【1話完結…?】The story of the beginning of eternity

悲哀の笑太郎

Wolves Official Story NoX.X.X 永遠の夢

 夜が傾く時、世界が今宵の物語の舞台となる。

 モーリス・ルブランやE・W・ホーナング、江戸川乱歩のページには描かれない、二十一世紀の怪盗が今、舞台に登壇する。

 遠く、誰かの時計が時を刻み、全ては開けない図書館の中の書に記される。


 ここは第零世界…別名「銀河系」内の惑星「地球」。この惑星にはおおよそ二百もの国が存在し、科学によって繁栄を得たこの星の住民は、火を使いこなす原始人から宇宙を旅する文明人へと進化を遂げてきた。水と陸が交互に広がる複雑な地形を持ち、その上に多種多様な生命が息づいている。田舎や未開拓の地では、自然と一体となった暮らしをしている者たちも少なくないが、科学技術の進化はこの地球上のどんな場所にもアクセス可能とし、人々の物理的距離は一気に縮まった。人間は、様々な言語や文化、人種、宗教を持ち、それぞれの地域で独特の歴史を紡ぎ出してきた。結果、たった一つのスマートフォンの数センチにも見たないスワイプによって一瞬にして情報が光の速さで蜘蛛の巣を這い流れ、何事もリアルタイムで共有される時代となった。物質的な豊かさが拡大する一方、心の乏しさや価値観の相違による摩擦もまた増えていった。ある国では選挙ニュースが各局を独占し政治家の一つの発言が話題となる中、別の国では投票率が十パーセントを切っていた。

 この惑星があるのは、科学と、矛盾と、相反する価値観が混在する多様性に満ち溢れた世界。人々は日常を過ごし、悠々と時間を刻む数多の星の下で平穏な一日を終える。有りふれた時間を過ごす夜、おどろおどろしいサイレンと共に地球上の各国のスクリーンはたった一つの速報で埋まった。

 

 【未知の侵入者、世界最高峰のセキュリティを突破】

 

__何という信じがたい事実の文字が走る。突然のビッグニュースの原稿を手渡された各国のニュースキャスターの目には明らかな焦りが浮かばせる。

「信じることのできない事態が、今、実際に起きています」

 彼らは緊迫感溢れる声で切り出した。画面が変わるとそこにはコンクリートでできた、監視カメラが玄関を何重にも取り囲みいかにも高級そうな伝統的建造物の映像が映し出されていた。

「こちらは中継映像です。現地時刻は午後十一時を回っております。これはスイスにあります、スイスユニオン銀行Union Bank of Swiss、通称UBS銀行です。」 USB銀行、それはヨーロッパに位置するスイスの二大大手銀行のうちの一つ。ごく一般的に銀行は巨額な金銭を取り扱う事からそのセキュリティの強固さで知られ、世界で最も安全と言われる場所ジャンルの一つであるということは地球上すべての国にいる、十歳にも満たない子供ですら知っている。キャスターは話すスピードを緩めずにさらに続ける。

「UBS銀行は世界各国に支店が存在し多くの国の政府や要人が利用していることから『世界の銀行』とも呼ばれています。そして今現在、その本社があるスイスのSBC銀行にて現地時間およそ二十三時頃、侵入者の姿が確認されました。この…」

 その時、ニュースの映像が一変した。異様な電子音の後映像が乱れ、パッと混沌が収まったかと思えばそこには無機質な画で埋まっていた。

 黒を基調とした背景に、中央には銀色の指針を持つ大きな時計。その周りにはメタリックな碧色の楕円形が碁盤の目上に並びあしらわれる。よく見るとその楕円は白雪姫の中に出てくるかのような鏡の形をしており、左上からヒビが入っている。その中には銀色の鍵とピアノのキーが交差するように配置されていた。画面中央の時計は現地スイスの時間二十三時四十五分を指している。ムーンフェイズクロックの、静かに秒を刻む音が響く中。


 突如として真っ青なスクリーンが出現し視聴者たちは息を呑んだ。何が起こったのか、誰が背後にいるのか。あらゆる予想をして不安と興奮が入り交じった瞬間、画面はシャッと変わり、ひときわ美しい青年の顔が映し出された。


