転生して最強になった女、今は死ぬ方法を探しています

アオイミチ

第1話

 その女は、基本的には自堕落な暮らしをしていた。


「あーっ! もうっ! どうやったら私死ねるのよー」


 彼女にとって、その言葉は朝のルーティンの一つであった。今日も、朝起きて歯磨きした後、お気に入りの紅茶を飲んでいるときにそう呟いた。


 彼女の名前はレーナと言った。容姿端麗かつスタイル抜群であることに飽き足らず、永遠の若さまで手に入れていた。さらには、この世界『セブンススクエア』の中で、最強の名を欲しいままにしていた。無理もない。レーナがこの世界に転生してから、かれこれ九百年も経っていた。


 まず、転生してきた時からとんでもないチート能力を持っていた。いわゆる転生特典とかいう、アレだ。そのおかげで、その時点から最強だったのだ。


 それから長い年月をかけて、仲間と共に、レアアイテムを漁り、レイドボスを倒しまくり、様々なスキルや魔法を手にしてきた。そして気がついたら、周囲に敵はいなくなっていた。そして、気がつくと、一緒に旅をしてきた仲間もいなくなっていた。無理もない。彼らは人間なのだ。六十年くらいでみんな死んでしまう。


 転生特典の一つ『不老不死』を持っていたのは、レーナだけだった。レーナは、元いた世界では、『ニート腐女子』と呼ばれる職業に就いており、『クイーン オブ 廃ゲーマー』たる二つ名持ちであった。ある界隈では、彼女の名前を知らぬ者は『にわか』と呼ばれていた。


 レーナは、その世界での経験から学んだことを活かし、この世界では『永遠に楽しくゲームするぞー』と意気込んでワールドスキル『不老不死』を転生時に取得した。


 だが、永遠に楽しく暮らすのは思いの外、すぐに飽きた。レーナは転生してから二百年くらいまでは、多くの友達や知人に囲まれて暮らしていた。


 だが、周りの人間たちがどんどん死んでいき、その孫たちまでもが死んでいくのを見守っていると、レーナは途端に全てが虚しくなった。そして、身を隠すように辺境の地で一人でひっそりと生きていくことにした。


 それでも彼女を訪ねてくる知人は多くいる。人間ではなく魔族だ。魔族の寿命は長い。低級魔族のゴブリンですら百年は生きる。ドラゴンクラスになると五百年、もっと上級魔族になると千年生きる者もいる。自然と、レーナを訪れる魔族にはそんな上級魔族が多かった。


 上級魔族デスドラゴンのブラストは、レーナのお気に入りである。ドラゴンと言っても、体は小さく、目がパッチリしていて愛玩動物のような見た目をしている。彼がひとたび口からブレスを吐くと、山一つは軽々と消し去るくらいの力を持っている。レーナはそんなギャップ萌えに心をキュンキュンさせてブラストを可愛いがっている。


「ねえねぇ、ブラスト」

「なんだ、レーナ。俺にそんなに馴れ馴れしく話しかけてくるなんて恐れ多いぞ、なんせ俺は……」

「きゃー、今日もめっちゃ、きゃわいいねー、ほらほらほら」

「お、おい、やめろ。俺は誇り高き……」

「はいはーい、誇り高きドラゴンの一族ねー。こないだも聞きまちたよー」


 レーナはブラストを膝の上に置き、体全体でヨシヨシしている。ブラストは迷惑がっているように見えるが、まんざらでもなさそうだ。ブラストはまだ百歳にもなっていない。お子ちゃまドラゴンだ。


 だが、仮にもデスドラゴンだ。普通の人間であれば、触れただけでも、デスドラゴンが持つ『死のオーラ』で死んでしまうし、仮にその『死のオーラ』に耐えられたとしても、鱗や角に触れるだけで体が切り刻まれ、その表面に付着してる毒が一瞬で人を死に至らしめる。


