子供達と神々の神楽 ～月の章～

夢の答えは？

　一（いち）、二（に）年（ねん）生（せい）ぐらいの身（しん）長（ちょう）の男（おとこ）の子（こ）――天（あま）池（いけ） 澪（みお）と、身（しん）長（ちょう）の高（たか）いお下（さ）げ髪（かみ）の女（おんな）の子（こ）――春日（かすが） 恵（めぐみ）は不（ふ）思（し）議（ぎ）な空（くう）間（かん）に居（い）た。

　二（ふ）人（たり）は互（たが）いに自（じ）分（ぶん）の家（いえ）で寝（ね）ているはずだったが、二（ふ）人（たり）が今（いま）居（い）るのは、通（かよ）っている玄（しず）見（み）小（しょう）学（がっ）校（こう）五（ご）年（ねん）二（に）組（くみ）の教（きょう）室（しつ）。

　いや正（せい）確（かく）には五（ご）年（ねん）二（に）組（くみ）の教（きょう）室（しつ）でも無（な）い。

　何（な）故（ぜ）なら二（ふ）人（たり）は、今（いま）自（じ）分（ぶん）の部（へ）屋（や）で眠（ねむ）っている筈（はず）なのだから。

「呼（よ）び出（だ）してごめんなさい、二（ふ）人（たり）共（とも）」

　教（きょう）室（しつ）に赤（あか）髪（かみ）の美（び）少（しょう）女（じょ）――伏（ふし）見（み） 刻（とき）代（よ）の声（こえ）がしたと思（おも）ったら、教（きょう）壇（だん）の上（うえ）に刻（とき）代（よ）が足（あし）を組（く）んで座（すわ）って居（い）た。

「ねぇ、私（わたし）はだぁぁぁぁれだ！」

　からかう様（よう）に刻（とき）代（よ）がそう言（い）うと、刻（とき）代（よ）の姿（すがた）は変（か）わって行（い）く……

　その姿（すがた）は澪（みお）には人（にん）気（き）者（もの）の太（たい）耀（よう）に、恵（めぐみ）には自（じ）信（しん）に満（み）ちた自（じ）分（ぶん）自（じ）身（しん）に見（み）えた。

　刻（とき）代（よ）は言（い）う。

「私（わたし）は貴方（あなた）達（たち）のなってみたい自（じ）分（ぶん）、そして絶（ぜっ）対（たい）無（む）理（り）だと思（おも）ってる自（じ）分（ぶん）の姿（すがた）」

　姿（すがた）の変（か）わった刻（とき）代（よ）を見（み）て澪（みお）と恵（めぐみ）は一（いっ）歩（ぽ）退（ひ）くが、刻（とき）代（よ）は教（きょう）壇（だん）から取（と）び降（お）り二（ふた）人（り）に一（いっ）歩（ぽ）近（ちか）付（づ）き、話（はな）しを続（つづ）ける。

「怖（こわ）がらないで、私（わたし）は貴方（あなた）達（たち）の味（み）方（かた）よ……と言（い）っても無（む）駄（だ）でしょうね」

　そう言（い）い終（お）わって、刻（とき）代（よ）は指（ゆび）を鳴（な）らす。

　　パッチン

　すると澪（みお）と恵（めぐみ）の目（め）の前（まえ）にそれぞれ、白（はく）銅（どう）鏡（きょう）のキーホルダーが現（あら）われた。

「そのキーホルダーは胡（こ）蝶（ちょう）の夢（ゆめ）そのもの、私（わたし）に協（きょう）力（りょく）してくれるなら夢（ゆめ）を現（げん）実（じつ）にしてあげる。もし怖（こわ）いのなら、キーホルダーを取（と）らずに教（きょう）室（しつ）から出（で）て行（い）けば良（い）い」

　刻（とき）代（よ）のその言（こと）葉（ば）に暫（しばら）く沈（ちん）黙（もく）し、考（かんが）えた澪（みお）と恵（めぐみ）はキーホルダーを手（て）に取（と）り夢（ゆめ）から目（め）覚（ざ）めた。

　二（ふ）人（たり）は、自（じ）分（ぶん）の部（へ）屋（や）で目（め）を覚（さ）まし、不（ふ）思（し）議（ぎ）な夢（ゆめ）は終（お）わったものだと思（おも）った……

