第26話 ただ者ではない美女のお母様を救え
「今からぜひアルベス家へ来てください!」
部屋に戻ると、落ち着いた雰囲気になったユーニさんがそう声を張り上げた。
しばらく自宅まで案内してくれたユーニさんが足を止めた。
止まったと言うことは、家に着いたのだろう。
しかし目の前にあるのは、大きな門に周辺一帯を囲うような頑丈で高さのある壁。
そして。
「ユーニお嬢様!?」
「また屋敷を抜け出していたのですか!?」
「その者たちは何者ですか!」
6、7人の門番たちがユーニさんや俺たちを見るなり、慌ただしい様子になる。
中には鞘に収めた剣に手を掛ける者も……。
「諸々の説明は後です。早くこの方たちを屋敷の方へ! そしてお母様の元へ!」
ユーニさんの切羽詰まった声に、門番たちは速やかに動く。
重そうな扉を数人がかりでゆっくりと左右に開いた。
そうして現れたのは……想像を遥かに超えた大豪邸。どでかい噴水と規模がおかしい庭。
その真ん中の開けた通路を俺たちは駆け足で進んでいく。
「ユーニさんって一体何者なんだ……」
慣れない景色を横目に眺めながら、そんな言葉が漏れてしまう。
「これは貴族で間違いないね。しかも……」
「やっぱりしーちゃんの予感は当たっていたんだ」
シオンとホノカがまた悩ましい顔になった。
でも、ユーニさんのお母さんを助けるのが優先だよな!
「これはこれは……」
マールンさんを見ると、曇ったような表情になっていた。
◆◆
「お母様! ただ今戻りました!!」
ユーニさんが勢いよく扉を開けた。
そこは見るからに寝室であった。
「ユーニお嬢様!?」
「ユーニお嬢様! 後ろの方は!」
中にいたメイドや執事は何事かと目を丸くしていたが……そんなことなど気にも留めず。
ユーニさんは奥にある天蓋付きベッドの方へ一直線に駆けて行った。
カーテンらしき布でその人物は遠くからではシルエットしか見えないが……俺たちもユーニさんの傍まで移動すると確認できた。
「ユーニ……」
「お母様!」
酷く青ざめた顔に、骨が浮き出ているほど痩せ細った女性がそこに横たわっていたのだ。
状況の深刻さを目の当たりして、言葉が出ない。
女性の虚な瞳がユーニさんから俺たちの方を捉えた。
「……ユーニ? この方たちは……?」
「お母様の病が治せるかもしれない方々です!」
「「「!?」」」
ユーニさんの言葉に周りがザワッと騒がしくなった。そんなのは今は気にしている場合じゃない。
マールンさんがすぐに動き出して。
「初めまして。わたしはマールンと申します。事情はユーニ様からお聞きしております。少し容体を見させてもらってもよろしいでしょうか?」
「……」
女性の虚な瞳がマールンさんからユーニさんの方へと移動した。
「お母様。安心してください。この方たちは……マールンさんは信頼できます」
女性の細長い手をユーニさんは力強く握りめた。
「……」
女性の視線が再び、マールンさんへ。
「わたしは、ユーリエと申します……。よろしく、お願いいたします……」
「はい」
マールンさんも答えるように力強く頷いた。
それから近くの椅子に腰掛けたマールンさんの診察が始まった。
顔に身体に、念入りに確認していって……。
「……なるほど」
マールンさんは静かに頷いた。
「ま、マールンさんっ」
祈るようなポーズで今にも泣きそうなユーニさん。
そんな彼女にマールンさんは一度、微笑むと……集中するように瞳を閉じた。
「≪ヒール≫」
一言だけ唱えた。
ユーリエさんの身体が光に包まれる。いつもより濃い光だ。
「……っ」
ユーリエさんからは苦しむような声が漏れた。
だが、険しかった表情はすぐ和らぎ……それとともに身体を包んでいた光もゆっくりと消えていった。
「ではユーリエ様。ゆっくりと身体を起こしてください」
「身体を……」
戸惑いと不安が混じったユーリエさんの声色。
「大丈夫。あなたはもう自由です」
マールンさんが微笑み、強く頷けば……ユーリエさんは身体に力を入れるかのように拳を握り———
———ユーリエさんはスムーズに起き上がったのだ。
「……」
ユーリエさんは目を丸くした。
唇は震えている。
ユーリエさんはさらに、ベットから足を出して地につけた。
そうしたら……立ち上がった。
「起き上がれた……。もう、どこも痛くもありません……」
涙がツゥーと一粒。ユーリエさんの頬をつたったと思えば……ボロボロと大粒の涙が落ち出した。
「お、お母様……」
「ユーニ……」
「お母様ッ」
「ユーニ!!」
ユーニさんとユーリエさんはどちらともなく抱きしめ合った。
「ま、マールンさん……」
目の前の感動的な光景で結果なんて分かっている。
でも、どうしてもマールンさんの口から聞きたい。
「ふふ、はい。完治しましたよ」
「〜〜〜!」
ふわりとしたマールンさんの笑みに、俺は思わずガッツポーズ。
「お2人に笑顔が戻って良かった。さすがマールンだね、お疲れ様」
「まーさんお疲れ様っ。そしてお2人とも無事に元気になって良かった〜」
シオンとホノカも安堵の笑みを浮かべていた。
「誰もが原因不明と言っていた病を、こんな一瞬で治したですって!?」
「しかもエルフの方が唱えたのって、治癒で基礎的なヒールじゃ……」
「……ほう」
メイドと執事たちは喜びというよりは、困惑の方が多く混じっている様子だった。
突然、現れた人が長年原因不明な病を治してしまったのだからな。そりゃそういう反応にもなるか。
「よ、良かっだぁぁ。本当に良かっだぁぁ……お母さまぁぁ」
「良かった……良かった……。こうしてまた、ユーニを思いっきり抱きしめる日がきて良かったッ」
再び2人を見れば、顔はもう涙でクシャクシャであった。それがとても微笑ましく思える。
感動の涙とほんわかした温かな雰囲気が部屋を満たす中。
「ところで―――存分に喜ぶのはまだ早いですかね」
そんな空気を切り裂くような発言をしたのは———恩人であるマールンさんだった。
「……え?」
困惑した視線と声がマールンさんに一気に集まる。
マールンさんはゆっくりと口を開く。
やけに真剣な瞳をして。
「ユーリエさんを苦しめていたのは、原因不明の病ではありませんでした。病よりもっと悪質なもの……」
マールンさんはこの場にいる全員を見渡し——告げた。
「ユーリエさんを苦しめていたのは―――呪いです」
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