 レーナはスキル『状態異常無効化』と『物理攻撃無効化』を持っているため、こうしてデスドラゴンであっても、まるで子犬を可愛いがるように扱える。


「ねぇ、ブラスト。今日は聞きたいことがあるんだ」

「ど、どうした? なんでも聞いてやるぞ」

「わたしね、そろそろ死にたいと思ってるんだ」

「死にたい? レーナはいつか寿命で死ぬんじゃないのか」

「そうなの。普通は寿命で死ぬんだけど、私ね『不老不死』持ってるんだー。だから死ねないの」

「げっ、『不老不死』かよ。とんでもねぇの持ってるな、お前」

「その話、詳しく聞かせてよ」


 話の途中で突然、イビルマスターのファーレンが現れた。ファーレンは幽霊のため、突然姿を現すことはしばしばだ。


「おいっ、ファーレン。いきなり出てきて驚かすなよ」

「ああ、ごめんね。ブラストには見えないスキル使ってたんだね。ごめんごめん」

「ファーちゃん、こんちわー。さっきからウロウロしてたけど今日はどうしたの?」


 ファーレンはゴースト族の中では最上位に当たるイビルマスターだ。一応性別は女になる。かつては絶世の美女として、人間世界で壮絶な人生を送ったとか送ってないとか。


 いずれにしても、レーナが転生した時には、既に人間としての現役を引退して、ただの意識のない彷徨う幽霊だった。何がどうなって今に至るかは謎に包まれているが、現在は歴とした最上位魔族である。彼女は人の生気を一瞬で吸い取ることができる。


 また、人は一瞬でも彼女の霊体に触れると、瞬時に彼女の眷属として意のままに操られる存在になるが、レーナには、以下略。


「いや、レーナが『不老不死』を持っていたなんて知らなかったから、びっくりして。それって、マジやばくない?」

「そうなのよー。でもさすがに生きてるのに飽きちゃってね。何とか死ぬ方法を探してるんだよー」


「それなー。私も死ねない身になっちゃったから、ちょっと分かるかもー。私を消すのって、多分レーナくらいにしか無理なんじゃない? 最悪の場合は、レーナにお願いするしかないと思ってたんだけど」

「いやいやいや、さすがの私でもファーちゃんの浄化は無理っしょ。多分、ファーちゃんは、ある意味この世界で最強だと思うよ」


 レーナは謙遜しているが、彼女は、あらゆる霊体を浄化することのできる最上位魔法の「エクストラヒール」を使える。使えるには使えるが、使えることを忘れてしまっているのかも知れない。なんせ、レーナは七百を超えるスキルと魔法を使いこなせる。覚えていなくても誰も責めることはできまい。


「でも、本当だったんだ」


 ファーレンは少し遠くを見るような目になった。


「どうしたの? 急に」

「いや、こないだの上級魔族会議でね、噂になってたんだよ。『あのレーナが死にたがってる』って」

「あちゃー、もうそんなところまで話が伝わってるのかー。どんだけ早いんだよ。もしかしてみんなネットで繋がってたりしない?」

「ん? ねっとってなに?」

「あっ、いや、ごめん、こっちの話。気にしないで」


 上級魔族会議とは、各上級魔族の中の代表同士が集まり、魔族世界の秩序の維持や、食糧問題などを話し合う、魔族界の最高機関である。


「あっ、その話、母上が誰かに話してたかも知れない。今思い出したよ」

「そうやってすぐ広まるんだねー。いやはや怖い怖い」


 レーナは魔族界では超有名人である。レーナが今の場所に住み始めたとき、レーナが放つその禍々しいオーラに、魔族界は騒然となった。そして、当時の上級魔族会議の全会一致で、各魔族長たちが全員で挨拶に行くことになった。


 たが、挨拶に行ったきり、全員が帰ってこなかった。魔族界の者たちには、何があったのか、まったく分からなかったが、レーナに消されたのは間違いなかった。


 レーナはそのとき家の中で、黒光りしながら、素早く動き回る虫の対処に追われていた。レーナが満を持して最上位魔法『エクストラフラッシュ』を放ったとき、ちょうど各魔族長たちの目の前を例の虫が通過した。


 『エクストラフラッシュ』はどんな存在でも、一瞬で時空の彼方に飛ばすことのできる、超レア魔法である。超チート魔法であるが、リキャストタイムが五百年であるため、余程のことが起こらない限り使われない。


 それが、各魔族長たちに降り掛かり、彼らは例の虫と一緒に時空の彼方へ旅立った。レーナはそのとき、例の虫が怖くて目をつぶっていたので、魔族長たちのことを認識することはなかった。


 このことは後に『レーナインシデント』と呼ばれた。当時の魔族界を揺るがす大事件となった。どうにかしてレーナを排除したがる者たちと、恭順を示して距離を置こうとする者たちとの間で、第125次魔族界大戦が起こりかけた。が、ギリギリのところで収まった。