 世界中のテレビやコンピュータ、スマートフォン、広告塔やパネルなどあらゆる電子媒体の画面全体が、あまりにも美しい男の映像で埋め尽くされる。目を伏せた顔のアップで目立つ、長く黒いまつ毛が画面全面に映し出される。そのまつ毛は非常に緻密で、それぞれの毛が生きているかのように、細やかに揺れていた。彼の白い肌は陶器のような滑らかさを持っており、その色合いは薄暗い中で細々と灯る青白い照明の光によって、更に透明感を増していた。彼の目を閉じている間も、その下から微かに感じ取れる鋭い眼光が、視聴者の胸をヒリヒリと突き刺すような焦ったい感覚を与えていた。

 顎より少し下の位置にある後髪の末端は、黒と銀のグラデーションを持つ。右側の前髪は全て頭頂の方へ無造作に流されており、左側は目を全ては覆わないながらも、そこから薄ら覗く目の真下の涙のような傷跡は彼の存在を僅かに儚く思わせる。その髪は時間経過と共に変化する光の加減によって、様々な色の輝きを放っている。そして、その髪が生み出す独特の色合いは彼の非現実的な美しさを更に際立たせている。

 

 ゆっくりと、彼は開眼する。


 その瞳は深く鋭い碧色をしており、底知れない深海のように、観る者を引き込んだ。目を開くとシンメトリーで、深すぎず浅すぎない顔のパーツが卵形のキャンバスに整地されているその造形が顕になる。

 徐々に映像がバックして行き、彼の上の半貌が映る。彼はシャープなチャコール色のテーラードスーツと、ルーズに着崩したライトグレーのインナーシャツに身を包み、その上から藍色の裏地の真っ白なマントを纏っている。胸元には先ほどの映像にあった楕円形のマークが装飾として付けられている。

 彼の全てがどこか別世界から来たかのような非現実感を持っていた。


 世界が、ただ固唾を飲んで見る。彼が、これから何をするのかを。


 瞬きをしたのち、彼は顔を右斜め後ろへ少し傾げ、眼光を鋭くする。

 冷静に、しかし決して冷めることのない熱を帯びて話し始める。彼の声はその見た目から予測されていたよりもオクターブほど低く、ゆるりとした芯のある自信に満ち、そして甘美な毒が滴っていた。



 「世界よ、覚悟はいいか?」


 彼は真正面にその奇怪なほど整っている顔を据え、こちらを煽り見つめた。

「こんにちは、世界。こんばんは、視聴者の皆様。放送の中断、申し訳ない。でも心配するな、あと数分でお前たちの退屈な生活に戻ってくれる。」

 彼の右手が緩やかに持ち上がり中指と親指が交差する。して、その指たちはしっかりとシャッと軽い音を鳴らし、彼の碧色の瞳が瞬きをした。さも当たり前のように彼の薄い唇の上から灘らかに言葉が紡がれる。

「さて、視聴者の皆様、兎角喜べ。今日の放送は特別番組だ。今眠りについている者も驚きのニュースで目を覚まし、これが現実だと気付くだろう。現実とは時にどんなフィクションよりも奇怪な幻想となりうる。」

 その男は皮肉に満ちながらも一筋の楽しさを隠しきれていない。左の口角が上がる。

「今日はこの世界のみんなが信じてるその『安全』っていう幻想を、俺様がちょっと崩してやろうかなって思ってな。」

 背景が動き、カツカツという音が響く。しばらくして彼の背後には壁に乗っている金属でできた鍵が三本、それらのキーヘッドを下にして交錯しているUBS銀行のロゴが映し出されていた。

「さて、人間の皆様。ここを知ってるか?ただし名前だけじゃなくて、中身もな。中の秘密、知りたくないか?」

 画面に映し出される映像は、UBS銀行内部の至ってシンプルながらもその格式高さが見て取れる人気のない主要エリア。階段を降りているのだろうか、背景が上に動いていくと次第に周囲は暗くなり、モニタールームのような場所が映し出された。コンピュータが何百台も可動しており、一般社会じゃ到底お目にかかれない未知のデータが保存されていることがわかる。

「ちなみにこの映像、ドローンで撮影してるからな。そして、世界同時中継、つまりリアルタイムだ。」

 彼の表情が悪戯っぽく緩んだ。そしてこれが現実だと突きつけるが如く、映像は彼の周囲を映し出した。

 銀行の内部は大パニックに包まれていた。セキュリティーシステムの警報が響き、本来ならば閉じているであろう銀行の最深部につながっていた重々しい扉がすっと開いていた。この異常な状況に、映像の中の銀行の職員たちや警備員は驚きと恐怖で呆然と立ち尽くしていた。


