カウントダウン

成瀬七瀬

 

 予知能力を持った男がいた。


 一般的に予知能力といえば夢で未来を見る予知夢であるとか、ノストラダムスの大予言に似た大規模な予知ではないかと想像するだろう。


 しかし男に備わった能力はそのような大それたものではなく、五秒後の未来がわかるというものだった。五秒後など予知能力が無くとも予想出来るような気もするが、男の能力はどんなに予測不可能な事態でもぴたりと予知する。




 彼が最初にこの能力に気付いたのは学生時代だった。授業中、教師に指される前に、何故か男には分かった。何気なしに頭の中でカウントを取ると、ちょうど五秒後に壇上の教師が男の名を呼ぶ。




 これまで他にも様々な事象を予知してきた。雨など降りそうにない空に黒い雲が広がる五秒前、元気に仕事をしている上司が発作で倒れる五秒前、地震が起こる五秒前。


 能力を意識してからは、男は予知してからの五秒を有効に使うようになった。


 雨が降るとわかれば屋根のある場所に移動し、倒れる上司の為に救急車を呼ぶ準備をし、地震の前には出来る限り避難する。




 用意周到とも言える男の行動を不思議がる者は居ても、予知能力に感づく者は居なかった。


 何せ五秒前だ、例えば周囲に危険を知らせるなどの余計な言動はしている余裕が無い。最低限、自分が出来ることをするだけで精一杯である。


 すぐに実現する未来であっても、心構えがあるのと無いのでは大いに違いがあった。男は予知能力を重宝していた。




 しかし、男は『ある事』に気付いてしまった。


 それは自分の『死』を予知したら。ということ。




 気付いたのはふとした時だった。テレビでよくある、衝撃の瞬間映像特集。(もし俺がこの人間だったら事故を予知出来るのだろうな)と――思って、しまった。


 その瞬間寒気と鳥肌が一度に襲ってきた。事故? いや、それだけじゃない。死。死さえも、俺にはわかる。


 五秒後、必ず襲ってくる、逃げられない死。いや、生命あるもの全てそうだが、俺には、俺にはわかってしまうんだ!


 それから男は変わった。常に「五秒後」を意識して行動するようになった。それなりに好きだった酒も飲まない。感覚が鈍るのを恐れて。必然的に会社での付き合いも悪くなる。




 道端に転がるハトの死体。


 黒縁の『○○家』の看板。


 死の匂いを感じると脚が竦んだ。




 ――だが、その頃から男の予知能力は無くなっていった。確信から勘へ、それも外れることの方が多くなっていた。


 余りにも強い『死の予知』への恐怖心から、自分の能力がなくなったのかもしれない。男はそう考えた。




 それならそれでいい。元々、無いのが当たり前の能力だったのだ。


 男は極々まともに暮らし始めた。そりゃあ、雨が降るのを予知できないのは不便に感じたが、それも最初の内だけだった。




 そんな日々が何年か、何十年か続いた。男は家庭を持っていた。もう、予知能力のことなど忘れている。




 定年を迎えた日、男は妻に誘われて旅行に行くことになった。


 成田から飛行機で海外まで。




 シートに座って、隣に居る妻と話をしているとき、今はもう白髪混じりの男の頭に電流がごとく、何かが走った。




 何か? 何かじゃない。


 嗚呼、これは、予知、だ。




 五秒後に自分は死ぬ。




 男は慌てて立ち上がり叫んだ。




 5




「この飛行機を下ろせ!」




 4




「あなた、どうしたの!?」




 3




 周りの乗客が驚き、男の方を見る。




 2


 


 男は操縦席と思しきドアへ向かって走った。だが、老体の今、間に合うはずがない。何より信じて貰える筈がない。この飛行機が墜落するなんて。


 


 1




「早く! 早く何処かへ着陸し――」




 0




 飛行機がガクンと振動する。


 ああ、もう駄目だ――。


 男の脳と心臓は恐怖と絶望に揺れ、ふっと意識が途切れるのを感じた。




 






『――只今、乱気流が発生しましたが運行に問題はありません』


「あなた! あなた!」


「――お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか!?」




 確かに男は死んだ。


 飛行機の墜落死ではなく、自身の予知によるショックで。


 死因は心臓への重い負担だった。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カウントダウン 成瀬七瀬 @narusenanase

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る