しゅいしぇいむし! 2.ジョーカー


 今日はそう、特別な日。

終わりと始まりが抱き合い、全てのリスタートとして最も最適な日。


年に一度の祝祭を重んじるこの学校は、今日のみ特別に校舎の夜間開放が行われる。



「よっし、いい? みんなでジャンプして『年越しの瞬間地球にいなかった~』ってやるんだよ!!」

資料室という名の物置の一角、優香里は張り切って言う。


「ちょっと優香里ちゃん、カード崩れちゃうから机叩かないで」


「あっごめん」


「ふふふ、それに零時までまだ一時間強あるよ~?」


そわそわする優香里をくじらと瑠奈は落ち着かせようとしていた。



「そういえば、年越しの日は学校でお泊り会できるって先生たちさすがだね!!」


「青春体験を大事にしてるらしいですね。本当は市の許可が必要になるみたいですが、学園が少し特殊な空間に存在してるおかげで自由らしいです」


くじらは話しながら揃ったカードを探しては山に切り捨てていく。

彼女の豆知識的情報に、空色の少女二人は感嘆の声を漏らした。



察しの通り、四人が今行っているのはババ抜き。

カードを一枚ずつ引き合い最後にジョーカーが残った者が負け、という実にシンプルなゲームである。

湖にも似たような遊戯が存在していたため、くじらもすんなりと理解することができた。



「そういえば、さっきから柊雨くん静かだね~。もしかして眠くなっちゃった?」


「えっやだやだ、みんなでジャンプするんだよ!! 起きてってば!!!」


ふたりが呼ぶので、柊雨は顔を上げる。

すると何やら不快そうな表情をしていたので、一同は驚き顔を見合わせた。


「寝てないよ。……ちょっと嫌だなって思って」


柊雨のいつもよりワントーン低い声に、優香里は「ジャンプ嫌なの!?」と迫る。

そんな優香里の言動に、困ったように眉を下げてから少年は言った。



「……だってくじらがいじわるしてくるから」


拗ねたように口をとがらせる様子は、計算かもしれないがそれでも珍しい。

優香里と瑠奈はどれだけのことが起きているんだ、とくじらを覗き込んだ。




「いやですね。このくらい、ゲームを楽しくするためのちょっとしたスパイスにすぎませんよ」


すました顔で淡々と述べるが、その裏に滲む楽しいという感情が隠しきれていない。


「……ちょっとした?」



「うん。『ちょっとした』、ね」


そう言ってくじらは得意げにウィンクして見せる。


爽やかな青と可愛らしい桃色とで調和の取れていた色調が、青が閉じられたことにより崩壊した。

ピンクの瞳に浮かぶハートが、なんだか少し扇情的に感じて――――


いつもと少し違う魅せ方は柊雨を連想させる。




数秒の沈黙を破ったのは、深く長く吐き出された柊雨のため息だった。


「なにそれ……いい加減にしろよマジで」

僅かに震える声でそう吐き捨て、顔を覆い俯く。

いつもより口が悪いのは、おそらく気のせい。


「んふふ、いつものお返し~」

くじらは頬杖をつき、満足げに微笑んだ。



そんな二人を黙って眺めていた優香里と瑠奈は、ぽかんとしながら互いとくじらたちを交互に見る。

そして状況を理解すると、「柊雨くん、してやられたな」と頷いた。



「え、柊雨くんがそこまでなるいじわるって結局なに…?」

我慢できずに優香里は尋ねる。


くじらは少し考えてから目を弧にし、「ほら柊雨くん、ちゃんと教えてあげて」なんて言う。

またそんな意地の悪いことを言うので、柊雨は視線を逸らしたままとうとう話さなかった。



「ほんとは持ってないのに『これジョーカーだよ』って言って、ありもしないジョーカーを引かないように悩む柊雨くん見て楽しんでた」

一人で百面相してて面白かったよと笑うくじらは、未だかつてないほど生き生きしていて。

日ごろ彼女を揶揄う柊雨の倍は楽しそうな表情だ。



「……くじら、性格悪いって言われるでしょ」


「え、今初めて言われた。――――嘘だけど」




(えーっっ!? この前ババ抜きやったときは柊雨くんの無双だったのに!!)