「地球上で最も警備が厳重なうちの一つと言われる場所に、なぜこんなに簡単に侵入できたんだって思ってるだろう?理由は簡単だ。複雑なものは必ず隙間ができる。人間の心も、セキュリティも同じだ。」

 セキュリティーシステムの警告音や警報が鳴り響く中、彼は非常に落ち着いていた。その顔に感情は存在しなかった。

「この世界ってさ、情報がすべてだよな。」

 彼はゆったりと中央のデスクに近づき、背面がメッシュになっているワーキングチェアに座り、自身が持っていた円形のデバイスをコンピューターへ繋げる。カメラを捉えていた彼の視線全てが滑らかにコンピュータへと移される。

「その情報を守るための壁は、果たして頼りになるのか?それとも…ただの紙みたいなものなのか?」

 コンピュータを見ながら表情を変えずに彼はそう続ける。映像の焦点が彼の手に移り、デバイスを触り細かく動く指先が見える。突如、数多あるスクリーンの一つが点滅し、その後、次々とコンソールのランプが点灯していく。

 彼の目前、彼を取り囲む巨大なスクリーンの点滅が広がっていく。次第にセキュリティーシステムの警告音は消滅していった。彼は、何の気なしに指先をデバイスからキーボードへ移し、一流の「安全」を嘲笑うようにハッキングを開始した。画面に映る彼の指の動きは迷いなく動き、踊るようにパネルを操作していた。数秒後、全てのスクリーンは点滅を終え、冒頭にあった黒を基調のモダンアートのような画像になっていた。

 彼は一仕事終えたのだろう、気だるげに椅子にもたれかかり

「ああ、C'est trop facileこれは簡単すぎるな.」

と呟きながら手を止めようとした所、思い出したように動きを止め、次に左斜め上にある自分の操作を配信するカメラに向き合い嗤った。

「おっと、こんな映像ばっかじゃあ視聴者の皆様も飽きてしまうな。それはいささか失礼だ。今日は、なぜスイスの銀行がこんなにも発展しているのか、時間に教えてやろう。」

 彼の瞳は悪戯っぽく光り、その白い肌が微かに紅潮した。

「ちょっと歴史の授業になるが…いいな?」

 美しさとは対照的に、左右非対称に歪み切った笑みを浮かべ彼は続けた。


「まず、スイスの銀行の強さとは?」

 チラリとカメラの方から目を背け、左手の人差し指を立てる。

「一般的に知られていることから始めよう。スイスは永世中立La neutralité permanenteの国。戦争や紛争から距離を保つことで、政治的経済的な安定を築き上げた。これが、信頼の元だ。そんな初歩的なこと、エレメンタリースクールのおちびさんでも知ってるだろう。だが…」

 彼は指を戻し、首を右に傾げて目を細める。

「それだけじゃあないんだよな。」


 彼はキーボードへ右手を伸ばし、Entキーを中指でバチと弾いた。突如目前のスクリーン上に複数の言語で書かれている新聞や雑誌等が表示され、全て誌面が1934と書かれているところに赤でマーキングされていた。彼は左手中指でそれを指し、笑顔で語り続ける。

「1934年、こいつが全てのキーだった。秘密銀行法が施行、第47条は銀行の口座情報を極秘に保つことを義務付け、顧客のアカウント情報はガッチリと守られることになった。口座の情報が外部に漏れるという悪夢は、もはや誰もが信じられない幻想となった。それにより、資産を隠したい多くの世界中の大金持ちや政府がこぞってスイスの銀行に資金を預けるようになったんだ。お金のことを誰もが口外しない国があるって、金を隠して貯めたい奴らからすればそれはもう魅力的だろう?」

 彼はいつの間にか背後に来ていたカメラの方を向いて指を鳴らすと、後ろの大スクリーンには書類データが大量に流れ始めた。その中には人の顔やそれと思しきプロフィール、予算書や赤文字でDon't carrying out持ち出し禁止と書かれている物もある。

