第25話 おまわりさん事案です。あそこに少女を尾け回す怪しい男性が…………あ、俺か②

 な、なぜ……ここにメスガキあいつが……!?


 反射的に身を隠し、俺は物陰から様子を窺った。


 エプロンを身に着けたメスガキの手には、箒とチリ取りが握られていた。

 そのまま酒場の前を掃除し始める。


「はぁ。人使い荒すぎ。だったらもっと時給上げてほしーんだけど」

「おーい、なんか言ったか~?」

「言ってませーん」


 ……なにか、見てはいけないものを見ている気がした。


 正直混乱している。

 見ての通り、彼女がこの酒場で働いているのは間違いない。しかもこんな早朝から。


 理由はもちろん分からない。

 まさか学校の職業体験だの社会科見学だのではあるまい。そうだとしたらもっとマシな場所を選ぶだろう。

 あれじゃまるで貧乏苦学生が学費を稼ぐために身を削っているかのようじゃないか……。


 とりあえず……ここで帰るわけにはいかないよな?


 こうなったらとことんやってやる。このまま帰ったら気になって夜も眠れん(最後に夜空見たの1か月以上前だけど……)。

 というわけで、俺は尾行継続を決断した。


 それからしばらくして――。


「じゃ、お先にあがりまーす」


 ……ふぅ、やっとか。


 ようやくメスガキが店から出てきた。

 チラリと街中の時計を確認すると、時刻はすでに11時頃だった。

 かれこれ数時間も張り込みっぱなしだったことになる。


 すでに足が棒のようになっていたが、俺は当初の目的を遂行すべく再びメスガキの後を追った。


 いやあ、どんな家住んでるんだろう?

 なんかガチで気になってきたな。


 予想外のメスガキの行動により、もはやそっちの方もよく分からなくなってきた。

 最初はなんとなく高級住宅街を想像していたが違うのだろうか?


 というか学校に行ってないのかコイツ?

 見た目の年齢的にはどう考えても普通に学生やってそうだが、昼近くまでバイトしてるくらいだからそれも怪しい。


 サボリ、休学……まさか実は二十歳越えててもう卒業してますとかないよな?


 いろんな可能性が浮かんでは消えていく。

 あるいは夜間の学校に行っているパターンもあるが、毎日お昼に草原まで来ている以上、少なくとも学校というパターンはないだろう。


 まあいい、さすがにもう寄り道している時間はない。

 町の出口には向かっていない様子だし、もう行く先は自宅以外考えられない。


 そう思ってコソコソ柱などに隠れながらメスガキの後をつけ続ける。


 が、俺の予想は再びあっさりと裏切られた。


「ここって……」


 俺は目の前にそびえ立つ巨大な建造物を見上げた。


 メスガキが訪れた場所。

 それは、町の中心に位置する『城』だった。


 なんでまたこんなとこに……。

 もしやここに住んでる……とか?


 ふと、時代劇のような設定が頭をよぎる。

 実はメスガキは王族で、さっきの仕事はただ市政を覗き見るための戯れに過ぎないというもの。もしそうならあんな場末の酒場にいたことの辻褄も合う。


 だが、どうやらその予想も的外れだったらしい。


 メスガキは城の入口へと向かわず、むしろ裏手の方へと回っていった。

 ただし裏手と言っても敷地が広大なため、ちょっとした散歩のような距離を歩いた。


 いったいどんだけ歩くんだコイツ……?


 いい加減ちょっと嫌気が差してくる。

 運動不足の30歳の体力をなんだと思ってるんだ。もうふくらはぎパンパンだぞ。


 あーこれ絶対明日筋肉痛です。間違いないです。

 ……年齢的にあるいは明後日かもしれないが。


「!?」


 と、そこで俺はようやく城を訪れたメスガキの目的を知ることとなった。


「…………」

 立ち止まったメスガキが、ジッと一点を見つめている。


 そこにいたのは一人の青年。

 あれは、たしか――。


「……勇者?」


 どうやら敷地内の別荘……離れとでも言うのだろうか。

 勇者は広いベランダで日光浴をしながら優雅に佇んでいた。

 手にはティーカップが握られ、キレイな顔立ちと相まってまるで絵画のような光景だ。


 ははぁ……なるほど。そういうことね。


 なんだか肩の力が抜けてしまった。

 いろいろ想像したのが馬鹿みたいだ。


 なんてことはない、あのメスガキも所詮年頃の女の子。

 大好きな勇者様の御姿を一目拝みに来たのだろう。誰かに見られてないかと直前に左右を見渡していたあたりがイジらしい。


 そういえば、勇者が王子だというのは噂で聞いていた。

 世間的には周知の事実だが、勇者という単語でしか認識してなかった俺は今の今まで忘れていた。


 勇者で王子、イケメンで超強い……凄まじいな。俺もそんな人生に生まれてみたかった……。


「あ、そろそろおウチ帰らないと」

「!」

 時計を見て慌てたようにメスガキが呟く。


 ハァ、ようやくか。これで目的を達成できる。

 もうどんな家でもいいから早く着いてくれ。


「早くしないとあのおじさん、また変なうえに無駄で無意味な準備し始めるからなぁ」

 おいこら。


「ん?」

 うおおぉ、あぶねっ!

 つい反応して見つかるところだった。最後まで気を抜かないようにしないと。


 そんなヒヤリとする場面もありつつ――。


 俺はついに、メスガキの家へとたどり着いた。


 ここまで来るともう何を見せられても驚かない。

 どんな家でもどんとこい。


 そう思っていた。しかし。


 マジか……。


 そこにあったのは、ボロボロの平屋の一軒家だった。

 パッと見廃墟かと勘違いするような。


 しかも、驚いたのはそれだけではない。


~、ただいま~。あはは。いい子でお留守番してたの~、えらいね~」

「…………」

 だ、誰……?


 見たことのない笑顔に、聞いたことのない甘い声。

 まるで別人。少なくとも、俺の知るメスガキではない。昨日見せたプレゼントを喜ぶ姿ともまた違う。


 帰宅するなり激しく出迎えてきたペロ《愛犬》と戯れる少女の姿は、俺の知る生意気なメスガキとはかけ離れた姿だった。


 もう、なにがなんだか……。


 仕事といい、家といい、犬と触れ合う姿といい。

 俺は困惑を通り越して混乱していた。


 メスガキの生活ぶりは、当初想像していたものとは180度真逆だった。

 というか今日の光景だけ見れば、メスガキというよりも、ただの普通ないい子としか思えない。

 俺はすっかりわからなくなっていた。



 ――



 よく考えたらさほど気にしていなかった。

 というより、自分のことに必死すぎてそこまで気が回らなかった。


 そういえばレベルアップのためとは聞いていたが、“その先”については何も聞いていない。

 強くなるからには、その力でなにかやりたいことがあるはず。


 これがただの甘やかされて育った生意気なガキなら、「みんなに注目されたい」とか「狩猟感覚で」とかしょーもない理由も考えられたが、たぶんそうではないだろう。


 だとしたらいったいなぜ?

 こうなったらもう直接聞くしかない。




 そう考えた俺は、気づけば次の行動に移っていた。

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