第9話 荷物持ちを馬鹿にするのは、"地雷"
「ゴブリンは全滅させました。念の為、村の周りも探索してみましたが、ゴブリンの気配はなかったです。これからは安心して過ごしていただけると思いますよ」
「本当にありがとうございます!」
シオンが代表して、ゴブリン退治の依頼を出したジライ村の村長と話している。
俺たちはその様子を少し離れたところから見ていた。
こういった対応はシオンが慣れているので任せているのだ。
そういった面でもシオンはパーティーのリーダーに相応しい。
「いやー、本当にありがとうございます!!」
村長はシオンの手を握って離さない。
話はまだまだ続きそうだ。
「ジライ村は長い間、大量のゴブリンに悩まされていました……。しかし、中々依頼を受けてくださる冒険者様がおらず……。自分でも分かっております。ゴブリン退治は儲からないため後回しになると……。しかし貴方たちは来てくれた! 貴方たちが来てくださって本当に良かった……! 本当にありがとうございます、ううっ……」
ぽろっと涙が一粒溢れる。
村長……泣いているのか。それほどゴブリンに困っていたんだなぁ。
奥に見える村の人たちもこちらに笑顔で手を振っている。
安心した表情を浮かべていた。
「お褒めに預かり光栄です。またゴブリンを発見した際には冒険者ギルドにお問合せいただければらボクたちのパーティーが退治させていただきますよ」
「ほ、本当ですか! なんとお優しい! ありがとうございます〜〜! お礼を言うことしかできず申し訳ないっ」
「いえいえ。それだけでありがたいですよ。でも……これ以上のお礼の言葉はまたの時に取っておいて欲しいです」
「何故ですか?」
「困っている人の役に立つのが冒険者ですから。またお役に立った時、お礼を言っていただけたら嬉しいです」
そう言い切りシオンが爽やかな笑みを浮かべた。
「なんと……」
村長は50代ぐらいのおじさんなのだが……見惚れるように口は少し開き、頬をぽっと染めた。
「しーちゃんがまた王子様キラー出してるよー」
「罪なリーダーですねぇ」
「ちくしょう! 外見も中身もイケメンだなぁー! てか、シオンって俺たちよりも年下だよな、ホノカ?」
「うん。確か今年で16歳だった気するよ」
「1個年下の子があんなにしっかりしているなんてなぁ……」
「うふふ〜。わたしからすれば、ロクトさんもホノカさんもいい子ですけどね〜」
離れたところから見ている俺たちはそれぞれ好き勝手言う。
それにシオンには……ギリギリ聞こえてないんじゃないかな?
「でもあんなカッコいいこと言っているけど、さっき村の森を焼きかけた張本人だよね、しーちゃんって」
「あの時のシオン……めちゃくちゃ怖かったよなぁ……。やっぱり戦闘中におっぱいに無我夢中……ではなく。戦闘中に気を抜くのはいけないよなぁ……」
「んー、ゆったり戦闘を見てもらう分には私はいいけどね。だって、それだけ私が強いって証明になるもんっ」
ホノカがふふーんと口元を綻ばせて腕組み。
どこまでもポジティブなやつだ。
「シオンさんが怒ったのはそこではないとは思いますけどねぇ〜」
マールンさんは微笑みながら、何故かその豊満な乳を持ち上げていた。
目の保養すぎておっぱいにしか視線がいかない。
「まーさんは分かってやっていたからなぁ〜。でも、もうそれくらいにしないと帰ってからのしーちゃんが怖い……」
「うふふ〜。ではもうやめておきます。ついついシオンさんに対抗してしまいました」
「対抗? マールンさん、シオンと何か競ってるんですか? あっ、もしかして巨乳派か貧乳派かとか!」
俺は断然巨乳派だが、シオンは貧乳派かもしれない。
「あっ、ろっくん。その話はしーちゃんにはタブーで……」
「みんな! こっちに来てくれ!」
シオンが大きめの声で俺たちを呼ぶ。
急ぎなのか手を招いて……って、手のひらを上にして招いている!?
「かかってこいや」っていう手の招き方だよ、それ!
「ええ……俺行きたくねぇ……」
「うん怒ってるね、しーちゃん。じゃあろっくんを盾にして行こうか」
「そうですね。ロクトさんは先ほど、肉壁になってくださると言っていましたから」
「ゴブリンより今のシオンの方がよっぽど怖いのだけど!?」
結局、ホノカとマールンさんにぐいぐい背中を押されて3人でシオンの元へ。
「なんで2人はロクトの背中に胸を押しつけているのかな? ……喧嘩売ってる? ロクトもロクトだよ?」
シオンに顔を近づけられる。
笑みが黒いよ! 怖いよぉ!!
