最後に

琥珀 忘私

最後に

 死のうと思っていた。

 それなのに、あと99秒で世界は滅亡するらしい。

 ドアノブにネクタイを結び、あとはそこに自分の首を入れるだけ。それだけだったのに、テレビから聞こえてくる「緊急速報」。若い男性アナウンサーが泣きながらに原稿を読んでいる。

 99秒なんて。カップラーメンも作れないじゃないか。いや、固麺が好みならワンちゃん……? いや、最後の晩餐がインスタントは無いだろ。

 なんてことを考えてるうちにも、テレビ画面に映るカウントダウンは10秒進んでいる。

 なんで今日なんだよ。

 なんで今なんだよ。

 もう少しだけ待ってくれよ。

 頭の中でぐるぐると回る思考。いつもより多くのことを考えている。それなのに、時の経つスピードが遅く感じる。

 アナウンサーはすでに消えていた。そりゃあ、そうだ。最後の時くらい、仕事なんか忘れたいもんな。俺もそうだ。

 モニター越しに聞こえる電話がかかってくる音。そりゃあ、そうだ。最後の時くらい、家族の声を聞いていたいもんな。俺にはもういないけど。

 お、さっきのアナウンサーが戻って来た。裸で。盆踊りを踊りながら。そりゃあ、そうだ。最後の時くらい、自分の好きなことやって、バカになりたいもんな。流石にやりすぎな気もするけど。

 あと、43秒。まぁそれくらいだったら、生きてやってもいいか。どうせ死ぬんだし。

 周りに流されてきた俺の、最後の抵抗だ。

 バルコニーから見える、阿鼻叫喚に染まった町。

人は叫び、走り、嘆き、絶望する。そもそも何も知らないというお気楽な奴は、周りの動画を撮って笑ってる。

こんな世界を見下ろせるのも、最後。

あと10秒。

こんなにも世界が壊れているなら。俺ももっと壊れとけばよかった。

ベッドに寝転がり、最期の時を待つ。

あと5秒。

ふと思い出したのは、クソ上司のむかつく顔。一度ぶん殴ってやればよかった。

あと3秒。

やっぱり、カップ麺食っときゃよかった。

あと1秒。

やべぇ、口の中が醤油味を求めてる。

0秒。

1秒。

2秒。

モニター越しにも、開けっ放しの窓の向こうからも聞こえる歓声。

とりあえず、カップラーメンを食べよう。

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最後に 琥珀 忘私 @kohaku_kun

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