ふたりは、柊雨はババ抜きのような心理戦が得意だと思っていた。

実際にそれは間違っていない。

しかし上には上がいた、たったそれだけのことである。



ではなぜ普段から仕返しをしなかったのか。更に正確に言うと、「できなかった」なのだが。

その答えも単純、「ゲームじゃないから」だ。


このような用意された舞台では気にならないが、日常ではどうしても性格や言動に気を使ってしまう。自分は恥ずかしいことをしてしまっていないか、間違っていないか、なんて。

自分に自信のない彼女ならなおさら。もちろん柊雨の揶揄いは冷たいものでなく愛のあるものだと分かっているが。



つくづく、練習に強く本番に弱い少女である。


「ねえねえ、次はダウトやらない? ポーカーでもいいよ」


「ぜっっっったいに嫌」



後にくじらも柊雨にやり返されることになるのだが、それはまた別の話。




*誰か書いてくれ⋯by作者*


*  *  *



 もうすぐ日付が回ろうとしている。

半時間前は盛り上がっていた資料室も、今はなぜか静かだ。



「優香里、教室でみんなと年越ししなくて良かったの?」


お泊り会といっても年が明けた後の消灯までは、いつもの休み時間のようなものである。多くの生徒は教室で過ごしているが、くじら達のように少人数で別の教室にいる者もいる。


本当は音楽室もしくはその準備室で過ごせれば良かったのだが、先客がいたため滅多に出入りのないこの教室になったというわけだ。



「え、なんで?…っていうかそれは柊雨くんの方じゃん!? 女の子たちから『一緒に年越ししよ~』って迫られてたの知ってるよ」


「僕たち、柊雨くんファンの子たちに半殺しにされるのでは…?」


悪寒に猫のような身震いをする瑠奈を、柊雨は「そんな子たちじゃないよ。…多分」なんて心許ない励ましをする。



「……もしかして二人とも、人の多い所だと落ち着かないわたしたちに気をつかってくれたんですか?」


わたしたち。

その言葉で差されたのはくじらと自分だと気が付いた瑠奈は、申し訳なさそうに眉尻をさげた。



「その……ごめ――」

「いやほんとに違うってば!」


瑠奈が言い終わる前に、優香里が食い気味に否定する。


「そうそう。というか俺がそんな気をつかえると思う?」


「? 使えますよね、なんだかんだ柊雨くん優しいし」


くじらはさも当たり前といったように、こてんと首を傾げる。

予想外の反応にフリーズする柊雨を見た優香里と瑠奈は、二人そろってうんうんと頷いた。


「……はは、このメンバーが言うと説得力すごいね」


「ふふん、でしょ! 僕三人のすごいとこいっぱい知ってるんだから!!」

自信満々に胸を張り、優香里は続ける。



――――だって、もうすぐ出会って二年だからね。



その言葉を聞いた三人はぱちぱちとまばたきをしてから、笑いあった。



「ほんとに、いろいろあったね。それもこれも、全部みんなのおかげで乗り越えることができた」


「しんみりするにはまだ早いよ~。だってまだ何にも始まってないしこれからだからね~!」


「そうだね。…わたし、みんなに出会えてよかったって思ってるよ」



たった二年。されど二年。

カルピスの原液もびっくりするほど濃い日々は、四人の間にある溝を埋めた。

しかし壁を壊したのは、正真正銘彼らの努力だ。


夢を叶えるまではまだ遠い。

そしてその大小など関係ない。心の底から信頼し合う四人の中を、絆と呼ばずしてなんだと言うのだろう。




「なんせ僕たちは、あの鬼門を越えたんだから!!」


バン。


優香里の大声とともに、資料室のドアが声に負けない程の音を立て開け放たれた。

四人は揃って何事だと入り口に視線を向ける。



「せんぱい方! ちょっと聞いてくださいよ!!!」

一番先頭に立っているのはつきみだった。


本棚を破壊しそうな勢いだったので、四人がかりで彼女を宥める。


「カスイパスターズで透海ちゃんが~~っ!」


「いや、『スカイバスターズ』ね。何カスいパスタって。⋯⋯まずそうだね」



透海、その名を聞いたくじらがつきみとかもめの後ろを覗き込むと、そこには見知った顔の一年生二人がいた。


「ちょ、ちょっと意地悪しただけだし」


「け…けんかはやめようよぉ」


頬をフグのように膨らませる透海、あたふたと機嫌を戻そうとする渫奈、そしてその二人を黙って見つめるかもめ。


「トラップ!突然トラップ仕掛けてきたんですよ!? しかもかなりのデバフ入るやつ!! 次中ボス戦だったのに⋯」



すごい剣幕のつきみを、優香里がどうどうなんて言って落ち着かせる。


「あのくらいゲームを面白くするためのちょっとしたスパイスじゃん。ボスだって倒せたんだし良くない?」


つーんと口を尖らせる透海。

横から「透海ちゃんがソロで倒したんだけどね⋯」というかもめのつぶやきが聞こえる。


するとさっきまで事態を一歩引いて眺めていたくじらが、透海の前に立った。


「そうですよね、そのくらいただの戯れだよね」


珍しくテンションの高いくじらに透海は若干驚くが、すぐに頷く。



「だって、スリルがないと楽しくないじゃないですか」

普段あまり感情を表に出さない彼女が、主人に叱られた犬のようにしょんぼりしている。


その言葉はプロ級にゲームが上手い故に普通にプレイするだけでは足りない、という意味だった。



それを察した二年生は困ったように笑う。


しかしくじらだけは違って、目をきらきらとさせた。

「わかってくれて嬉しいです透海ちゃん! 全部上手くいっちゃつまらないよね。⋯⋯限度はあるけど」


まるで「ほらね同士がいるでしょ柊雨くん!」とでも言いたげだ。

そしてそれは透海もであった。



(くじらちゃん、なんか透海ちゃんに甘いよね〜⋯)


