獣学 生態と接し方②

 ──「教科書46ページを開いてください」


 周囲の子どもたちから、「こわっ」という声がちらほら聞こえてきた。


 ──リヨクも、恐る恐る46ページを開いた。


 そこに描かれていたのは、青い毛に覆われ、鹿のような緑色のツノが生えた大きなオオカミが、二足で立っている絵だった。


 {サーテム}と書かれたその絵は、非常にリアルに描かれており、その鋭い牙と睨みつける目に、リヨクも思わず「こわっ」と声をもらした。


 ──メヒワ先生は、黒板代わりの大きな葉っぱの葉脈を動かし、文字を浮かび上がらせると、話し出した。


「{サーテム}は、肉食と草食、両方の特性を持つ獣です。


 肉食の特性があらわれている状態では狼のように群れで行動し、素早く動き、優れた聴覚と嗅覚で獲物を追跡し、肉を食べます。


 草食の特性があらわれている状態では鹿のように穏やかで、草を食べ、そして、環境の変化に敏感に反応し、危険を素早く感じとることができます。


 {サーテム}の行動は、その時に肉食の特性が出ているか、草食の特性が出ているかによって変わり、どのような状態であるかを見極め、それに応じた行動を取ることが重要になります。


 森で{サーテム}に遭遇した際は、彼らの行動を注意深く観察し、適切に対応しなくてはいけません。


 万が一、{サーテム}に遭遇してしまった場合の対処法はまず、ゆっくりと距離を取ること。


 距離を取っても追いかけてくる場合は、肉食の特性があらわれている可能性が高いです。


 そんな時は、草食の特性を引き出し、落ち着かせる必要があります。


 {サーテム}は《ケオワ》というの匂いを嗅ぐと、に対する興味がなくなり、落ち着くことで知られています。──《リベク》」


 メヒワ先生は青い花を咲かせた。


「これが《ケオワ》と言う花です。


 青い花冠の下にマスカットのような実がひっ付いています。

 この実の皮を剥くと…このように水が出てきます」


 メヒワ先生が、マスカットのような実の皮を剥くと、前列にいる子たちが「うわっ!」、「くさっ!」と言い、一斉に鼻をつまんだ。


「別にくさくないでしょ」

「くさい!」


 ──時間差で、3列目にいるリヨクの元にまで臭いがやってきた。


 リヨクは、銀杏ときゅうりを足したような匂いだと思った。


 リヨクが鼻をつまみながら、隣にいるオウエンに、「くさいね」と言うと、オウエンは「校長みたいなニオイ」と言った。


「香水としても使われているのよ?」

「くさい!」

「そうですか」


 メヒワ先生は、臭いを吸い取る植物を成長させ、さっと臭いを消すと、《ケオワ》の説明を続けた。


「このように、くさいかどうかはともかく、この実に含まれる水は、かなり強い香りを放ちます。

 ですので、遠い距離からでもサーテムに匂いを嗅がせることができます。緊急の時は潰すと良いでしょう。


 この花ケオワは、サーテムの縄張りを囲うように、境界線に沿って生えています。

 そのため、森でこの花を見かけたら、迷った時のために《ケオワ》から匂いを放つ実を摘んでおき、それ以上先には足を踏み入れないようにしましょう。


 もしサーテムに襲われた時に、《ケオワ》の実を持っていない場合や、匂いの効き目がなかった場合は、武器となる植物で対処するしかありません。


 その植物術に関しては、今から移動していただくシミュレーションルームでお話しします」


 ──子供たちは、先生の後に続き教室を出ると、別の塔の中に足を踏み入れた。


 芝生以外何もない、曲面の壁が特徴的な空間だった。


「ここって、植物学フィトヒュスの授業で来たところ?」


「そうよ。用が終わったから逆生メヘムしたわ。

 あの植物たちは、あなたたちの適性を見るためだけに特別用意したものですから」


 リヨクは、適性を見ることはもうないと知り、ガクッと肩を落とした。


「ドンマイ」ユウマは、リヨクの肩に手を置いた。


 ──メヒワ先生は、手のひらを上に向け、前に出し「《リベク》、《キア》」と唱えた。


 すると、周囲に赤、青、黄色のアーモンド型の膜が付いたキノコのような植物がブワッと成長し、空中に浮いた。


 メヒワ先生は続けて、「《ユ・アノン》」と唱えた。


 すると、塔の上部にまで浮いたキノコのような植物が、光を放ち始め、リアルな森の映像が光により形成されていくと、何もなかった場所はたちまち壮大な森に囲まれた空間へと変貌した。


 ──「この映像は、実際の迷いの森ゲムレッチとほとんど同じです。


 獣学の実践ではたびたび、この投影植物ラメルリロを使いリアルな映像を通じて対処法を学んでいただきます。


 ──それでは、突植物ゼズの扱い方を説明します」


 メヒワ先生は、子どもたち全員に、タネを配り終えると、地面にタネを落とし、太い竹のような植物を成長させた。


「この植物は、《ゼズ》といい、槍のように扱う事ができます。皆さん笛は持っていますね? ──では、タネをおとし、吹いてみてください」


 子どもたちは先生の指示に従い、タネに向かって笛を吹いた。すると、ブワッ、ブワッ、ブワッと《ゼズ》が成長した。


 タネを覗きこみながら笛を吹くオウエン。


「あっ!」とリヨクが、止めようとした時、オウエンの笛から「ピー」と言う音が聞こえた。


 すると、《ゼズ》がブワッと成長し、オウエンの顔が太い竹になった。


「……」口をあけ、言葉を失うリヨク。


「あぶね〜」


 オウエンはギリギリ避けており、無事だった。


 ──「ハァ」


 リヨクは、深い安堵の息をついた。


 メヒワ先生は、「避けなくても《ゼズ》は、太陽エネルギープロンを与えてくれる者に傷をつけることはないわ」とオウエンを見て言うと、みんなに話し出した。


 {サーテム}に対して《ゼズ》を扱う場合、成長させるタイミングが重要になります。


 《ゼズ》の成長限界を良く見て、射程距離を把握しておいてください。


 {サーテム}が襲って来ても、射程距離に入るまで恐怖を抑えて笛を吹くのをじっと我慢し、射程距離に入ると、即座に笛を吹き、成長させましょう。


 それでは、あちらに《ケオワ》が咲いています。実をつみ、実践を始めていきましょう」

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