「見てみろ、このデータたち。皮肉なもんだ。隠したい全てがここにある。世界の裏側、資金の流れ、権力の構造…。」

 スクリーンの光の反射に反し、彼自身の目にはハイライトが宿らない。まるで全てに呆れて虚無を感じているようだ。


 パチンと指を再び鳴らしてそのデータの波を止め、彼は深く息をついた。

「ちなみにだが、現代はこれらの秘密性が問題視されることも増えてきた。でもな、スイスの銀行業界も進化し、新しいサービスの導入、厳しい規制への対応を進めている。どれだけされても、需要さえあればさほどはない。だから、未来も変わらずこの銀行が『世界の銀行』としてトップの座を維持するだろう。

…わかっているとは思うが『世界銀行The World Bank』とは別物だからな。」


 彼の視線は再びキーボードに移り、指先が舞う。モニター上が虚無な画面に変わり、そこに驚異的な速さで文字列のコードが流し込まれる。

「さて、俺様の考えを少し聞いてみたくはないか?」

 手が止まり、彼はこちらを一瞥せずスクリーンを見ている。

「人々は弱さを隠すことに執着するが、俺様は真の強さとは弱さを隠さず認め、それを利用することだと考えている。」

 彼は微動だにしない。

「スイスの銀行が発展したのは、彼らが人々の何かを隠したいという欲望という弱さを最大限に利用し、革新を続けてきたからだ。それは確かに強いと言える。でもな、見方を変えれば」

 彼は顔をこちらに向ける。隠されていた左側の瞳と口角が細められ、舌が口角をなぞった。その瞳はじっくりと視聴者の方を見つめる。

「今挙げた法律や制度って、要は自分の利益のためなら、他者の秘密をも盾にしていいってことにならないか?混沌と悪、その極致とも言える価値観をこの銀行や、この国や、この世界は持ってる。そして俺様は、それを好んでいる。」

 彼の目尻が強く上がり、その美しい顔が完全なる冷笑で歪んだ。

「まぁこんな話、暇つぶし以外に俺様が教えてやる価値あるのか?まあ、それは置いといて…」

 彼は右手を顎下に置き考えるそぶりを見せ、

「Ik vraag me af of de opdracht zo goed is?こんな課題でいいのか?

 뭐, 상관없어ま、関係ないか.

 作业完成了課題終了.」と呟いた。


 呟きのち少しの間、彼は何かを待っているかのように図々しくもその場に居座り続けた。しばらくすると彼の背後へセキュリティー警備員たちが声を荒げながら迫ってきた。彼は唇の中央が僅かに開き、頚を真左に傾げた。

「なぁ、このくだらない世界よ。俺様が教訓を一つ教えてやろう。」

 彼は勢いよく椅子から立ち上がる。青く冷たい両眼がカメラを真っ直ぐに捉えた。

「何も真実は隠れてない。ただ、お前ら世界が見る目を欠いているだけだ。

Vediamo la realtà現実を見ろ、人々は先入観や偏見に囚われがちだ。しかしそれは大きな罠。簡単に信じられるものは、最後には必ず裏切る。だから見極めろ。」

 

 彼は目下全てを見下し、歴史的瞬間の視聴者たちはクローズアップされた彼を声を出さずに見上げる。

「視聴者の皆様が住む世界、ひいては社会には既成の価値観や『正しい』とされる常識がある。だが、その全てが真実であるとは限らない。『地球は平らだ』と昔の人々は信じていた。しかしそれは誤りだった。同じように、現代の皆様が信じている常識も、一秒先の未来の人々にすら誤りと見られるかもしれない。」


 彼は本題の前に沈黙を挟む。

「知っていたか?この世界にも、魔力は存在するんだ。俺様と、視聴者の皆様らが証人だ。」

 銀行の核の前で、動画の中の彼は一歩も起立したまま動かなかった。一方でその周囲は、どこから湧き出たのか、水の渦が突如として踊りだした。

 その場は阿吽叫喚であった。

 「侵入者!」と叫ぶ警備員たち。彼の周りの水のバリアは、そこへ近づこうとする警備員や職員を容赦なく弾き飛ばす。彼は顔の筋肉がゆるみ、苦しむ人々を見て楽しんでいた。

ฮ่าฮ่าははっ! เกินไปอย่างที่คาดไว้期待通りだ!」

 叫び声と高笑いは画面を通じても響き渡っていた。

 

