金髪JKと一周回って遅咲きの青春

取内侑

 序章


 今日、日本は新宿を失った。

 至る所で、火の手と悲鳴が上がる地獄の中で俺は金髪のJKに追い回されていた。

 瓦礫に背を預け、必死になって空気を取り込む。額から流れてくるものが汗なのか血なのか、それさえも分からない。


「――三岳拓哉……どこだァ……!」


 女の声に心臓が跳ねあがる。

 ゆっくりと瓦礫から顔を出して声のする方へ視線を送ると、金髪のJKが立っていた。


「クソ!」


 即座に頭を引っ込めて次の逃げ道を探すが、目に映るのは街を闊歩する『首の無い巨人』ばかり。理不尽な死が選択を迫っていた。


「何なんだよ……!」

「そこか――」


 脳が判断するよりも先に、走り出していた。

 太ももの筋肉が熱くなっているのを感じる。


「――まて! 三岳拓哉!」


 少女が叫んだ直後。

 ――ドシンッと、背中に衝撃が走る。今まで経験したことの無いような重みと痛みの後、俺は地面と衝突した。

 続いて、口の中に土の味が広がり、咄嗟に唾を吐き出す。

 膝の痛みを感じながら上体だけを起こして背後の少女へ視線を送った。


「はぁ……はぁ……いってぇ! 何なんだよ! お前!」


 ボロボロのブレザーを羽織った少女は肩で息をしながら、鬼のような形相を浮かべて立っていた。

 その金髪は生え際から毛先にかけて一切の濁りは無く、神々しさともとれる圧を放っている。

 一度はその超次元的な美しさに目を奪われて死にかけた。だが、またしても目を引き付けられてしまうのはなぜだろう。

 少女は俺の上に馬乗りになり、強烈な殺意が籠った眼差しを突き刺してくる。


「お前! ――私のことを愛すな!」

「はぁ!?」


 金髪のJKはこれで説明は十分だと言わんばかりに、黒光りするナイフを取り出して構えた。


「ふざけんな! まず説明しろ! 俺がお前に何をした!」

「うるさい死ねっ!」


 鋭い言葉と共にナイフが振り下ろされた。

 奇跡的に振り下ろされる腕を掴みとめたが、依然としてナイフの冷ややかな光は俺の首に迫っていた。

 辺りは『首の無い巨人』が人々を叩き潰して回っている惨状が広がっている。

 何の間違いでJKに殺されかけなければならないのか。

 異様過ぎて涙が出そうだ。


「ぐっ……いい加減にしてくれ! 何が何だかわかんねぇんだよ! お前!」


 細い腕からは想像もつかない膂力に押され、思わず息が止まる。


「俺は何もしてねぇだろ!」

「ぐ……うううぅぅっ……!」


 ナイフに彼女の体重が乗り始め、震える切っ先が俺の喉をくすぐった。

 怖い。

 必死になって腕の筋肉を燃やした。

 それでも、ナイフはダンベルの様に重く圧のし掛かってくる。


「ふざけんな! 俺がお前に何をしたんだよ!」


 叫んだところでどうにかなるなんて思わなかった。

 でも、叫ばなければ、この理不尽に対して心で負けてしまう気がした。


「全部……!」


 彼女が力を弱めたのか、ナイフを少し押し返せた。

 生存本能が頭を支配する中、彼女の微かに哀愁を帯びた表情が目の中に飛び込んでくる。


「全部、お前の魔法のせいだろ……!」

「!」


 金髪のJKの腕から徐々に力が抜けていく。

 声音は弱々しく、殺意はあるのに不思議と命の危険が薄れていく感覚がした。

 頭の整理はついていない。」

 直感的な疑問しか出てこなかった。


「なんで……魔法のこと知ってんだ、お前」


 金髪のJKは頑なに目を合わせようとしない。


「ここで……殺さなきゃいけない……!」


 金髪のJKはスカートを翻し、太ももに装備されていた拳銃を抜いた。

 右足を引き、両手で拳銃を持ち上げて構える。

 素人とは思えない構えに驚きつつも、銃口と目が合い、心臓が締め付けられた。


「じゃあ……いいんだな……知ってんだもんな、魔法を」


 金髪のJKは肩を上下に揺らし始め、呼吸を荒くし始めた。

 耳鳴りがした。

 紛れて、誰かの『声』が頭の中へ響いていく。


 ――私はずっと君だけを想って――


 意識は不思議な声に囚われ、数舜の間どこか知らない場所に飛ばされる。

 戻ってきた時には『声』の内容は思い出せず、ただ、イメージだけが頭のなかに残された。

 ――風だ。

 木々を揺らし、砂を巻き上げ、黒煙を晴らすような、一陣の風。


「っ!」


 次の瞬間、イメージは現実となり、吹き荒れた突風が金髪のJKから拳銃を取り上げ、尻もちをつかせて走り去っていく。


「何が目的だ……お前……!」


 金髪のJKは顔を伏せながら、沈黙を貫いた。

 地面に爪を立て、ギリギリと音をたてながら拳を作る。


「お前が……全部」


 少し妙な間を置いた後、彼女は質問に答えることなく立ち上がって背を向けた。


「……待てよ! 説明しろ! なんで俺を狙うんだ!」


 無意識に安全を感じたのか、思わず口調が強くなってしまう。だが、彼女の背中はコンクリートの壁の様に俺の怒号を弾いた。


「お前と話すことなんて無い……無駄に話して惚れられたら困るからな」

「は、はぁ?」


 いや、どんだけ自分に自信あるんだよこいつ。

 ふざけているのか真面目なのか分からない口調で言われると反応に困る。


「惚れる以前の問題だろ……見た目の割に第一印象最悪だっつうの」

「……」


 金髪のJKは振り向きざまに鋭い眼光を突き刺してきた。


「私に興味は無いんだな?」

「こっちから願い下げだ、バカ」


 真心のこもった中指を丁寧に突き立てる。


「ならいい」


 少女は勝手に会話を切り上げ、立ち去っていく。

 気が付けば、辺りの騒動も鎮火しつつあり、彼女の足音だけが聞こえていた。

 注視していると、少女の体から銀色の何かが地面に落ちた。


「あ?」


 興味本位で拾い上げたそれは、映画などでよく目にするドッグタグだった。


「アカリ……ユサ?」


 掘られた英字を読んだ。

 十中八九、金髪JKの名前だろう。

 ナイフを持っていない彼女と高校の時に出会っていたら、俺は簡単に惚れていただろう。それほど彼女の容姿は完成されているのだ。

 だが今は、困惑を押し出すようにジワジワと怒りが滲んでくる。

 これで彼女との関係が終わっていれば、俺は笑い話に作り替えて彼女のことを語っただろう。


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