ホームシック

京野 薫

由衣

 俺の妻は自分で言うのも何だが俗に言う「良妻賢母」と言う奴だ。

料理はまるで高級レストランにいるのかと思うほどの味で、職場の部下を連れてくるとまるで一流クラブに来たのかと思うようなもてなし。

そして、容姿はなぜ今まで芸能界という選択肢が浮かばなかったのかと思うほどの美貌。

性格も普段は3歩下がって・・・と言う奥ゆかしさだが、ここぞと言うところでは優れた判断力を発揮する。

そんな宝石のような彼女、「由衣(ゆい)」と出会ったのは2年前。


切っ掛けを話すと絶対に信じてもらえないが、仕事関係のトラブルの対応で夜中になった俺は山道を車で走っているときに、急に目の前にフラフラと飛び出してきたのだ。

慌てて急ブレーキを踏み何とかぶつからずに済んだが、文句を言ってやろうと車を降りた俺は言葉を失った。

そこにいたのは見たことも無い様な美人だった。

彼女は俺の目をジッと見て何度もお礼を言う。

そして「このお礼に何でも一つだけ言うことを聞きます」と言われた俺は、まるで何かに取り憑かれたかのように、彼女に求婚し受け入れられた。


そんな安っぽいドラマでも見ないような展開だったが、俺と由衣はそれから2年間楽しく過ごしている。

・・・と、言っても彼女に全く後ろ暗いことが無いかと言えばそうでも無い。

由衣の性格を一言で言うと「おしとやかな世間知らず」携帯の存在も知らず、パソコンも知らない。

果ては仕事をする事の意味も分かっていない。

そのため、彼女には家で教え込んだ家事をやらせているが、あそこまで物を知らないと正直気が滅入ることもある。

そのため、職場の部下である京子と言う女とも平行して関係を持っている。

いわゆる浮気という奴だ。

後ろめたさが無いわけでは無かったが、由衣がまず気付くことは無いだろう。

そういう女だ。


そんな由衣の様子がおかしいことに気付いたのは仕事から帰った夜のことだった。

いつになく沈んだ表情で、話しかけても上の空。

気になって聞いてみると、最近故郷の事を思いだしてしまい辛いのだそうだ。

そういえば、由衣の育った環境の事を聞いたことが無かった。

「どこなんだ?今度の休みに・・・」

そう言おうとして俺は口ごもった。

いかん、その日は京子とデートだった。

由衣は俺の態度に気付いていないようで、深くため息をつく。

「ごめんなさい。お仕事で疲れてるのにこんな事・・・」

いや、遅くなったのは京子と会ってたからなんだけど。

「気にするな。お前が幸せなら俺も嬉しい」

由衣への罪悪感だろうか。俺はさらに付け加えた。

「お前の幸せのためなら何でもするよ。俺はそのためにいる」

すると、由衣の表情に生気が戻り、顔をパッと紅潮させた。

「本当に?」

「ああ。約束する」

「嬉しい・・・」

両手で口を押さえ、涙ぐんでいる。

そんなに嬉しかったのか。

この程度のリップサービスでいいならもっとやれば良かった。

「じゃあ、お言葉に甘えて一度里帰りをしたいの。ずっと離れてたから息が詰まりそうで・・・頑張ろうとしたけど、何をしてても故郷の景色や仲間の顔ばかり浮かんで。でも・・・そのためにはちゃんとした成果を持ち帰らないと行けなくて」

「成果?何の?」

「それがないと受け入れてもらえなくて・・・でもずっと踏み出せなくて。ダメだったらどうしよう、って。でも・・・あなたがそう言ってくれて踏ん切りが付いた。私、家に帰る」イマイチ噛み合わないな。

まあ、いいか。

里帰りするなら、その間京子を家に呼ぼう。

こういう刺激的なシチュエーションも悪くない。

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