　しかし手（て）にした白（はく）銅（どう）鏡（きょう）のキーホルダーに気（き）付（づ）くと、二（ふ）人（たり）はあの夢（ゆめ）は終（お）わっていないと理（り）解（かい）する。

　★★★★

【月（げつ）曜（よう）　玄（しず）見（み）小（しょう）学（がっ）校（こう） 三（さん）年（ねん）一（いち）組（くみ）　昼（ひる）休（やす）み】

「やいババア、悔（く）やしかったら何（なに）か言（い）って見（み）ろよ！」

　小（こ）太（た）郎（ろう）は同（おな）じ組（クラス）の男（おとこ）の子（こ）が、同（おな）じ組（クラス）の女（おんな）の子（こ）を煽（あお）っている場（ば）面（めん）に遭（そう）遇（ぐう）する。

　女（おんな）の子（こ）の方（ほう）は泣（な）きそうだ。

　　ごつん

　物（もの）凄（すご）く加（か）減（げん）をし、煽（あお）っている男（おとこ）の子（こ）の頭（あたま）をゲンコツで小（こ）突（づ）いた小（こ）太（た）郎（ろう）は、その男（おとこ）の子（こ）に言（い）う。

「女（おんな）の子（こ）泣（な）かしてんじゃねぇよ、バカ」

「いってぇな、何（なに）するんだよ！」

　そう言（い）い返（かえ）す男（おとこ）の子（こ）を無（む）視（し）して、小（こ）太（た）郎（ろう）は泣（な）きそうな女（おんな）の子（こ）に近（ちか）付（づ）くと話（はな）し掛（か）ける。

「お前（まえ）も、反（はん）論（ろん）ぐらいしろよ」

　しかし反（はん）論（ろん）して来（き）たのは、無（む）視（し）された男（おとこ）の子（こ）の方（ほう）。

「何（なん）だよ、名（な）前（まえ）が年（とし）寄（よ）りくさいって言（い）っただけだろう。格（かっ）好（こう）付（つ）けんなよ！」

　すると小（こ）太（た）郎（ろう）は男（おとこ）の子（こ）の方（ほう）を向（む）き、やれやれのポーズを取（と）りながら言（い）う。

「気（き）になるんなら、他（た）の言（い）い方（かた）が有（あ）るだろう？」

　そう言（い）われ男（おとこ）の子（こ）は、顔（かお）を赤（あか）くしながら捨（す）て台詞（ぜりふ）を吐（は）いて逃（に）げて行（い）く。

「違（ちが）ぁう！」

「……ありがとう小（こ）太（た）郎（ろう）君（くん）」

　女（おんな）の子（こ）がそう言（い）って来（き）たので、小（こ）太（た）郎（ろう）は女（おんな）の子（こ）の名（な）札（ふだ）を確（かく）認（にん）する。

（森（もり）野（や） 富女（とめ）か……）

「富女（とめ）ちゃん。そう思（おも）うんなら自（じ）分（ぶん）でどうにかしないとダメだろ」

　そう言（い）った小（こ）太（た）郎（ろう）に、富女（とめ）は俯（うつむ）きながら言（い）う。

「ごめんなさい……」

「……ほら、向（む）こうで皆（みんな）と話（はな）そう」

　小（こ）太（た）郎（ろう）はそう言（い）いながら、富女（とめ）に片（かた）手（て）を差（さ）し出（だ）した。

　富女（とめ）はその手（て）を取（と）り、歩（ある）き出（だ）す。

　会（かい）話（わ）をしている女（おんな）の子（こ）のグループに向（む）かいながら、小小（こ）太（た）郎（ろう）は考（かんが）える。

（……ついでに、情（じょう）報（ほう）収（しゅう）集（しゅう）でもしてみるか）

　★★★★

【同（どう）時（じ）刻（こく）　五（ご）、六（ろく）年（ねん）生（せい）の配（はい）膳（ぜん）室（しつ）】

「さて、君（きみ）達（たち）は何（なに）をやっているのか説（せつ）明（めい）してもらえるかな？」

　葉（よう）司（じ）と太（たい）耀（よう）は、龍（リュウ）蛇（ジャ）丸（マル）の昼（ちゅう）食（しょく）を用（よう）意（い）している場（ば）面（めん）を、校（こう）長（ちょう）の嗣（つぐ）次（じ）に見（み）付（つ）かってしまい、どうやってこの場（ば）を誤（ご）魔（ま）化（か）すか悩（なや）んで居（い）た。

