第6話 不意打ちが卑怯? 戦術と言ってもらおうか②
そして5分後、やはりメスガキはやってきた。
だが。
「ん?」
俺の様子に気付いたメスガキが、ピタリとその場に立ち止まる。
ジッと眼下を見下ろし、俺が今現在どういう状況であるかを確かめている。
………………そして。
「……ハァ、また寝てるし」
目をつぶったまま仰向けで動かない俺を見て、メスガキはため息をついた。
よし!
予想通り……いや、期待通りの反応に俺は心の中で拳を握った。
これこそ土壇場で俺が思いついた渾身の策略。
名付けて、『眠れる森のおじさん作戦』!
内容はこうだ。
まだ寝ていると思って近づいてきたところを不意打ちで仕留める――以上。
……うん。正直作戦などと大層に名乗るほどのものではない。その自覚はある。
ただ、ふざけているとか言えばそういうわけでもない。一応かなり真剣だ。
どういうわけか、このメスガキは俺が寝ている間は攻撃してこない。
やろうと思えばいくらでもできるはずなのに、前回も前々回もわざわざ俺が起きるまで待ち続けていた。
理由は分からない。
寝ているところを殺しても経験値が入らない仕組みなのかもしれないし、あるいは寝ている間に殺すのをよしとしない騎士道精神なのかもしれない。
だが、この際理由なんてどうでもいい。
今重要なのは、この“寝ている限り攻撃されない”という事実である。
裏を返せば、眠ってさえいればヤツを悠々と至近距離までおびき出すことができるということ。
素早さで劣る俺が先手を取るうえで、この習性を利用しない手はない。
俺はあくまで自然な寝息を装い、そのときを待った。
「スゥー……スゥー……」
「…………」
「スゥー……スゥー……」
「…………」
「スゥー……スゥー……」
「…………」
な、なんだこいつ……なんでジッと黙って見つめたまま動かないんだ?
もしかしてバレた? いや、だったらなんらかのリアクションがあるはず。
どうする? いっそもう仕掛けるか……? いやダメだ、もう少し油断してくれないと……。
ジリジリとした時間が流れる。
傍から見たらマヌケな状況に見えるだろうが、やっている方は結構な緊張感がある。
なんせこちとら文字通り命がかかっているのだ。
ああ、熊相手に死んだふりするのってこんな感じなのかな……。
まあ、あれは現実的にはあまり意味ないみたいだけど。結局そのまま食われちゃうみたいだし。
――なんて、そんなしょーもない感想が頭に浮かんだ直後だった。
「……ま、しょうがない。気長に待ちますか」
「!!」
きたっ!!!
メスガキがしゃがみ込む。
俺の真横、すぐそばに。
もちろん見えてはいない。が、気配で分かった。
案の定、攻撃もしてこない。
……ここだ! ここしかない!
刹那。
カッと眼を開いた俺は、自分でも驚くほどのしなやかさでメスガキに襲い掛かった。その動きはさながら猫。
そして、右手には背中に隠していた木の枝。
「ッ!?」
一瞬、メスガキと目が合った。
驚いた表情。突然のことに、やはり反応が追い付いていない。
もらった……!!!
俺は勝利を確信した。
あとはこのままどこでもいいから身体を掴んで押し倒すだけ。それで終わり。
ちょろい。なんてちょろいんだ。これなら武器さえいらなかったじゃないか。
ハハ、やはりガキだな。大人の俺が本気になったらこんなもん――。
ガシッ。
「……え?」
目の前の光景に俺は固まった。
脅しのつもりで突き出した俺の攻撃を、メスガキはあっさりと回避した。
しかも木の枝を掴むという余裕の行動のオマケつきで。
「な、なぜ……」
馬鹿な……完全に虚を突いたはず。
タイミングだって完ぺきだったのに……。
「ごめん、知ってた」
……………………は?
「プ。なにその顔w え、もしかしてバレてないと思ったの?w」
「なっ……!?」
バレてた……って、作戦がか?
でもどうして……だってコイツはついさっきここに来たばかりのはずなのに……。
「ど、どこから……」
「ん? 全部だけど」
「全部って……」
「おじさんが木の枝拾いに森に行ったとこから」
「そこから!?」
すげぇ前じゃん……。
え? なに? なんで? エスパー?
ありえない。警戒を怠ったつもりはない。
目を覚ましてからずっと、俺は360度全方位に目を光らせていたのだ。
なのに、いったいコイツはどうやって俺の行動を知ったと言うんだ……!?
「しょーがないなぁ。かわいそうだから教えてあげる」
困惑する俺に、メスガキは冥土の土産とばかりに言った。
その内容は至ってシンプルなものだった。
「私、ここにはいっつもホウキで来てるから」
「ほうき……?」
言って、メスガキはどこからともなく竹ぼうきを具現化した。
一見なんの変哲もない。どこにでもある落ち葉の掃除用。
もしくは、よく物語に出てくる魔女が空を飛ぶときに使っているような……。
「あ」
「そーゆーこと。ずっと空の上からおじさんの行動は見てたってこと」
「…………」
完全に盲点だった。
そっか。ここ異世界でしたね。そりゃ魔法で空くらい飛べますよね。
あーあ。もう最悪ですよ。
「あーおもしろかった。せっせと木の枝隠してるところとか特に。ちゃんと見えないように角度とか気にしてて……めっちゃ上から見られてるのにw」
「…………」
「てゆーかおじさん、そんなしょぼい木の棒で私をどうにかできると思ったの? 浅はかすぎでしょ、ビビるわけないってそんなのでw」
「…………」
「そもそも寝たふりって作戦がもうね。子どもじゃないんだから。やるにしてももっとマシな作戦……ププ。あ~ダメだ。おじさんが意気揚々と森から帰ってくるとこ思い出したら笑いが……あははw」
「…………」
……し、死にたい。
言いたい放題とはまさにこのことだった。
しかし、俺に言い返す気力はなかった。
というか恥ずかしかった。恥ずかしすぎて穴でも掘ろうかと思った。
つーか見てたなら言えよこいつ……!!
もはや、我慢の限界だった。
怒り、悲しみ、羞恥心。それらすべてが臨界に達する。
俺にできるのはもう、これしかなかった。
「う、うおおぉぉぉぉぉ―――」
「はい」
ザシュ。
景色が反転する。
視界の端には、すでに手刀を振り抜き終えたメスガキの姿。
圧倒的既視感。
ただ、今回だけはちょっとだけスッキリしている自分がいた。
とにかく早く楽になりたかった。
ちくしょう、次こそは覚えてろよ……!!
「じゃ、ごちそーさま。また明日ね。おーじさん♪」
☆本日の勝敗
●俺 × 〇メスガキ
敗者の弁:まず飛ぶ、っていう概念がないですからね、普通は。そういう意味では今回の結果は仕方ないっていうか……良い学びになったっていうか……だから別に……恥だなんて……ああああああぁぁぁッッッ!!!(吉川)←何かを思い出し発狂する成人男性。
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