第54話 町に夏がやってくる

 町に、夏の訪れを告げる風が吹いていた。商会の窓からふと見上げた空は高く澄み渡り、遠くからいつもと違う音が聞こえてくる。


「……ん? なんの音だろ?何かを建ててる?」


 朝の仕事を終え、休憩中だったユーリは耳を澄ませた。ココも頭をかしげて音を聞いている。


「町の中心の広場から聞こえるみたいだけど……まさか!」


 駆け足でギルドまで向かうと、ちょうど外で案内板を出していたギルド職員のアヤナさんが笑顔で振り向いた。


「あら、ユーリちゃん。来たわね。やっぱり気になった?」


「はいっ! この音、もしかして……」


「そうよ。夏祭りの準備の音!今年も開催が決まったの。準備が始まったところよ」


「お祭り、やるんだ……!」


 ユーリの胸に、前世で憧れていた夏の思い出が一気によみがえる。夜店の灯り、浴衣姿の人々、屋台の食べ物といい香り。


 レイナさんの話によれば、祭りは約二週間後に予定されており、町中総出で準備が進められているという。祭り当日は屋台が並び、ステージでは音楽や踊りの披露もある。子ども向けの遊び場や手作り市なども開かれるらしい。日本とは景観が違うが祭りの内容は大体同じだ。日本の祭りと大きく違うのは神輿があるかないかくらいだろう。


 ユーリの家では、宿屋と食堂で手一杯で、出店を出したことはないが、宿の客がお土産として出店の食べ物を買ってきてくれたり、話を聞かせてくれたりしたので、いつかは参加したいと思っていた。


「たまご屋ココも、出店してみない?町の商会には優先的に出店場所が用意されるわよ」


「えっ、うちも出ていいんですか?」


「もちろん。卵を使った食べ物や刺繍入りのハンカチ、キャタピラーの糸製品なんか、大人気間違いなしよ!他にも出したいものがあったら出してもいいし…でもある程度内容は考えないとギルドに申請する必要があるからね」


「ちょ、ちょっと、皆に相談してみます!!」


 商会に戻ると、ユーリはさっそく皆にお祭りの話をした。


「えっ、お祭り!あんまり行ったことない……!」


 フェリスが目を輝かせると、ロットも楽しそうに笑った。


「屋台出せるんだ?なら俺、呼び込みでも店番でもやるよ!」


「野菜の販売もできますかね。収穫したばかりの冷やし野菜とか……」


 サムもすっかり乗り気だ。


「出店では、何を出してもいいんですか?」


「えっと、アヤナさんが言うには…」


 にぎやかな会話の中で、商会の空気がふんわりと浮き立つ。


「それじゃあ、みんなで屋台の準備しよう!いつもギルドで売っているものはそのまま売れるとして…お祭りのための商品があってもいいと思うんだよね。何かあるかな?」


「スイートハーブを使ったハーブティーもおすすめですね!新しくブレンドしたものがあるんです!」


「お菓子系もいいと思う!」


 フェリスの目がきらきらしている。ユーリは、皆の楽しそうな顔を見て、胸がじんわりと温かくなった。


(よかった……働くだけじゃなくて、こうして季節の行事も大事だよね)


「じゃあ、とりあえずそれぞれ出したいものを試しに作ってみて!できたら皆で話し合って出すものきめよう!」


「「「「わかりました!」」」」


 お祭りの準備はすぐに始まった。それぞれが決まった仕事の合間に自分の出したいものについて考えたり作ってみたり…


 庭の一角には、ハンカチの刺繍作業用の長机が並び、クレアさんとの連携も再び強化された。フェリスとロットは広場に何度も足を運び、出店の場所を確認したり、装飾のアイディアを考えたりもした。


「コッコ型の提灯とかあったら、絶対かわいい!」


「俺、作ってみるよ。コッコ型が作れるかはわからないけどな。あと、呼び込み用の看板も!」


 そしてサムは、出店の商品として涼しげな野菜セットを考案中。冷やしたトマトやキュウリを試しに収穫して、ギルドで試食販売をしたところ、大好評だった。


 町のあちこちでも準備が進み、色とりどりの旗や提灯が広場の道沿いに吊るされ始めていた。ユーリはふと空を見上げた。


(今世では、みんなと一緒に、思い出を作れるんだ)


 前世では学園祭などにも参加ができなかったユーリ。今世では忘れられない夏の思い出ができそうだ。

  

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