　しかしそんな考（かんが）えが思（おも）い付（つ）く筈（はず）もなく、１分（ぷん）、２分（ふん）……そして５分（ふん）程（ほど）経（た）った頃（ころ）、嗣（つぐ）次（じ）はスセリに念（ねん）話（わ）を送（おく）る。

（「スセリ様（さま）、そろそろ……」）

　そう念（ねん）話（わ）を送（おく）った嗣（つぐ）次（じ）は、葉（よう）司（じ）と太（たい）耀（よう）に言（い）う。

「騙（だま）っていても分（わ）からん。いくら紫（し）織（おり）さんや小（こ）太（た）郎（ろう）の友（とも）達（だち）と言（い）っても、理（り）由（ゆう）を言（い）わなければ御（ご）両（りょう）親（しん）に連（れん）絡（らく）しなければいけない」

　それを聞（き）いた太（たい）耀（よう）は物（もの）凄（すご）く焦（あせ）るが、良（い）い言（こと）葉（ば）が浮（う）かんで来（こ）ない。

　すると配（はい）膳（ぜん）室（しつ）の外（そと）の方（ほう）から、子（こ）供（ども）達（たち）の声（こえ）が聞（き）こえて来（く）る。

「何（なん）だ何（なん）だ！」

「うわっ、白（しろ）い龍（りゅう）だ！」

「コイツ、この前（まえ）蛇（へび）と戦（たたか）った奴（やつ）じゃ！」

　そして暫（しばら）くすると、配（はい）膳（ぜん）室（しつ）に龍（リュウ）蛇（ジャ）丸（マル）が入（はい）って来（き）た。

　驚（おどろ）く葉（よう）司（じ）と太（たい）耀（よう）の頭（あたま）に、スセリからの念（ねん）話（わ）が聞（き）こえる。

（「二（ふた）人（り）共（とも）落（お）ち着（つ）いて、私（わたし）に良（い）い考（かんが）えが有（あ）るの」）

　念（ねん）話（わ）でスセリが葉（よう）司（じ）、太（たい）耀（よう）、そして嗣（つぐ）次（じ）にそう言（い）うと、驚（おどろ）いた振（ふ）りをしている嗣（つぐ）次（じ）の前（まえ）に姿（すがた）を現（あら）わして言（い）う。

「私（わたし）の名（な）前（まえ）はスセリ。常（とこ）世（よ）の主（あるじ）、オオクニヌシの本（ほん）妻（さい）です」

　すると嗣（つぐ）次（じ）は、驚（おどろ）いた振（ふ）りを続（つづ）けながら言（い）い返（かえ）す。

「オオクニヌシと言（い）えば確（たし）か、本因（いな）幡（ば）の兎（うさぎ）で有（ゆう）名（めい）な昔（むかし）の神（かみ）。その様（よう）な神（かみ）様（さま）の奥（おく）方（がた）が、何（な）故（ぜ）うちの学（がっ）校（こう）に？」

「私（わたし）だけではありません……」

　そう言（い）ったスセリは、オモイカネに念（ねん）話（わ）を送（おく）る。

（「聞（き）いてオモイカネ。良（よ）い考（かんが）えが有（あ）るの、此方（こちら）に出（で）て来（き）てくれない？」）

（「如何（どう）言（い）う状（じょう）態（たい）だ？」）

　不（ふ）思（し）議（ぎ）に思（おも）い、オモイカネは念（ねん）話（わ）でそう聞（き）き返（かえ）し、スセリは念（ねん）話（わ）で今（いま）居（い）る場（ば）所（しょ）を言（い）う。

（「五（ご）、六（ろく）年（ねん）生（せい）の配（はい）膳（ぜん）室（しつ）よ」）

（「と言（い）う事（こと）はこの騒（さわ）ぎ、よもや貴女（あなた）の仕（し）業（わざ）か？」）

（「緊（きん）急（きゅう）自（じ）体（たい）なの、早（はや）く！」）

　念（ねん）話（わ）で強（つよ）くそう言（い）ったスセリの迫（はく）力（りょく）に押（お）され、薫（かおる）と共（とも）に高（こう）学（がく）年（ねん）様（よう）の図（と）書（しょ）室（しつ）に居（い）たオモイカネが嗣（つぐ）次（じ）の前（まえ）に現（あら）われる。

