マッドバーナー2008
逢巳花堂
第1章 アンダーファイヤ
第1話 怪人マッドバーナー
6年前の12月24日。クリスマスイブの晩。
一人の女性が焼殺された。
同様の事件は、過去数年の間にも、連続して発生している。
ただ、古い事件に関しては、目撃者がいなかったこともあり、あまり騒ぎにはなっていなかった。
それが、6年前のクリスマスイブ、真夜中の世田谷区で起きた凄惨な事件をきっかけに――「怪人マッドバーナー」の噂はたちまち広まっていった。
この時初めて、怪人マッドバーナーの姿が目撃されたのだ。
目撃者は語る。
「本当に夢でも見ているのかと思いたかった。まるで自然だった。ごく自然な動きで、作業的に、あいつはのた打ち回る女性を延々と焼き続けて……。絶叫が、耳から離れられない……。そうして、焼き終わった犯人が、両手を合わせて合掌した後、こっちを向いてきた……その顔が」
怪人マッドバーナーの外見的特徴は、大きく挙げて3点ある。
まず、ガスマスクのような物を被っていること。
次に、漆黒の上下つなぎのジャケットを着ていること。
そして、まさに重火器と呼べるような、巨大な火炎放射器を持っていること。
それ以外にも、大きな特徴を挙げるとしたら、なぜかクリスマスイブの晩にのみ現れて、たった1人だけを焼き殺して、去っていく――ということだろう。
先述の目撃者にしても、間近でマッドバーナーを視認したにもかかわらず、焼き殺されることなく、見逃されているのである。他の犯行においても、マッドバーナーは1人以上の人間を殺すことは絶対になかった。
なぜ、マッドバーナーはクリスマスイブに現れ、人を焼き殺すのか?
どうして1人だけ殺して、あとの人間は目撃者であろうと殺さないのか?
その目的は? 意図は?
日本中の人々が、マスコミが、警察が、その謎に迫ろうと躍起になって議論し、奔走し、調査をしているが、いまだ納得のいく答えは見つかっていない。
それ故に、マッドバーナーは現在のところ、狂気のシリアル・キラー(連続殺人鬼)として、なかば都市伝説として――誰もが、現実感を伴わず、夢の中の出来事のように感じていた。
ところが、マッドバーナーは確かに存在する。
一個の人間として、石川県金沢市の街中に、何食わぬ顔で生活をしている。
誰も、その事実を知らなかった……。
―2008年12月25日―
~金沢~
「なんだ、それは」
昼ごろ目が覚めて、牛乳を飲もうと台所に入った俺は、調理台の上に置かれている無駄に派手なケーキを見つけて、妻に問いただした。
「ケーキだよ、6周年記念の」
「なんの」
「怪人マッドバーナーがニュースで頻繁に報道されるようになってから、6年」
「おい、ふざけるな」
妻の不謹慎な発言も不愉快だったが、やたらとクリームの量が多く、フルーツで派手にデコレーションされた悪趣味なケーキを見ていると、昨日までの“仕事”疲れも合わさって、うんざりしてくる。
「6周年も、なにも、あるか。俺のやっている事はイベントじゃない。真面目にすべきことをこなしているだけだ。それに、死んだ人々に済まないと思わないのか。黙祷こそすれども、祝うものじゃないだろう」
「あら、そう? でも世間ではひとつのお祭り騒ぎよ。クリスマスイブに現れる連続殺人鬼マッドバーナー。週刊誌とかネットとか、みんながワイワイ言って。そのお祭りの中心にいるのは他ならない……」
「俺か」
「そ、キミ。マッドバーナー」
「くだらない騒ぎだ」
マスコミが馬鹿馬鹿しい扇動を行っているだけだ。
真面目くさって被害者の遺族をインタビューしたり、被害者が“いかに生前は善人であったか”といった映像を流して視聴者の涙を誘ったり。
あいつらは俺のこともよく知らないままに、「怪人マッドバーナー、またも凄惨な殺人!」と仰々しい見出しを作って遊んでいるに過ぎない。
奴らの作り出した乱痴気騒ぎ――祭りの御輿に上げられるのだけは、心の底から願い下げる。
「お前までそんな不愉快な流行に乗るんじゃない」
「えー、いいじゃん、別に。有名人だってここまで取り上げられないよ。それに、ネットではキミのことを神様みたいに崇拝している奴らだっているよ」
「反吐が出る」
「ケーキの前で汚いこと言わないで」
「そのケーキがそもそも、むかつきの原因だ」
「じゃ、食べない?」
「食べるさ。いつも言っているだろ? 食事の三大原則、『いただきます』『ごちそうさま』そして、『残しません』」
「キミのそういうところ、大好き♪」
誰が、昨日罪もない高校生くらいの男子を焼き殺した怪人が、こんな地方都市金沢の小さなアパートで、妻とくだらない会話をしていると予想できるだろうか。
きっと、マッドバーナーは残酷で、非人間的で、普段から猫や犬も叩き殺しているような精神異常者だと妄想しているに違いない。
俺のやっていることは異常かもしれないが、俺自身は正常だ。俺は、生きていくために、人を焼き殺さなければならない。
1年に1人でいい。そうしなければ、俺が死んでしまう。
だから、俺は俺自身を生かすために、他人の命を奪っている。ただ、それだけの話だ。
俺は、怪人マッドバーナー。
人間を火炎放射器で焼き殺す殺人鬼。
1年に1回、イブの晩に焼き殺さねば生きていけない哀れな殺人鬼。
それが俺だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます