天涯孤独の女子高生、飛び降りた屋上で魔法使いの保険屋(とエロ猫)に出会う。~実はわたし、最高位魔法使いの孫でした。遺産相続に巻き込まれて、親戚が殺しにやって来ます~
湊利記
第一章『相続人は死にたがり』
一、『相続人は死にたがり』その1
子供の頃の想い出は、
遠くではっきりと輝きを伴って見えているのに、近寄ると霧のように消えてしまう。
追っても追っても、決して辿り着く事のない陽炎。現実と夢が砕けた硝子片のように散らばって混ざり合い、それが一層わたしの想い出の水面を輝かせた。
これは夢。
深い睡りへ、堕ちる前の。
だから、こんなに美しく儚い。
「まるで――――子供の頃に見た、魔法のように・・・・・・」
呟く言葉が、
言葉一つ一つが、結んで弾けて消えていく。
幼き日、わたしは一人の魔法使いに出逢った。彼が杖を振るえば立ち所に光が満ちて花が咲き乱れた。煌めく周囲で愉しげに歌い踊る小さな妖精達。それは紛れもなく、魔法であった。
果たしてそれが夢であったか真であったか、今となっては分からない。全てぼやけて白んで、遠い過去。思い出そうとすると、魔法のような燦めきを伴って逃げてしまう。逃げ水。それは絶対に追い着けない、遠い日々の幻。
両親と過ごした、何気ない日々。
友人と遊んだ、ジャングルジムから見た夕陽。
どうして虚実入り交じる程曖昧なのに、過去の記憶たる水面はあんなに輝いているのだろう。硝子のように煌めく水面に、魔法使いから光の花を受け取るわたしが映る。無邪気な笑顔。今のわたしにはとても無理。その笑顔が眩しさを伴ってナイフのようにわたしの
誕生日ケーキの蠟燭を吹き消す瞬間。
初めて百点を取った日。
念願だった読書感想文の代表に選ばれた日。
その全てが、屈託のない笑顔の額縁で飾られている。
本当にやめて欲しい、そんな
思えば、
硝子のような夢の欠片。
鋭い破片で、
水面に混じる赤は、きっとわたしの
「・・・・・・どうせ走馬灯ならば、もう少し醜悪なモノを見せればいいのに」
わたしは悪態を吐きながら、煌めく水面を眺める。
痛いのも苦しいのも好きではないけれど、綺麗なモノを眺め続けるよりはずっとマシ。痛みは綺麗なモノと違って、自分がどんな人間か突き付けられる事はないから。
――けれどまあ、とわたしは嗤った。
罰なのだから、辛いのは当たり前か。
硝子の破片がそうであるように、夢の欠片も一度躯に這入り込めば猛毒。
血管を貫き、心臓を抉る。
己を生かす為の器官が己を殺すなんて、本当に滑稽。
数秒も経たず、きっとわたしは地獄へ堕ちる。これだけ高い所なのだから、きっとわたしの躯は今朝パンに塗ったジャムよりも気味が悪い様相となるに違いない。
やはりこれは、夢。
決して目覚めぬ、
だからこんなに、儚く脆い。
指先で触れただけで、簡単に壊れてしまうぐらいに。
風が冷たい。振り乱れた髪が冷えた肌を裂き、秋の風に乗って打ち上げ花火のようにわたしの涙が上がっていく。その涙は何が哀しくてわたしの眼から溢れたのか分からない。
ああ、と逆さに遠ざかっていく空に手を伸ばし、わたしは今更ながら気付いた。
想い出は、逃げ水なんかじゃあない。
逃げていたのは、私自身だったという至極簡単な事に。
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