 ゆっくりと顔の前でセルフィーカメラは起動した。

 口元に笑みはなく瞳の光が鋭く刺し、周囲の喧騒の中続けた。

「軽く思い出話、そうだ数年前の日本の話をしよう。あるジュニアハイスクールにて大掛かりな爆発事故が起き、その被害の大きさと事の異常さが戦慄として駆け巡った。物理的に考えても解析不能で人害と捉えてもその歪さが可笑しいというのに、人間達は愚かにもこれを『偶然の悪夢』なんて評価した。人は信じたいものを信じ、見たいものを見て、自らの世界を築く。信じたくないものは『偶然』と名付けて、己の世界から排除しようとする。」 

 一呼吸のち、彼は吐き捨てた。

「それでも、全ては真実の前に跪く。」

 キーボードのEntキーが押され、待ってましたと言わんばかりに彼の手元のデバイスがデータベースのデータを転送し始める様子が映し出された。完璧なハッキング技術と見合う完璧な機器、そして完璧な彼。数十秒も経たないうちにデータ転送が終わると彼は深く息を吸い込み言い放つ。

「いい目の保養になった。だが世界よ、ここからが本番だ。」

 彼は立ち去ろうとした所、彼の背に向けて倒れている警備員の一人が叫んだ。

Co ha'La nom名を名乗れ!」

 彼は塵が話しているが如く、とびきりのデザートをお預けされたかのように不愉快そうに唇の端を軽く歪ませた。彼は答えた。


「俺様の名前?あぁ、それなら知っておいてもいい。皆様の新たな真実の名は…永夢えいむ。覚めることのない永遠の夢Eternal Dream。怪盗永夢だ。俺様という存在が世界たちに認識され、語られる。そしてそれが真実となる。俺様が、世界に挑戦する。覚えておけよ。」

 次の瞬間、彼の体はホログラムのように薄くなっていった。その瞬間、映像は暗転し、先程のニュース画面に戻った。しかし、その放送内容が何であったか、もはや誰もが忘れてしまっていた。彼、即ち怪盗永夢の登場は、そんな衝撃的なものだった。

 


 __数時間後。

 まだ興奮が過ぎ去っていないスイスの中心部に位置する高層ビルの屋上から、黒のブレザーに着替えた永夢は遠くの月光や街の灯りを静かに眺めていた。下界ではパトカーのサイレンの音が鳴り響き、彼の行動の余波が確実に感じられる。

 永夢は手元のスマートフォンを開くと、その画面にはSNSやニュースサイトでの彼に関する記事や投稿が映し出され、世界中の反応がリアルタイムで流れてきた。#Eimu、#EternalDreamといったハッシュタグが上位を占め、彼の言動に対する言論が広がっていた。あらゆるSNSは彼の行動を瞬く間に拡散し、彼に賛成する声、非難する声、そしてただ驚きの声が入り混じっていた。

 一連の出来事を取り上げるテレビニュースは、世界中で大きな話題となった。彼は、一部では『現代のアルセーヌ・ルパン』、また別の場所では『魔法使いの怪盗』と評され、多くの人々に新しい興奮や驚きをもたらしていった。評論家たちは彼の行動や背後にある意味、さらには彼の技術や魔術について様々な推測を展開していた。永夢はそれらに対し「はっ、そこを取り上げるのか」など悪態つきながらも、画面に映る各国のニュースを静かに素早くスワイプしていくのを辞めなかった。


 都市の真ん中に立つUBS銀行を見下ろすと、その前ですでに千は優に超えるであろう群集が形成されていた。永夢は地上に降り立ちその場に向かってみると、そこには何とか事件の舞台に近づこうと新聞記者、テレビクルー、興奮した市民が喧騒を作り出し、人々は警察のバリケードを超えようとしている。

 彷徨っていると、永夢の側で若い女性が永夢の映像をスマートフォンで視聴しているのを見た。

「彼、誰?こんなことできるのは一体?」と彼女の友人が驚きの声を上げた。

「ていうか彼、めちゃ顔良くない?」

「名前は…永夢って言ってたよね。」

「怪盗って、現代でも実際にいるのね。」

「え、それな。小説とか漫画の世界にしかいないと思っていた。」

 永夢の瞳は明るくなり、眉頭に皺を作ってわらった。

「あっはは!世界は、ほんっとうに、面白い。」



 さて、永夢の行動がこの世界で注目を浴びていたのは真実だ。メディア、SNS、そして世界中の人々の関心が彼の行為に集まり彼に対する称賛と非難を生み出していた。だが、彼自身が追求していたのは、単なる怪盗の名声や財宝ではない。

