、柔らかな手のひら。どこか遠くを見ているようなおっとりした大きな目。

 そのどれもが、どこまでも僕を捉えて離さない。


「翔太郎くん、早くおいで」


 玄関に鎌を置き、手を洗いに洗面所に向かおうとした矢先、美咲さんから催促が掛かる。


「ちょっと、美咲さん……一人でできるから」

 蛇口から溢れ出す水に手を浸そうと前のめりになると、後ろで待ち構えていた美咲さんが僕の両手に柔らかな手を重ねる。

「大きくなったね。この間まで届かなかったのに」

「そんなの、もう五年も前だよ」


 あの頃の僕は本当に小さかった。今でも歳の割には小さい自覚はあるけれど、当時は手を洗うにも踏み台が必要不可欠だった。

「本当に……大きくなって。可愛い、かわいい私の子」

「あっ、美咲さん……」


 物心ついた時からすでに両親の記憶のない僕は、これまでこの村の共有物として育った。

 決められた家もなければ、本当の家族もない。

 そんな得体の知れない人間を彼らは快く迎え入れてくれた。

 取り分け恭也さん、美咲さん夫妻には随分と良くしてもらっている。


 だから僕は機会があれば何だって彼らのためになりたい。

 僕を迎えてくれた村の、掛け替えの無い仲間として。


「美咲さんっ、早く行かないと」

「大丈夫、大丈夫……」

 僕の脇下から左腕で優しく上半身を固定し、ひんやりした繊細な指が僕の物をゆっくりと揉みさする。

 包み込むかのように香る女性の匂いと、背に感じる柔らかな膨らみが深く心地良い泥の沼へと僕をいざなう。

 昨晩は一睡もしていないせいもあり、いつもより先端を摩るいやらしい手付きが敏感に感じられてしまう。


「我慢しないでね」

 硬直した僕の身体を反転させ、ずり下ろされたズボンから覗く物を、まだ先しか出ていない内からその厚く温かな唇が迎え入れた。

 すかさずねっとりとした舌が裏筋から雁首の辺りを満遍なく這い、つるっとした内頬の圧が小刻みに奥へ外へと扱き上げる。


 止めどなく這い回る舌が物全体に、執拗に先端を刺激する度に耐え難い快感が全身を走り、無意識に淫靡な口元から逃れようと腰が引かれる。


 しかし、太ももから臀部にかけて回された腕がそれを許そうとしない。


 容赦なく引き戻された下腹部は口の動きも相まって更に奥へ奥へと引き込まれる。

 押し寄せる快楽に、足で突っ張ることでしか抵抗できない僕はふらつきながら、自然と美咲さんの頭を抱え込んだ。


 何度も飛びかける意識の中、繰り返される口淫だけが幾度も僕を呼び止める。


 時折訪れる心地よい微睡みに浸る間もなく、一点を中心に引き起こされる快感の連動が絶えず僕を目覚めさせる。


 ぼやける視界の中にふと、うっとりとした上目で僕を見つめる美咲さんが映った。

 その瞬間、それまで張り詰めていた全身の箍が外れ、腰から先端にかけて抗いようのない射精感が駆け巡った。


 僕の反応を待ち望んだ美咲さんはそれと知り、しっかりと両腕で僕の腰を抱いた。

 温かく、滑りを帯びた一点の隙もない淫靡な泥沼におびただしいほどの精がほとばしった。

 やがて引いていく小さな波ですら逃されることはなく、奥へ奥へと誘われていく。


 散々なよろこびに打ちひしがれた僕の身体は完全に脱力し、美咲さんの柔らかな胸の中へと沈む。

 抱かれるままの僕はようやく訪れた約束の微睡みと、快楽の余韻にしばらく浸った。


「大好きよ、翔太郎くん」

「……僕もだよ」


 何でもない朝の日課。清々しい風景。淫行。


 たった数分にも満たない時間が永遠のように思われた。


        *


「今日も泊まっていくわよね?」

「それがいいよ。きっと加奈美も喜ぶから」


 村を点々とする僕は、その日の宿すら成り行きに任せる。

 規模は極々小さな村だけど村人は皆親切で、僕を家族同然に嫌な顔一つせず迎え入れてくれる。


「きっとこの子も安心するわ……」

 美咲さんは椅子の背に身を預け、大きくなったお腹をそっと撫でる。


「車はどうしようか。やっぱり黒かな?」

 少し眉を上げた笑みで、僕とのドライブについて恭也さんが相談してくれる。

 無理しなくてもいいのに。


「今日は赤がいいな」

「えっ、黒じゃなくていいの?」

「ううん。赤い方が僕は好きだよ」

「そうだったんだ。僕はてっきり黒い方が好きなんだと思ってたよ」

「ふふ。二人共本当に車が好きね」


 二年になるだろうか。

 突然恭也さんのスポーツカーに興味を持った僕は、二人から贈られた小さなプラモデルを愛でることはもちろん、本物の乗り心地や操作方法についても熱心に勉強させてもらった。

