明日を、ポーカーで

はやし歌津

プロローグ

2030年七月十七日午後、アリスカジノ、ラス・ベガス、ネバダ州、アメリカ合衆国。


数え切れないほど観光客と常連ギャンブラーがバカラテーブル集まり、時には興奮の叫び声を投げて、スロットマシンのボーナスアラームと一斉に響き渡る。天井に広がった監視カメラ陣はゲームホールの隅々まで見張り、焦燥感を醸し出す雰囲気が漂う。


派手なカーペットに眩暈をさせるほど花が一斉に咲き誇り、まるで現実の域を超えた常夏の天国のような光景がそこに広がっている。空気には淡い香水の香りが漂い、豪奢な雰囲気を訴えながら、覚醒剤のように人々を幻想的な境地に誘導し、心の奥底に潜む欲望や熱狂を呼び覚ます場所である。


数えきれぬ暗紅のゲームテーブルがメインホールに並んでいて、何百人までいるディーラーたちが、それぞれの所属しているゲームテーブルで微笑みながら片腕を広げてお客さんを招来しようとする。テーブルの上に一番目を引いたのは、ディーラーの前にずらっと整っている色とりどりのチップに違いない。チップが数多く並べていて、一つ一つの粘土からなる円盤が赤や青、緑など、様々な色に輝くチップたちは、ギャンブラーの全てを賭ける情熱を象徴しているかのようだった。


「Sir, Excuse me...」(あのう、すみません...)とウェイター服を着ている人が観光客みたいな男に注意を呼び出す。


ドリンクがいっぱい並んでいるトレーを片手で高く持っていて、人並みを抜けながらウェーターである彼が向かってゆくのは、ホールの奥にある貴賓室ヴィーアイピールームである。


「Dear Mr. Kaho. This is Highballs that you ordered just now. Massage therapists will come in a moment to serve you.」(カホ様、さっき注文したハイボールをお届けいたします。あん摩師は間もなく伺います。)


返事はない。ウェーターの目線の前には、両手で頭を抱え、眉をひそめる若者の姿だけが映し出されている。


外の光景とは対照的に、奥の部屋にはただ一つのテーブルが置かれている。ディーラーを含むただ五人が楕円形のテーブルを囲って座っている。紺碧色のマットの敷いたテーブル表面に、何千万まであるドルの札束がディーラーの前で勝手に散らしていて、隣席のプレーヤーの前に100000や1000000の数字を表示する矩形や楕円のチップが积み上げられてまるでチップの城が見える。それと比べて、「カホ」という名乗るようなプレーヤーのスタック(チップ量)はただ3000000のようだ。


カードシャッフル機から取り出された一組のポーカーカードをディーラーが左手にし、それを右掌に握って裏向きの札をプレーヤー4名に配りはじめる。ディーラーは体を軽やかに回転させながら右手を迅速に振るい、あっという間に二枚の札がプレーヤーそれぞれの前に舞い降りた。


「One Million.」


男の右席に位置するプレーヤーがカードを確認し、一枚の矩形チップをテーブルの真ん中に放り込んだ。


男が配った二枚の手札を誰にもバレないようにスクウィーズして見て、カクテルを一口飲んだ。


彼が考えていることはおそらく「もしここでアウトにったら順位を取らずにお終いだ。」だろうと、ウエーターはこっそりと思っている。


一方で、彼が口にしたのは、ただ一言。


「I am all-in.」








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