「認識され、語られる。それが真実」と画面の中の彼は語る。一方、喧騒から離れたベンチに座った彼の眼差しは、都市の夜景から遠くの星空へ向けられた。唇から言葉が漏れる。

「はぁーー俺様ながら変なこと言ったな。本当に、何でこんなことをしているんだろうな。ああ、そうだ。真実は複数あるが、事実ってもっと単純なんだよな。」

 その言葉は、自問自答という名の自己暗示。恩恵を受ける為に受け入れるべき自分への

「はh、先生の出した愚かな課題のためだった。」

 彼は独り愚痴た。

「あの先生もどうかしてるな。こんな課題、普通出さないだろうに。」

 彼の声には、永夢自身に対する嘲笑も混じっていた。

「本当に、こんな阿保みたいなやつでも俺様にピッタリだな。うまいの選びやがって。」

 彼はスマートフォンをポケットにしまいながら言った。



 __彼は、『先生』から課題が与えられた時の様子を思い出していた。


 格子のついたミラーガラスに囲まれた広い教室に、五席の椅子。

 そこには永夢と先生以外の気配はない。二席が彼らで埋まり、外の音すら消した静寂の中、その課題は発表された。

「いいですか、永夢。あなたに今から課題を出します。永夢としての活動は初めてでも、なんとかなるでしょう。直し、条件です。まず、成功すること。次に、自身と魔術の存在を人間界と他界に何らかの方法を使って知らしめること。あとは…あとは終わっても私に対しての報告はいらないが、その条件は守りなさい。あなたならやりかねません。」

 彼のデバイスに転送された課題についての資料を一通り読み終わった永夢の唇は固く結ばれ、その顔には彼に非常に似合わない深い困惑の色が浮かんでいた。

「あーいや、センセ。なんで魔術について知らせる必要があるのかは追求しないんだが、一言言わせてくれ。」

「なんです?」

 そう言って、先生は何を言っているのか分かりませんと言わんばかりの顔をする。

「こんな莫迦が考えたようなものを出すなんて、随分と俺様を舐めてくれたじゃないか。何をさせたい?」

「あくまであなたらしい課題である思いますがね。初めてはそこまで暴れる必要もない。」

 永夢は否定しなかった。確かにこの『宿題』に対し彼は興奮を隠すことができなかった。それだけ、彼にとってこれは魅力的な課題だったのだ。しかし、一つのが馬鹿馬鹿しく思えて、どうしても受け入れがたかった。

「でもな、正直はいらんだろ。俺様がずっといればそんなことやる必要はない。それに、どうせ分からない。今までだってそうだった。」

 一瞬で空気が凍り付く。

「もう一回だけ説明しますが、今までとはわけが違うんですよ。資料は読んだんですよね?これからは一方通行じゃダメです、相互に意思疎通できるようにしないと。あなたみたいに図太くないんです。さもないと。」

 最悪手のNGワードが、皮肉にも永夢を焚き付ける最善となっていた。

「はは、センセ、それは俺様に対する脅しか?」

「そうですよ。私はもう後悔したくないのでね。どれだけ生徒あなた達に五月蝿い、めんどい、お節介、過保護と言われようが、いくらでも世話を焼きましょう。」

 未だかつて見たことのない鋭い眼光と背後の気配に、目の前の男の本気を垣間見た永夢に緊張が走った。彼の碧色の瞳孔が一瞬拡大し、「これは…」と低くつぶやいた。すぐに調子を取り戻して答えた。

「ハイハイわかった。お手上げだ。条件は守る。ただ俺様もセンセに要望がある。」

「私にできる事ならどうぞ。」

「…こいつが失うことに怯えず寝れるよう、魔術をかけてやれるか。」

「承知した。ただ期限はありますよ。」

「はっ、わかっている。もうみたいに永遠じゃないんだろう?」

「…いい冗談ですね。」

 


 永夢の目的は一体何だったのか。

 彼の言う世界とは何か、真実とは何か。

 全ての行動の背後には、どのような深い意味が込められているのか。

 それを知る者は少なくともこの世界にも、そしてどの世界にもまだいない。


 しかし、これは全てを知っている者の一欠片の物語。

 どれほど世界が残酷でもただ堪えるしか出来なかった者の、夢であることを望んだ一晩の物語。



 ____今問おう。世界よ、覚悟はいいか。

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