くじらだけでなく透海も以来くじらに懐いているような気がする、とこの場にいる皆が思っている。



「⋯⋯で、どうして君たちは俺らのとこに来たの?」

柊雨が本題へ移ることを促す。


つきみとかもめが数秒見つめあってから、口を開いた。

「先輩方も透海ちゃんにボコボコにされたらいいと思って」

口角は上がっているが目は笑っていない。


「えっいいの!? 僕もゲームしたい!!」

そんなふたりと優香里に瑠奈は苦笑した。




「わたしスカイバスターズはやってないな⋯」


「なにか他にやってるゲームあります?」

先輩とゲームできるかもしれない、と透海は心を躍らせる。


楽しそうな彼女につられて、くじらも自然と頬が緩んだ。


「FPS系じゃないけど知ってるかな、『サタデーナイトスペシャル』ってやつなんですけど」


「殺し屋の女の子と孤児の女の子が出会うやつですよね! 広告に出てきた狙撃シーン、かっこよくて痺れたなあ⋯」

セリフ回しもいちいちかっこいいですよね、と興奮気味に答える。


「知ってるの!? 洋画みたいなお洒落な雰囲気が好きなんですよね⋯! 今度フレンド申請するね」


あまり有名ではない作品も知っているとはさすがプロゲーマーを目指しているだけあるな、とくじらは感心した。


「あ、いえ。始めようか迷っててまだやってないので、今度インストールしてきます。PC対応してましたっけ?」



わかる人にのみわかる会話を繰り広げるふたりを、微笑ましく見守っていた優香里。



「あー!!!!」


しかしあることをはっと思い出し、大声で叫ぶ。

一年生は突然のことにびくりと体を揺らし、二年生は慣れたように耳を塞いだ。



「日付!!回っちゃう!!!」


優香里の言葉に皆がはっとする。



「じゃあ僕、スカイバスターズの新年から開始されるコンテンツ最速クリア狙ってるのでこの辺で失礼します」


「あっあっわたしも〜!! ほらかもめちゃんも行くよ!」


「え、私も!? しっ失礼しましたー!」


透海はそそくさと、それを追ってかもめを引きずりながらつきみも資料室を後にした。



「嵐みたいな子たちだね〜」

そうのんびりと口にする瑠奈の後ろで、優香里は時計とにらめっこしている。


どうやら皆年越しの準備は万端らしい。



くじらはふと思う。

(こんなに賑やかな大晦日、初めてかも)


暗い湖底、マナと二人きりで静かに新年を待つ、いつもそうだった。

今年はわたしがいないから彼女は寂しがっているかな、と一瞬浮かんだが、すぐに首を横に振る。


(⋯⋯なんて、あの子がそんなこと思うはずないね)



ここに来て、みんなと出会って気づくことが出来たのだ。

「わたしは一人でも十分やっていける強さがある」ということを。



軽く深呼吸をしてから、くじらは口を開く。



「湖には零時になった瞬間に水面からジャンプして『年越しの瞬間湖にいなかったぜ』ってやるの」


まあ後々「人間に見つかったらどうするんだ、危ないだろと」大人たちに怒られるのだが。



「何それ陸と同じじゃん」


「卒業したら⋯⋯四人で湖に来て、それやりませんか」


なぜかその声は、緊張から震えていて。

三人は、それを言うことは彼女にとって勇気のいることだったのだと察する。



「来年でもいいけど?」

優香里の言葉に、くじらは首を横に振る。


「卒業してからがいいの」


その言葉に三人は顔を見合せてから、微笑んだ。



「それって卒業してからも僕たちと友だちでいたいってこと〜?」

おやおや〜?なんてにやにや笑う瑠奈。


「んふ、素直にそう言えばいいのに。⋯⋯いいよ、いつでも会いに行ってあげる」

柊雨は笑いを堪えながら言うが、こんな時にもガチ恋製造機じみたセリフを口にする。


「くじらちゃんがそんなこと思ってくれてただなんて⋯⋯ママ泣いちゃう」

ハンカチを目に当て、グスングスンと泣き真似をした。


「優香里ちゃん、一年以上前のネタ擦り続けなくていいから」



――――でも、


「⋯⋯嬉しい。みんなありがと」




そこが異世界でも、別の星でも。


「 わたしも会いに行くね! 」

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水生夢死【代理学園・外伝】 冬路くじら @kasumikujira

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