　嗣（つぐ）次（じ）はオモイカネを見（み）て、再（さい）度（ど）驚（おどろ）いた振（ふ）りをした。

　騒（さわ）ぎを聞（き）いて五（ご）、六（ろく）年（ねん）生（せい）の子（こ）供（ども）達（たち）が配（はい）膳（ぜん）室（しつ）の周（まわ）りに、次（し）第（だい）に集（あつ）まって来（き）ている事（こと）を確（かく）認（にん）したスセリは、葉（よう）司（じ）、太（たい）耀（よう）、オモイカネに念（ねん）話（わ）で言（い）う。

（「お願（ねが）い。オモイカネも葉（よう）司（じ）も太（たい）耀（よう）も、私（わたし）に話（はな）しを合（あ）わせて」）

　そう三（さん）名（めい）に念（ねん）話（わ）で頼（たの）んだ後（あと）、スセリは嗣（つぐ）次（じ）にオモイカネと龍（リュウ）蛇（ジャ）丸（マル）の紹（しょう）介（かい）をする振（ふ）りを始（はじ）める。

「此方（こちら）は天（てん）津（つ）神（しん）のオモイカネ様（さま）。太（たい）陽（よう）神（しん）アマテラス様（さま）の補（ほ）佐（さ）たる神（かみ）様（さま）です。子（こ）供（ども）達（たち）は前（まえ）に見（み）た事（こと）がある子（こ）がいると思（おも）うけど……　この龍（りゅう）蛇（じゃ）を模（も）した子（こ）は姿（すがた）の通（とお）り龍（リュウ）蛇（ジャ）丸（マル）と言（い）います。この子（こ）は定（てい）期（き）的（てき）に外（そと）から食（た）べ物（もの）を摂（せっ）取（しゅ）しないと力（ちから）が出（だ）せない為（ため）、私（わたし）がこの子（こ）供（ども）達（たち）にこっそり頼（たの）んだのです。この子（こ）達（たち）を怒（おこ）らないで上（あ）げて下（くだ）さい」

　スセリの話（はな）しが終（お）わると、嗣（つぐ）次（じ）は少（すこ）し困（こま）った振（ふ）りをしてスセリに言（い）い返（かえ）す。

「……話（はな）しは分（わ）かりましたが、一（いっ）体（たい）如何（どう）なっているのです。神（しん）話（わ）に名（な）の出（で）る御（ご）高（こう）名（めい）な御（お）二（ふた）方（かた）が何（な）故（ぜ）？」

「小（しょう）学（がっ）校（こう）に居（い）るのは龍（リュウ）蛇（ジャ）丸（マル）の件（けん）で偶（ぐう）然（ぜん）ですが、最（さい）近（きん）騒（さわ）ぎを起（お）こしている族（やから）の所為（せい）で、此方（こちら）の方（ほう）も少（すこ）し大（たい）変（へん）な事（こと）に成（な）っているのです。そこで相（そう）談（だん）なのですが、皆（みな）さんに私（わたし）達（たち）の協（きょう）力（りょく）を御（お）願（ねが）い出（で）来（き）ませんか？」

　その言（こと）葉（ば）を聞（き）いたオモイカネは、驚（おどろ）いてスセリに念（ねん）話（わ）で尋（たず）ねる。

（「何（なに）を考（かんが）えているスセリ？」）

（「考（かんが）えが変（か）わったの、それにこのままじゃ子（こ）供（ども）達（たち）の身（み）動（うご）きが取（と）れなくなる可（か）能（のう）性（せい）も有（あ）る。大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）よ、私（わたし）に任（まか）せて頂（ちょう）戴（だい）」）

　スセリはそうオモイカネに念（ねん）話（わ）を返（かえ）した後（あと）、嗣（つぐ）次（じ）に言（い）う。

「無（む）理（り）は十（じゅう）分（ぶん）承（しょう）知（ち）しています。ですが龍（リュウ）蛇（ジャ）丸（マル）が一（いち）時（じ）的（てき）とは言（い）え此処（ここ）に居（い）れば、その分（ぶん）子（こ）供（ども）達（たち）は安（あん）心（しん）出（で）来（き）るかも知（し）れませんよ」