「はぁ、全く……。ホノカ、マールン。そろそろロクトから離れて。それからみんな横に並んで……よし」
「仲がいいのですね。皆さん」
「あはは……ありがとうございます。では、村長。今回のゴブリン退治を共にしたボクの仲間を紹介させてください」
シオンがそう切り出した。
これは依頼終わりにシオンがいつもするルーティンみたいなもの。
本人曰く、リーダーの自分が一番お礼を言われる分、最後には自慢の仲間を紹介したいからだってさ。
イケメンかよ!!
「まず、双剣使いのホノカ」
「は〜い。どうも〜」
「魔法使いのマールン」
「こんにちは〜」
「最後に荷物持ちのロクト」
「どうもー」
まあ俺は戦闘には全然関わってなかったけどな。
村に来てやった仕事といえば、荷物を指定の場所に【収納】の能力で運んで、それから村のおっちゃんたちに廃材をどうにかして欲しいって言われたから【収納】に入れて———
「荷物持ちって……ぷぷっ」
ふと、笑い声が聞こえた。
声がした方を見れば……村長の隣にはいつの間にか派手目の化粧をした女性が来ていた。
「ぷくくくっ……1人だけ地味ねぇ〜」
「おい、チブサ! なんてことを言うんだ! す、すいませんうちの娘がっ!」
村長の娘さんなんだ。
確かに荷物持ちは地味な役割だ。自分でも思っている。
それにパーティーメンバーは、イケメンと美女しかいないので余計俺の地味さが目立つ。
それも自覚している。
だが、笑われながら言われると……ムカつくよなぁ!
そういうのは、口に出さずに心の中だけで思っていてほしいんですけどぉ!!
「そんなことより、シオン様と言いましたよねぇ? お礼がしたいのでぜひうちに上がってくださぁ〜い」
わざとらしい甘ったるい喋り方と上目遣いでシオンの傍に寄ってきた。
おそらく、シオンに一目惚れしたのだろう。
それで今はアプローチしていると。
みんながいる前だと言うのに堂々としているなぁー。
そういえば、村に着いて村長に挨拶した時に一瞬現れたと思えば、走り去っていった女性がいたなぁ。
あれってもしかして娘さんで、イケメンなシオンを発見してすぐさまお色直しに行ったってことかな?
「シオン様のために私、おもてなししたいんです〜」
絶対そうだな、うん。
シオンの人気はどこに行ってもすごいなぁ。
それに比べて同じ男でも俺の扱いはこの有様。
同じ男でも天と地の差がある。
この扱いも俺が荷物持ちなかぎりはずっと続いて———
「———みんな。先に馬車に戻っていてくれ。次の依頼もあるし、早く身体を休めてほしいからね」
シオンが俺たちの方を向いてにこっと笑う。
「ボクは少しだけお話してくるよ」
「おう、分かった」
相変わらず誰にでも対応が丁寧だな。
丁寧だからこそ、あれだけモテモテなのにシオンからは女性関連のトラブルはひとつも聞かない。
シオンもそう言っていることだし、馬車に向かおうと。
「……はぁ。まあ、リーダーが言うなら仕方ないね」
「……はい。ここはリーダーに任せましょうか」
「ん? 2人ともどうしたんだ?」
ホノカもマールンさんも重いため息をついて険しい顔をしているのだが。
「じゃあ……」
「ええ……」
「え?」
ガシッと。
右腕はホノカに。左腕はマールンさんに掴まれた。
「じゃあ先に馬車に戻ろっか、ろっくんっ」
「そうですね。しりとりでもしながら待っていましょう」
「えっ、ちょっと!? 俺、無傷だし1人で普通に歩けるんだけど!?」
まるで連行されるかのように馬車に連れ込まれるのだった。
2人とも、なんだか怒っている様子だった。
◆◆
「申し訳ありません! 恩人である皆さまにうちの娘がとんだご無礼をッ!」
「村長さん。貴方がそんなに謝らないでください。ボクの気分を害したのは娘さんですから」
シオンが視線を向ければ、ビクッと。娘はビビったように肩を揺らす。
「ほらっ。シオンさんがいるうちに早く謝れ!!」
「な、なによっ。1人だけ荷物持ちの地味なやつがいるんだから、笑っちゃうのは仕方ないでしょっ。ふ、ぷぷ……今でも笑えるわ」
