第2話 黒い石

 ある日、アメリカの昆虫学者が、世界から昆虫のアリが消えてしまったと発表したらしい。世界からアリがいなくなるというのは驚くべきことである。生態系にだって深刻な影響が出るだろうし、世界に何らかの異変が起きているのかもしれない、と、彼は指摘していた。

 

 ただ、誰も彼の話に耳を傾けることはなかった。きっと、昆虫学者は気難しくて、変わり者で、自分勝手で、偏食家であったせいだろう。他人との交流には無関心で、独特な生活を送っていた。奇妙な研究ばかりしているという噂があり、学会から追放されたとさえ言われていた。人々は彼がまた何か奇妙なことを言っているのだろうと思ったに違いない。


 しかし、彼の話していることは事実である。

 その時、世界からアリが消えてしまっていた。アリがなぜ消えたのか、その原因は、日本にいる1人の少年によるものである。



  ◇  ◇  ◇



 アリがあやかしに変わってから、数か月が経とうとしていた。


 少年の手によって世界が変わりだしていた。無数のダンジョンが出現し、その内部では多くのあやかしがせわしなく作業をしていた。ただ、このことはまだ誰の知るところではなかった。



 ずっと、あやかしとなったアリたちは世界各地にダンジョンを作り出していた。少年はどうしてこんなことをしているのか、わからなかった。ただ、ダンジョンは次々と造られ、数は増え、ダンジョンの奥深くから少年の声が響いていた。



「さあ、掘って掘って、掘りまくるぞ。ぼくたちはダンジョンを作るんだ!!!」


 

 アリの巣のように、ダンジョンは広がり続けている。

 迷路のように複雑に絡み合いながら。


 しかし、ダンジョンの入口は隠され、人間の生活圏からは隔絶された。その存在は誰にも知られていなかった。だからこそ、ダンジョンは世界中にその網を広げていたが、まだ誰の目にも触れることはなかった。


 少年は指示を出し続け、アリたちは彼の命令に従いダンジョンを構築していた。

 あやかしは少年の命令に逆らうことができなかった。



 少年に宿る強大なあやかしの魂のせいである。

 


 

 ある日のことである、少年の所に一匹の金槌坊かなづちぼうがやって来ていた。


 

 1人の金槌坊かなづちぼうが声をかけてきた。


あるじ様、ダンジョンの中でおかしな物を見つけました。妖力の塊のような物です。一度、あるじ様にその石を確認していただきたいのです。よろしいでしょうか?」


 金槌坊かなづちぼうが困った顔をしていた。

 

 

「へえ~、そうなんだ。変な石があるのか…。ねえ、それってダンジョン作りに影響が出るものなの?」


 少年が言った。


「その石には禍々しい妖力があるようです。弱いあやかしでは抗うことができないのです。どうか、一度、あるじ様に確認をしていただきたいのです…」



「そっか、わかったよ。ただ、妖力ってなに?」


「妖力は妖力です……」


「そうなんだ……。じゃあ、ぼくをその場所に連れて行ってくれない?」


「はい、ではご案内いたします…」




  ◇  ◇  ◇




 その夜、少年は妖力の塊が込められたという石を見に行くことにした。石には強い妖力が込められているらしい。どのようなものか、自分の目で確かめたいと思っていた。


 廃村を歩いていた。真夜中の静けさ、1人でいることが怖くなってくる。砕けたコンクリートの上をどうにか歩いていくことにした。上空には、カラスが群れをなし、ガーガーと鳴きながら飛び回り、少年を睨みつけているようだった。ただただ、その様子は気味が悪かった。


 山の上に向かうと、朽ち果てた旅館のような建物が見えてきていた。

 少年は旅館に向かう長い石畳の道を歩いていく。

 

 

 カツンカツン

 カツンカツン

 

 

 石を叩く音が聞こえてくる。



 カツンカツン

 カツンカツン



 そちらに視線を向けると、石を叩いている真っ黒い塊が立っていた。

 金槌坊かなづちぼうである。

 

 

 突然、作業している手を止めると、金槌坊かなづちぼうは少年の方に視線を向けていた。


「おや、あるじ様ではないですか!! さあさあ、こちらにいらしてください……」

 と、金槌坊かなづちぼうの声がした。


 そろりそろりと、金槌坊かなづちぼうが旅館の奥に歩いていく。

 少年は金槌坊かなづちぼうに付いていった。


 旅館の裏側を進んでいく。

 すると、小さなおやしろのような建物があり、その屋根には真っ赤な文字が書かれていた。

 雨風で風化しているため、文字を認識することはできなかった。


 金槌坊かなづちぼうがおやしろの前で立ち止まっていた。

 床の板を外すと、奥の階段を指さしていた。



「さあ、あるじ様、ここに入ってください……」


 金槌坊かなづちぼうが言った。



「ここに石があるの?」



「はい、そうです。では、参りましょう……」



 階段を下りていく。そこは妖力で満ちていた。普通の人間には入ることができないだろう。隠されたような場所である。意図的に、外部から拒絶された場所なのかもしれない。



 階段を降りると、ろうそくが中を照らしていた。

 その光を頼りに先へと進んでいく。



 やがて、黒い石が置かれているのを見つけた。

 忌まわしい気配が漂い、すぐに、人非ざるものが作った石だと気が付いていた。



あるじ様、この場所からは危険な妖力を感じます。この場所にダンジョンを作るのは諦めた方が良いのではないかと思います……」

 

 金槌坊かなづちぼうの声がした。



「えー、嫌だよ。ぼくたちはこの世界をダンジョンで埋め尽くさなくてならないんだ。こんな石でダンジョン作りを止めることはできないよ!!」


 と、少年が言う。

 

 その時、どこからともなく声が聞こえてきた。


「石を壊してくれ……」


 その声の存在を探していたが誰の姿も見えなかった。



 少年は不安そうに周囲を見渡した。

 気のせいだろうか。



 ただ、こんな場所にいたくない。そう思うと、少年は黒い石の前に立ち、決意を固めることにした。ハンマーを高く振り上げると、力いっぱい振り下ろすことにした。



 パキッ、という音がした。

 石が2つに割れた。


 カラスが異様な声で鳴きだし、森に住むたくさんの虫たちがさざめき出していた。

 その時、少年の中にいたあやかしの魂が目を覚ました。


 目覚めた魂が少年の魂を侵食していこうとしていた。

 少年は意識を無くしていた。



 ダンジョンを作ろうとしていたところ、気が付くと少年はあやかしの世界にどっぷりと入り込んでしまっていた。

 少年の名前は須久井スクイタケルという。


 東京在住の男子生徒。

 少年の中にある、あやかしの半分の魂が目を覚ましていた。

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