プラント・レコード

八百屋 他儚

月の空

 ──小学校の教室──


 トントン。


「ん?」


 ぼくは肩をかるく叩かれ、振り返った。

 ──雨蛙アマガエルが飛びついてきた。


「うわぁ!」


 反射的にボクはカエルをはたいた。


 ──ペチャッ!


 地面に叩きつけられたカエルは仰向けになり、内臓を少し出している。


「あーー!」

 ぼくの肩を叩いた少年『ケンジ』が、カエルを指差し、叫んだ。


 反響した音が全てぼくに刺さる。


「喰え」ケンジが言った。周りも言った。


 ──── パク。


 ぼくはを食べた。


 その日から〝いじめ〟は加速した──。




 ──キーンコーンカーンコーン。



 ぼく、上ノ園かみのそのりよく(小学三年生)は、夕暮れのオレンジ光を浴びながら下校している。


 突然のによりランドセルが開き、教科書が散らばる。


 ──「ワハハーー!」と笑う風に向かって「消えろ」と小さくつぶやいた。

 ──深呼吸をして拾い上げ、再び歩き始める。




 ──4ヶ月前──


 蝉が鳴き出してきた頃、〝いじめ〟は突然やってきた。


「おはよ! ケンジ! ……おはよ! タケル! ……おはよ! マサキ!」


 天真爛漫で、なにも考えずに生きていたバカなぼくは、無視されていると気づかなかった。


 ──靴箱に手を入れる。


「痛っ!」──「なにこれ」──パラパラパラ。

 上履きを逆さにすると、画鋲が数個出てきた。


 それでもぼくはまだ、いじめられている事に気づかない。


 教室に入り、いつものように元気よく挨拶する。


「おはよー! ……」


 クラスの子たちは全員、ぼくを見ている。

 なのに、誰からも返事がない。


 ぼくはやっと、違和感を感じ始める。


 助けを求めるように、友達の『テル』に声をかけた。


「おはよー、テル。……今日は宿題ちゃんとやってきたぁ? ……ねぇ……テル? ……おーい……」


 ──最初は無視から始まった。


 家に帰ってから、無視されている理由を考えたが全く思い当たらない。


 ──1ヶ月が過ぎ、一人ぼっちの学校生活に慣れてきた頃、第2の矢が放たれた。


 ケンジとタケルが、ぼくに暴力を振い始めたのだ。


 それも姑息な手段を使い、ぼくを悪者に仕立て上げ、あたかも自分達が正義のヒーローで、制裁として暴力を振るってくる。


 悪者が殴られるのは正しい。とクラスの誰も助けてくれない。

 わざとじゃないと何度言っても、信じるものはいない。


 唾や血や汗や土でドロドロになった服を、下校途中にある公園のトイレで洗う。


「あんた、またドロドロになって」

 と母に言われるが、「水遊びをしてた!」と明るい声で言い、急いで風呂に入る。

 ──そんな日々が2か月ぐらい続いた。


 ぼくは殴られても、泣かないようになっていた。

 痛いのは変わりなかったが。


 ケンジとタケルは、そんなぼくに手ごたえを感じなくなったのか、第3の矢を放ってきた。

 ぼくが苦手なを見せ、嫌がる姿をみて彼らは笑う。

 いつも真顔で感情を表に出さないボクの驚く姿が、よっぽど面白かったのだろう。

 それは、1ヶ月続いた。


 急に至近距離でカエルを見せられ、驚いたリヨクは、そのカエルを地面に叩きつけ、殺してしまう。

 するといじめっ子の彼らは、命を粗末にしてはいけないと言い、ぼくにそのカエルを食べさせた。

 ──罪悪感からぼくは、食べた。


 その噂は、学校中に広がり、カエルを食べるのが好きな奴という風になった。

 先生から、カエルは食べてはいけないと、真剣に注意されるほどだった。


「はい、取ってきてやったぞ」「あははは」

「ありがとう」……パク。

「早く噛めよ」

 ガジッ!

 リヨクは、カエルを噛んだ……フリをした。

 噛むとすぐに口を抑えてトイレに逃げる。

 口の中を見られずに済むからだ。

「ベー」と、カエルを手に吐き出し、イートン服のポケットに入れ、帰り道、誰もいない時に逃がすのだった。


 雨の日はだいたいそんな流れだった。


 みんなは30匹ぐらい食べてると思っているが、カエルを食べたのは、ぼくが叩き殺した1匹だけ。

 カエルを口にふくみ「噛め」と言われた後、口の中を見せろと言われた日が合ったが、それも用意していた絵の具の赤を、口を抑えている手から垂らすと、しつこく言われることなく、「うわぁ……」と眉間にシワを寄せながら、奴らは信じた。


 今日は曇り。イートン服の両ポケットに今、2匹のカエルが入っている──。


「じゃ、あした!」「うん、またね!」と遊び終わった子供たちの声が、公園から聞こえてくると、ぼくは急いで意識を別に移した。

 ──あ、くつが転がってる。裸足で帰ったのかな。


 ──「ブーン」

 車道に死んだ鳥。車にひかれたんだろうな。


 ──ポツポツ。

 アスファルトに光る模様ができていく。

 やがてその輝きは繋がると、雲まみれの空をきれいに映した。




 リーン、リーン、ピッピッピッ。




 田んぼ道に足を踏み入れると、田舎から、になり、虫たちの声が聞こえてくる。


ピッピッピッピッピッピッピッピッピッ」、「いえゲコまでゲコゲコゲコゲコゲコ」、「もーすぐリーンもーすぐリーン


リヨクは、両ポケットからカエルを取り出し、田んぼに逃した。

──「バイバイ……」と小さくつぶやき、前を向いて自宅を目指す。


 ──夕方のチャイムが鳴る。


 壊れかけており、割れた音が耳に刺さっていく。


 足を早めて家に向かう。──「パンッ!!」

 破裂音とともに、チャイムが途中で止まった。


「うわ!」と叫び、思わず立ち止まる。


 虫たちの鳴き声も止まり、田んぼ道はしばらく静寂に包まれた……。


 耳が聞こえなくなったのかと思った、その時。


 空から「ブォーーーン」とコントラバスのような深いうなりが響き渡った。


 その後を追いかけるように「ファーーー」というクリアな高音が空中で交差した。


 何ごとかと、周囲を見まわす。


 ──目の前の小さな神社……誰もいない。


 響き渡る音に集中していると、奇妙な感覚に取り囲まれていく──。


 ──輝きが増した夕日に目が移る。


 綺麗……と思ったのも束の間、


 驚異的な速さで沈んでいく太陽。──早送りされたように現れた月は、空を覆った。


 。空全体が黄色い光で満たされた。


 月の空の中心に、ぼんやりと人影が浮かび上がってきた──。


 翼があり、見えない椅子に座っている。

 はるか遠くにいるはずが、虫めがねで拡大したかのように、脳内に鮮明に投影される。

 目は閉じており、口と耳がない。

 しかし、どの人間よりも美しく、使だと確信した。


 天使に吸い寄せられていく──ぼくは、ゆっくりと地上から離れ、町や森、川が小さくなっていく──。


 やがて、周囲は黄色い光で満たされ、天使の目の前までやってきた。


「……」


 天使の中を通過していく──するとポツポツ、言葉が脳内に咲く『これで“最後”……強くなれ……』──ぼくを引っぱる力はますます強く、そして速くなり、とうとう“月の中”へ入っていった。


 視界は黄色から緑へ変わり、その深まる緑の中から、鮮やかな花畑が姿を現した。

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