真実
成瀬七瀬
ある孤独な発明家の男が自室の窓から外を眺めている。
彼の頭にはヘルメット状の鉄で出来た帽子が被さってあり、前部には目を覆うグラスが付けられている。ヘルメットのあちこちからは電極とコードが刺さっており、それらは彼の座る鉄の分厚い椅子に繋がっている。
男はこれを『真実を見る機械』として発明した。
濃い茶色のグラスを通して人や植物を視ると、その内面が男の脳に電気信号として伝わり映像や言葉として『見える』のだ。
男は開発を終えて、今は試しに通行人をこっそりと眺めている。
道をゆっくりと歩く老夫婦がいる。その心の中は穏やかだ。男の脳裏に二人が過ごしてきた時間が風景画のように流れる。
その脇をすり抜けて急ぎ足で歩くスーツ姿の男性がいる。とても焦っているようで、もやもやとした煙が体格のいい上司と思しき形を作る。遅刻しそうなのかな、と男はレンズ越しに思った。
まだまだ試作品とはいえ出来は上々だ。もう少し軽量化し、映像もはっきりと見えるように改良せねばならない。しかし、これが世界に流通することはないだろう。他人の心を透かして、真実を見るとろくなことにはならない。男は報われない自分の発明を悲しく思った。
ヘルメットを外そうとした、その時だった。突然空から黒い塊が舞い落ちるように現れた。
それは物凄い悪意に満ち溢れ、正体が何なのかわからないほどだった。人でも何でも誰でも良いから殺してグチャグチャにしてやりたい、世界を崩壊させてやりたい、という誰彼構わぬ憎しみと嫌悪と恨みの権化であり、男は自分の脳裏に広がった残虐なイメージに叫び声を上げた。
悪意の塊は異様な身軽さで男の座る窓辺に近付いてくる。彼はまた叫んだ。自分が内臓を引きずりだされ、泡を吹きながら死にゆく様がありありと視える。
パニックに陥った男は電極コードを引きちぎりながらヘルメットを床にたたきつける。息を切らしながら椅子から転げ落ちた。心臓は早鐘のように鳴っている。
床に伏せていた顔を震えながらそっと上げる。あの恐ろしい悪意を持った『何か』は何だったのか。
朝日が照らす窓辺には、小さな雀が一匹留まって男をじっと見つめていた。
真実 成瀬七瀬 @narusenanase
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