 それは、レーナが魔族に対して極めて友好的であり、魔族界にも干渉しないと宣言してきたからだ。レーナは上級魔族会議の場に突然現れた。


「ごめんね、忙しいところ。こないだ引っ越してきたんだけど、掃除がなかなか終わらなくて、挨拶が遅れちゃって」

「あ、いえ……」


「それで、あそこに住むけど、こっちの人たちに迷惑かけるつもりはないし、口出すつもりもないんだ。だから、あそこに住んでもいいかな?」

「え、あ、は、、はい」


 新魔族長たちは、肯定せざるを得なかった。レーナ排除派の筆頭たちは、レーナが放つオーラによって、完全に萎縮していた。恭順派の者たちは、自分たちの考えをより強固なものにした。


「ひ、一つ質問がある、いえ、あ、あります」


 勇敢なのか無謀なのか分からない。だが、一人の魔族長が命を賭して、その場のみんなが聞きたかったことを訊ねた。


「ん? 何かなー?」

「先日、魔族長たち、あ、、いや、、元魔族長たちがレーナさんのところに挨拶に伺ったと思うのですが、ご存じありませんか?」


「ん? 何のこと? 知らないよ」

「あ、挨拶には行ってないと?」

「来てないよー。さすがに来てくれたら覚えてるけど、来てないね。あ、もしかして私のこと疑ってる?」


 レーナは軽い冗談のつもりで、ちょっとおどけて聞いてみただけだった。だが、新魔族長たちはこう理解した。『お前たちもいつでも消せるんだからな』と。その日からレーナは今の場所で好き勝手に暮らしている。


 そんなレーナが『死にたがっている』という噂が魔族の間で瞬時に広まるのは無理もない話である。


「レーナって超危険人物じゃん? そりゃすぐに広まるよ。私も最初は怖かったんだよ。でもこうやってちゃんと話したら、全然そんなことないんだけどねー」

「超危険人物って酷くない? 私が何したって言うのよー」


 レーナはプンプン怒っているが、さすがのファーレンも『レーナインシデント』のことを話す訳にはいなかった。


「それで、何かヒントとかないのかな?」

「ヒントって、死ぬための?」

「そう、死ぬための」

「ヒントって言うか、『不老不死』はワールドスキルじゃん? それを破らないといけないワケで、そんなの神様しか無理なんじゃない?」

「そうだよねー、それなんだよ」


「でもさ、こないだ母上が言ってたぜ」

「おっ、ブラストちゃん、なになにー? 聞かせてよ」

「こら、茶化すなっ。えっと、この世界の唯一神ファリスが、魔法とかスキルを作ったって。もちろん魔族も人間も、その人が作ったって」

「ブラストちゃん、私でもそのくらいは知ってるよー」


 レーナは、転生時に会っているから余計に詳しい。


「いや、まあ、聞いてくれよ。えっと、昔は人間と魔族は、今よりももっと戦争してて、世界が相当荒れたらしいんだよ」

「うんうん、それで?」

「当時の魔族の中に、すんごい強いやつがいたみたいで、そいつが神にお願いしたんだとか。『この世界をお救いください』って。そしたら、使えるようになった魔法とかスキルが凄く増えたっていう話」

「それも知ってるよー。それでみんながスキルや魔法を使って、便利に生活する様になったから、食糧や土地で争うことがなくなったって話でしょ?」


「いや、それはそうなんだけど。それを聞いて、俺が『それなら、もっと頻繁に神様のところに行って、いろいろお願いしたらいいんじゃない?』って母上に言ったんだよ」

「へぇー、なるほど、そう言う考えもあるんだね」

「そしたら、母上が言うには、神様のところに行けるのは五百年に一回なんだって。その魔法のリキャストタイムが五百年だからって言うんだよ」


 レーナは驚いて立ち上がった。リキャストタイムが五百年の魔法など、この世界には一つしかない。今、彼女は計算しているのだろう。魔族の世界に来て、今年で何年になるのかを。あの魔法を使って、今年で何年になるのかを。だが、彼女が気がつくのはもう時間の問題だ。あれから五百年以上経っているのだから。


 もしかしたら、もうすぐ私の前に現れるのかも知れない。そしたら、彼女は何と言うだろうな。なんせ会うのは九百年振りだ。彼女のお気に入りの紅茶を用意して、待っていようか。




 久しぶりの来客の予感に、ファリスは少しウキウキしていた。

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