　そう言（い）われた嗣（つぐ）次（じ）は、少（すこ）し考（かんが）えた振（ふ）りをしスセリの言（こと）葉（ば）に難（なん）色（しょく）を示（しめ）す振（ふ）りをする。

「すみませんが、流石（さすが）に私（わたし）の一（いち）存（ぞん）では。内（ない）容（よう）も内（ない）容（よう）です、少（すこ）し校（こう）長（ちょう）室（しつ）で私（わたし）と御（お）話（はな）しを……」

「分（わ）かりました。オモイカネ様（さま）は念（ねん）の為（ため）、龍（リュウ）蛇（ジャ）丸（マル）と共（とも）に少（すこ）し此処（ここ）に居（い）て下（くだ）さい。それとこの……確（たし）か給（きゅう）食（しょく）とか言（い）う物（もの）の余（あま）り、龍（リュウ）蛇（ジャ）丸（マル）に貰（もら）って良（い）いかしら？」

　スセリ達（たち）がそんな話（はな）しをして居（い）る、配（はい）膳（ぜん）室（しつ）の目（め）の前（まえ）の部（へ）屋（や）。

　五（ご）年（ねん）一（いち）組（くみ）の教（きょう）室（しつ）では、騒（さわ）ぎを聞（き）いて澪（みお）が刻（とき）代（よ）の元（もと）を訪（たず）ねていた。

「……ねぇ、何（なに）か知（し）ってる？」

　刻（とき）代（よ）の袖（そで）を引（ひ）っ張（ぱ）ってそう聞（き）いた澪（みお）に、刻（とき）代（よ）は少（すこ）し怒（おこ）った様（よう）に言（い）う。

「服（ふく）引（ひ）っ張（ぱ）んないで、名（な）前（まえ）で呼（よ）びなさいよ！」

「……自（じ）分（ぶん）より大（おお）きい子（こ）に、そう言（い）うの苦（にが）手（て）」

　俯（うつむ）いて小（こ）声（ごえ）でそう言（い）い返（かえ）った澪（みお）に、刻（とき）代（よ）はまた少（すこ）し怒（おこ）る。

「もっとハッキリしゃべれないの？」

　すると澪（みお）は少（すこ）し間（ま）を置（お）いて話（はな）し出（だ）す。

「ごめん、しゃべるの苦（にが）手（て）で……　それに何（なん）て呼（よ）んで良（い）いのか分（わ）かんない。呼（よ）び捨（す）てる自（じ）信（しん）は無（な）いし、自（じ）分（ぶん）より大（おお）きい子（こ）にちゃん付（つ）けで呼（よ）んでいい気（き）もしないし……」

　聞（き）き易（やす）いとは言（い）えない声（こえ）だが、 澪（みお）がそう言（い）ったので刻（とき）代（よ）は呆（あき）れた顔（かお）をして澪（みお）に言（い）う。

「それじゃ名（な）前（まえ）で呼（よ）びなさい。良（い）いわね、良（よ）ばないと怒（おこ）るわよ！」

「からかってないよね？」

　澪（みお）が不（ふ）安（あん）そうにそう返（かえ）したので、刻（とき）代（よ）は聞（き）き返（かえ）す。

「何（なん）でそんな事（こと）しなきゃいけないのよ」

「ごめん。……刻（とき）代（よ）……ちゃん」

　そう言（い）った澪（みお）を見（み）ながら、刻（とき）代（よ）は考（かんが）える。

（この子（こ）は自（じ）信（しん）が有（あ）るのか無（な）いのか分（わ）からん……いや、自（じ）分（ぶん）が普（ふ）通（つう）と違（ちが）うと理（り）解（かい）していて、普（ふ）通（つう）の男（おとこ）の子（こ）としての自（じ）信（しん）が無（な）いのか？　本（ほん）当（とう）に自（じ）信（しん）が無（な）かったら、あんな夢（ゆめ）を見（み）た後（あと）で私（わたし）を訪（たず）ねて来（き）たり、金（きん）曜（よう）みたいな口（くち）ゲンカを太（たい）耀（よう）とする筈（はず）が無（な）い。恵（めぐみ）の方（ほう）は訪（たず）ねて来（こ）ない所（ところ）を見（み）ると、勇（ゆう）気（き）が無（な）いのか私（わたし）を怖（こわ）がって……と、それも無（な）いな。あのキーホルダーを自（じ）分（ぶん）の意（い）思（し）で手（て）にしたのだから。まぁ２、３日（にち）様（よう）子（す）を見（み）てみるか）