 彼の隣で直接体感できた経験は何にも代え難い。


 僕を運転席に乗せて走行してくれたこともあった。自分も狭かっただろうに、楽しそうに僕の手を取り一緒にハンドルを握ってくれた。

 やっぱり僕は古い日本製のマニュアルより、外国製のオートマチックの方が好きだ。


 だから僕は断然赤が好きになった。


「それじゃあ行ってくるよ。加奈美にもよろしく」

「大丈夫よ。カナちゃんだってもう立派なお姉ちゃんになるんだから」


 二人は窓越しに軽くキスをして別れた。

 すでに朝陽が差し込み暑くなり出した山間やまあいの風が、閉まる窓の隙間から吹き込む。


 今日は香水を付ける日だ。

 出張前の恭也さんは香水を付けることがある。それも決まって「赤」の日に。



 曲線を描きながら緩やかな坂道をぐんぐんと進む。一〇分程登った後はずっと下りだ。


 少し下った先に僕の目的地がある。明らかにガードレールの不足したカーブが目印。


 車幅は裕にある隙間から下を覗けば、岩が剥きでた絶壁と鬱蒼とした谷底が遠くに見える。その深さときたら「地獄覗き」の名に恥じないほどに十分ある。


「いやあ、翔太郎くんも大きくなったね。そろそろ『二人乗り』も厳しいかもね」


 崖から三〇メートルは離れた場所に停車し扉を開け、先に出るよう恭也さんが僕を促す。


「恭也さん」

「うん?」


 地に足を着いた僕は薪集めに愛用している小さな手斧を、恭也さんの首元目掛けて振り下ろした。


 「ざっ」と音がしてすぐに引き抜いた手斧の後からおびただしい量の血が噴き出てきた。

 眉根を少し上げ、見開いたままの目がセレクトレバーの方に傾く。


 血の勢いが衰えたことを見計らい再び座席に乗り込み、Dに切り替える。

 ブレーキペダルに乗ったままの足を持ち上げアクセルに移行。これで少し足が届かない問題は解決された。

 革靴の上から軽く踏み付け、中腰の状態でハンドル上部を操作して車の位置を微調整する。


「ううっ……」

 開いたままの扉から外に出る。

 座席にもたれ脱力した男は俯き何か唸った。


 クリープに任せてゆっくりと加速を始めるスポーツカー。

 先まで爽快にかっ飛ばした経緯とのギャップがどこか滑稽だった。


「ばいばい、恭也さん」


 興味深い瞬間を目にするため、小走りで車の少し後を追う。


 前輪が崖の縁から外れた。

 頭からほぼ垂直に落下した車は、途中にせり出した岩や木々との接触もあり、仕舞いには腹を見せて森の深くに消えて行った。


 最後は呆気ないほど短い地響きを立てて終わった。

 この時を期待していただけに、昨晩からの興奮は驚くほど急激に冷めた。


 二年前、夫妻の寝室を覗き見た光景。

 それまでに聞いたこともない美咲さんの嬌声。部屋中に鳴り響く肉を打つ音々。


 いつも優しく包み込んでくれる柔らかな身体に容赦なくのしかかる雄々しいオスの姿。

 快楽を貪る荒々しい息遣い。

 柔肌をほしいままに押さえ付け、幾度もいくども突き込み、果ては盛大に腰を震わせ射精の余韻に浸る男。


 ベッドが軋む度にどれほど嫉妬したことか。


 その時から僕は車が好きになった。

 日本製、外国製、見た目や性能だの、そんなものは端からどうでもよかった。

 好きという事実が何より重要だった。


 だから今、僕は車を好きではなくなるだろう。

 やってやったという充実感は全くない。むしろやり始めた頃より暗く冷めている。



 しかし僕の物が屹立しているのは、決して美咲さんとの睦ごとを思ったばかりのことではない。


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