真夜中のナースコール

ゆでたま男

第1話

陽子が看護師になろうと思ったのは、

小学生の時だった。

楽しみにしていた家族旅行が祖母の入院で白紙になったことがあった。

その時、なぜか祖母のことがとても許せなくなり、それきり一度も会わないまま祖母は亡くなったのだ。

今思えば、なぜあの時祖母のことが嫌いになってしまったのか。旅行なんて、またいつでも行けたのに。

もしかして、それは罪悪感からではないのか

と、問われれば、それは、否定できない気がしていた。どうしても消化しきれない後ろめたい気持ち。

病院の面接では、人の人生に寄り添えるような看護をしたいと、教科書のようなことを言ったこと覚えがある。

だが、それほど私はお人好しではない。

そんなに人のために尽くせる人間でもない。

自ら望んだ結果とは、どうしても思えなかった。


午前二時、ナースコールが鳴った。

「え!」

陽子は驚いた。その部屋は、誰もいないはずの部屋だったからだ。

「ちょっと、陽子見てきてよ」

向かいに座っていた紀子が言った。

「え、嫌だよ。私苦手なんだから、そういうの」

「じゃんけんしよ」

「う、うん」

陽子は、渾身の力でチョキをだしたが、グーを出され見事に玉砕した。

「はい」

懐中電灯を渡され、しぶしぶ廊下に出た。


208。その部屋は個室だった。

懐中電灯を握る手に力がこもる。

深呼吸をすると、ゆっくり引き戸を開けた。

隙間から明かりを差し込んで中を覗きこむ。

「あ!」

陽子は、驚いた。たが、それは、恐怖からくるものではない。

「おばあちゃん」

それは、紛れもなく亡くなった祖母だった。

ベッドの上で上半身を起こしている。

「陽子」

「私がわかるの?」

「当たり前じゃない。大きくなって」

「どうしているの」


「ちょっと、腰が痛くてね」

陽子は、部屋の電気をつけて、ベッドに近づいた。

「このへん?」

祖母の腰を擦る。

「うん、そこ」

祖母の温もりが手に伝わってくる。

陽子の目は、涙で濡れていた。

「あのね・・・」

陽子がいいかける。

「何も言わんでいい。全部わかってるから。陽子は、なんも悪くないから」

「うん」

「ありがとう、楽になった。なんか、温かいものが飲みたいわ」

「分かった、すぐ持ってくるから待ってて」

陽子は、部屋を出た。


「何やってたのよ、遅いじゃない。もしかして、出たとか?」

紀子は、のんきにお菓子をつまんでいた。

「おばあちゃんが」

陽子は、コップを手にとった。

「え!おばあちゃんの幽霊だったの?」

「違う、私のおばあちゃん」

「え!嘘だ~。またまた、怖がらせようと思って」

コップにポットからお湯を注ぐと、ティーパックを浸けた。

「ちょっと、陽子?」

すぐにティーパックを取り出し、ナースステーションを出る。


「お待たせ」

ドアを開けると、そこに祖母の姿はなかった。やっぱり、ただの幻覚だったのか。

ふと、ベッド横の棚の上に紙が置いてあるのが目についた。手にとると、それは手紙の様だった。

ベッドに座り、読んでみる。

『立派に仕事をしている姿をみるて、とても陽子を誇らしく思います。

体を大切にして、無理をしない程度でいいから、これからも頑張ってください』

陽子は、鼻をすすった。

「おばあちゃん、ありがとう」

決して、罪悪感に背中を押されたわけではない。私はこの仕事が好きなのだ。今なら、そう自信をもって言える気がする。

お茶を一口飲んだ。

今まで胸につかえていた塊が、温かいお茶とともに流れ落ちていくのを感じた。

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真夜中のナースコール ゆでたま男 @real_thing1123

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