年の瀬、朝陽は眩しくて。

維櫻京奈

きみとまた会えるのを楽しみにしている。

 今年も一年が終わる。師匠も走ると書いて師走とは昔の人はよく考えたものだと感心する。

 事実、いつも余裕綽綽の師匠が私の相手もロクにしてくれず、ここ二週間ほどはあっちへこっちへ走り回っていた。なんとかして仕事は終えたようだ。私へ何を言う間もなく、師匠は実家に帰省すると言って、これまた早足で去っていった。

 私も仕事納めをして、生まれ故郷である更敷町へと帰郷した。

 無人駅で降りる。雪が足元にすでにうっすらと積もっていた。

 小さな町で顔なじみも多い。同級生のおじさんやおばさんには何度か出先でばったり会ってしまい、声をかけられた。適当に繕うのに苦労した。ただ、同級生そのものとはまだ誰とも会っていないのはありがたい。

 私は人づきあいが苦手なのだ。何を話していいのかわからなくなるから。一人を覗いて。

 私が帰郷した理由は、その一人と会うことが目的だった。

 彼女も帰ってこれそうだと言う。

 昼間は見ても何もおもしろくないテレビを適当に見て過ごした。何せ実家にはネット回線がないから。現代人には『苦行』以外の何物でもない。両親共に機械には疎く、どちらも携帯電話の操作も覚束ないものだからネット回線も不要なのだ。

 おやつはこたつの上に乗っていた栗饅頭とともに、すっかり冷めた煎茶を啜った。父が淹れたな。茶葉の入れすぎで水色が濁っていた。

 夕飯は母の薄味の煮物と蕎麦を啜った。大晦日はまだ二日後だと文句を垂れたくなるが、「あんた、蕎麦好きでしょ?」なんて言われると言い返せない。黙って食べた。

 夜。お風呂にも入って、寝る支度も終わった。彼女が戻るのは明日の早朝のようだ。布団に潜って早々に眠ろうと思う。明日が楽しみだ。


 スマートフォンに連絡があった。『トキ、キタレリ』。彼女からの合図だ。時刻は5時半。私は布団から這い出す。寒くて死にそうだ。死なないけど、死にそうだという表現が一番しっくりくる。裏起毛のスウェットの上下を着こんで、さらにその上にダウンジャケットを着る。ファスナーは首元まで閉めて、部屋を出る。最近、眠りが浅くなって朝が早くなったという両親はまだ布団に入っている。両親の可愛くもない寝顔を拝んでから、玄関へと向かい防水性の長靴を履いて外へと繰り出した。

 外に出ると昨日の昼間とは別次元の寒さが顔の露出している部分を刺した。昨日から降り続いた雪は足首をすっぽり覆うほどには積もっていた。

 町の小高い広場が彼女との集合場所だ。幼少の頃から、ここが私と彼女の居場所だ。私と並んだ影が一つ。同郷の幼馴染はゆっくりと口を開いた。

「久しぶりだね。カヤノ」

 どこまでもゆっくりとした声。久しぶりという割には、それに抑揚がない。それでも確かに、ユウの声であることが嬉しかった。

「うん。久しぶり」

 口から出たのはその一言だけだった。一緒に白い吐息も漏れ出したと思ったら、一瞬で空気に溶ける。あたりは仄暗い。夜明け前の山なのだから仕方のないことだ。

 私は何を話していいかわからず黙り込んだ。彼女もまた、何も言わない。

 衣類が濡れてしまうこともかまわず、彼女の隣に座り込んだ。

 例年よりも多く積もった雪は、思ったよりも冷たかった。

 今年は、仕事の上司とは反りが合わないこと、よく家に遊びに来ていたリスのコリンが天寿を全うしたこと。お気に入りの羽ペンを見つけたので新調したこと。旅行で訪れた土地に建っていた銅像がなんだかあなたの顔によく似ていたこと。

 話そうと思っていたことは山ほどあったはずなのに、いざ対面してみたらなぜだろうか。

 声になることは何一つとしてなかった。

 そういえば、彼女と会うときは、いつも彼女の方から話を振ってくれていたような気がする。私は自発的に発言をするのが、苦手だからそれでいつも気まずくならないか気にかけていたっけか。

「カヤ、ちょっと痩せたかな。それに、目の下のクマも大きくなってるよ」

 彼女が笑った。そうそう。こんな風になんとはなしの会話を見つけては私の胸のあたりを温めてくれるのだ。

「まぁ、いろいろあったんだよ」

「そっか。それはお疲れ様だね。頑張り屋さんなんだから、頑張りすぎないようにしなよ」

 なるほど。確かに私は頑張りすぎたのかもしれない。

「うん。そうしようかな。ほどほどにね」

「ほどほどにって。反省の色が見えないよ。三十点」

 昔のように点数をつける癖は健在のようだ。

 私は声を堪えてわらった。

「相変わらず、カヤは笑いのツボ浅いよね。そんなことよりさ。抗議の声を挙げてもいいかな」

「どうぞ」

「なんで、私、ゆきだるまに降霊されてるの?」

 隣につくられた大小ふたつの雪玉を重ねただけのゆきだるまが不服そうな声で私に訪ねて来た。

 にんじんの鼻も、海苔の目玉やまゆげ、バケツの帽子もない。

「それは申し訳なく思ってるよ。でも、これ以外あなたの依り代とするものを思い浮かばなかったんだ」

 私は決して彼女と目を合わせることをしなかった。現実を見るのが怖かったんだ。

 もう、10年以上も前に死んだ彼女をここに呼び出してしまったことにどこか後ろめたさを感じていた。

「カヤは馬鹿だなぁ。いくら、ゆきだるまが好きって私が言ってたからって、お馬鹿さん。これじゃあ、ちょっともお話できないじゃない」

「ごめん」

 私は、馬鹿だ。ただ、もう一度話がしたかった。その一心で降霊術に身を捧げた。

 一端の降霊術師として、いくらかの食い扶持を稼ぐ程度には成功していた。それでも、親友の降霊はなぜだかできなかった。

「ほら、私のことばっかり気にしてないでさ。前を向きなよ。光がカヤを待ってるよ」

 言いたかった「友達でいてくれてありがとう」の言葉は出てこない。私の喉からは嗚咽ばかりが溢れて何も言えない。

 地平線の向こうから、顔を出した太陽に照らされて、彼女はゆっくりと、陽の光を浴びて溶けていった。

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