　★★★★

【木（もく）曜（よう）　玄（しず）見（み）小（しょう）学（がっ）校（こう） 昼（ひる）休（やす）み】

　澪（みお）と恵（めぐみ）は、誰（だれ）も言（い）ない図（ず）工（こう）室（しつ）で話（はな）しをしていた……

　いや正（せい）確（かく）には、澪（みお）が一（いっ）方（ぽう）的（てき）に話（はな）しを聞（き）いている。

　理（り）由（ゆう）は水（すい）曜（よう）日（び）に決（き）まった、新（しん）入（にゅう）生（せい）歓（かん）迎（げい）会（かい）で葉（よう）司（じ）達（たち）でやる事（こと）になった劇（げき）。

　元（もと）々（もと）金（きん）曜（よう）日（び）に新（しん）入（にゅう）生（せい）歓（かん）迎（げい）会（かい）をやる予（よ）定（てい）では有（あ）った。

　しかし月（げつ）曜（よう）の龍（リュウ）蛇（ジャ）丸（マル）の件（けん）や、玄（しず）見（み）小（しょう）学（がっ）校（こう）で龍（リュウ）蛇（ジャ）丸（マル）のご飯（はん）を用（よう）意（い）する事（こと）が来（き）まると、昼（ひる）休（やす）みに子（こ）供（ども）達（たち）が龍（リュウ）蛇（ジャ）丸（マル）を見（み）に集（あつ）まる言（こと）と成（な）り、それを見（み）た嗣（つぐ）次（じ）が龍（リュウ）蛇（ジャ）丸（マル）達（たち）の事（こと）を劇（げき）にして、子（こ）供（ども）達（たち）にもっと知（し）ってもらおうと葉（よう）司（じ）達（たち）に頼（たの）んだのだ。

　葉（よう）司（じ）達（たち）が選（えら）ばれたのは、その場（ば）に居（い）た小（こ）太（た）郎（ろう）も頼（たの）んだから。

　更（さら）に後（あと）から刻（とき）代（よ）も仲（なか）間（ま）に入（い）れて欲（ほ）しいと言（い）う事（こと）に成（な）り、水（すい）曜（よう）の放（ほう）課（か）後（ご）の時（じ）点（てん）では、澪（みお）も恵（めぐみ）も関（かん）係（けい）無（な）い事（こと）のはずだった……

　……のだが、ここで問（もん）題（だい）が起（お）きる。

　恵（めぐみ）は澪（みお）とは違（ちが）い、あの夢（ゆめ）の後（あと）一（いち）度（ど）も刻（とき）代（よ）に自（みずか）ら接（せっ）触（しょく）を図（はか）る様（よう）子（す）が無（な）く、刻（とき）代（よ）自（じ）信（しん）も用（よう）事（じ）で劇（げき）を自（じ）分（ぶん）でやる事（こと）が出（で）来（き）なくなったので、様（よう）子（す）を窺（うかが）う事（こと）も含（ふく）め、刻（とき）代（よ）は強（ごう）引（いん）に自（じ）分（ぶん）から恵（めぐみ）に劇（げき）の代（だい）役（やく）を頼（たの）みに言（い）った。

　そして恵（めぐみ）は、自（じ）分（ぶん）の意（い）思（し）で代（だい）役（やく）を受（う）けた。

　そう……自（じ）分（ぶん）の意（い）思（し）で受（う）けたのだ。

　恵（めぐみ）は理（り）由（ゆう）として、夢（ゆめ）の件（けん）が有（あ）っても刻（とき）代（よ）自（じ）信（しん）に恐（きょう）怖（ふ）を抱（だ）く事（こと）は無（な）く、憧（あこが）れの思（おも）いが強（つよ）い事（こと）。