「お前というやつは! あの荷物持ちの方は、大量の木材や資源を運んできてくださったんだぞ! 運んでくださらなかったら、修復作業もままならない! しかもその中には、お前が勝手に注文した化粧類だってあるんだぞ!」
「だからなによっ。荷物運びなんて、誰でもできることじゃない。むしろ誰でもやっていること。私だって今朝やったわよ。川から水を汲んできたわ。これも立派な荷物運びでしょう? 誰だってできるじゃない〜」
「チブサお前というやつは……。すいません、シオンさんっ。うちの娘は母親が死んでからというもの、随分と高飛車になってしまい……」
「村長も大変ですね。では少し教育しましょうか」
シオンが娘に一歩詰める。
そして、横目に村長を見た。
「……村長。30秒だけ外に出てもらえませか?」
「で、ですが……」
「大丈夫です。たった30秒ですから」
シオンが笑みを浮かべる。
しかしそれは、見惚れるような笑みではなく……最後の忠告とばかりの念の強い笑み。
「そ、それでは……。チブサ! しっかり謝罪するんだぞ……!」
ドアが閉まり、しばらくして……シオンは口を開く。
「さて……ボクは冒険者です。魔物を殺せば、恩人と言われます。しかし……人間を殺せば犯罪になってしまう」
「? 何を言っているんですかシオン様? そんな堅苦しい話よりも、せっかくの出会いなのですから私とお茶を————」
「要は、冒険者は犯罪になるからやらないだけで、いつだって人を殺せる力は持っているんですよ」
シオンの手のひらに炎が出現する。
その炎はどんどん勢いを増す。
「ボクは魔物を退治して感謝されるのは好きだが、メンバーの悪口を言われるのは大嫌いなんだ。もし、貴方の口がこれ以上彼を侮辱するのなら……今度の退治対象は、貴方になるかもしれない」
手のひらの炎を消すことなく、シオンが娘に一歩……また一歩詰める。
「……え、冗談ですよね……?」
「……」
シオンは何も、言葉を返さない。
「……」
無言のはずなのに、シオンからは恐ろしいものを感じる。
それこそ、その炎でゴブリンたちを焼き殺したように。
娘も焼き殺して……。
「っ……」
娘は焦りと熱さで大汗をかき始めた。
せっかくのファンデーションも無様に崩れてきている。
「あ、あの……あの……」
「ふっ……。今日は忠告だけにしておきます。村長に免じて」
シオンが炎を消す。
しかし、鋭い目つきはそのままに。
「それとボクは、女だ。そして男にしか興味がない。この意味が……分かるか? お前が馬鹿にした荷物運びの彼が、ボクにとってはどんな存在か……どう思っているのか……」
「ッ、ご、ごめんなさい!!」
ついには腰が抜けたのか、娘は床にへたり込んだ。
そして我に返ったかのように慌てて謝る。
ようやく分かったようだ。
————自分が地雷を踏んだことに。
「謝罪ができるのはいいことですね。では、失礼します」
部屋を出れば村長が。
心配そうにシオンの顔色を伺う。
「終わりましたのでどうぞ。娘さん、ちゃんと謝罪ができていい子でしたよ」
シオンは最後は笑顔でいた。
「全く……面倒なことだらけだ。でもボクはリーダーとして、1人の女としてロクトを馬鹿にされるのは許せないからね」
目はハイライトが消え、不気味な笑みを浮かべるシオン。
「おっと。この表情はロクトの前ではしてはいけないね。いつもの冷静でカッコいいボクでいないと」
頬を軽くつまめば、爽やかな笑みに戻る。
「まあボクが女だということには、そろそろ気づいて欲しいんだけどねぇ……。貧乳にも目覚めて欲しいし」
そうして、何も知らないロクトが待つ馬車へ戻るのだった。
◇簡単な人物紹介◇
シオン・グランツ
美少年と美女を程よく融合させたような中性的なイケメンであり、頼れるリーダー。
貧乳……んんっ。容姿とそのキザっぽい振る舞い方で初対面ではよく男と間違えられがちだが、実は女の子。
胸の話になると、やたらと不機嫌になる。
ちなみに一番怒ると怖い時は、パーティーメンバーのことを侮辱された時。
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