　そして澪（みお）が火（か）曜（よう）日（び）に刻（とき）代（よ）と話（はな）しているのを見（み）た事（こと）を理（り）由（ゆう）に挙（あ）げた。

　 因（ちな）みに刻（とき）代（よ）を避（さ）けていた理（り）由（ゆう）は、自（じ）分（ぶん）を変（か）えられる自（じ）信（しん）を持（も）てなかった事（こと）が理（り）由（ゆう）。

　しかし自（じ）分（ぶん）より内（うち）気（き）な澪（みお）でも行（こう）動（どう）を起（お）こせたのだからと、恵（めぐみ）も行（こう）動（どう）を起（お）こす事（こと）を決（き）めた……

　しかし一（いち）日（にち）経（た）つと勇（ゆう）気（き）より不（ふ）安（あん）が増（ま）し、自（じ）信（しん）の無（な）い恵（めぐみ）は不（ふ）安（あん）で如何（どう）しようも無（な）くなっていた。

　どんなに頑（がん）張（ば）ろうと思（おも）っても、対（たい）峙（じ）する恐（きょう）怖（ふ）の怖（こわ）さは変（か）わらない。

　劇（げき）自（じ）体（たい）は、天（てん）狗（ぐ）丸（まる）に扮（ふん）して天（てん）狗（ぐ）丸（まる）の名（な）前（まえ）を名（な）乗（の）り、鳳（ホウ）皇（オウ）丸（マル）に扮（ふん）した太（たい）耀（よう）に退（たい）治（じ）される振（ふ）りをすれば良（い）いだけであるが、新（しん）入（にゅう）生（せい）歓（かん）迎（げい）会（かい）は生（せい）徒（と）と先（せん）生（せい）が全（ぜん）員（いん）参（さん）加（か）。

　つまり玄（しず）見（み）小（しょう）学（がっ）校（こう）の場（ば）合（あい）、子（こ）供（ども）だけで役（やく）35人（にん）の二（ふた）組（クラス）×６で役（やく）420人（にん）。

　その生（せい）徒（と）数（すう）の前（まえ）で劇（げき）をすると言（い）う事（こと）に後（あと）で気（き）が付（つ）き、恵（めぐみ）は自（じ）分（ぶん）で頑（がん）張（ば）ろうと決（き）めた手（て）前（まえ）刻（とき）代（よ）に代（だい）役（やく）の返（へん）上（じょう）を言（い）えず、他（た）の子（こ）供（ども）に押（お）し付（つ）ける事（こと）も出（で）来（き）ない。

　澪（みお）が刻（とき）代（よ）から劇（げき）の代（だい）役（やく）の話（はな）しを聞（き）き、心（しん）配（ぱい）に成（な）って勇（ゆう）気（き）を持（も）って恵（めぐみ）に話（はな）しかけ、今（いま）の現（げん）状（じょう）に成（な）っていた。

　不（ふ）安（あん）な気（き）持（も）ちを澪（みお）に話（はな）している恵（めぐみ）は、澪（みお）が助（たす）けてくれるとは思（おも）ってはいない。

　元（もと）々（もと）澪（みお）が自（じ）分（ぶん）よりそう言（い）う事（こと）が苦（にが）手（て）なのは理（り）解（かい）しているし、これは自（じ）分（ぶん）でどうにかしないといけないとも思（おも）っている。

　ただ、同（おな）じ秘（ひ）密（みつ）を共（きょう）有（ゆう）している澪（みお）が話（はな）し掛（か）けてくれた事（こと）、そして話（はな）しを聞（き）いてくれる事（こと）は少（すこ）しでは有（あ）るが嬉（うれ）しく、不（ふ）安（あん）も少（すこ）しは和（やわ）らいでいた。

　一（いっ）方（ぽう）の澪（みお）は『それなら僕（ぼく）が代（か）わってあげる』と言（い）えない自（じ）分（ぶん）を情（なさ）けなく思（おも）い、悩（なや）んでいる。

　自（じ）分（ぶん）が人（ひと）一（いち）倍（ばい）、そう言（い）う事（こと）が苦（にが）手（て）だと理（り）解（かい）しているから尚（なお）更（さら）。

　そして澪（みお）は有（あ）る事（こと）を思（おも）い付（つ）く。

　話（はな）しは変（か）わり……

　では、この事（こと）の起（お）こりである劇（げき）の代（だい）役（やく）を何（な）故（ぜ）、刻（とき）代（よ）が恵（めぐみ）に頼（たの）んだかと言（い）うと……