恋なんて、
雨夜 凪
恋なんて、
親友が引っ越すらしい。
それも、海外に。1週間後。
僕は今日、それを初めて知った。
驚きで、言葉が出なかった。
僕と彩斗は、幼なじみだ。
もちろん、これからもずっと一緒に遊べると思っていた。
なのに、あと一週間。
なんで、なんでもっと早く教えてくれなかったんだろう……
驚きと、寂しさと、悲しさと、少しの怒りが混ざって、よくわからなくなる。
こんなにも時が進んで欲しくないと思ったのは、初めてだ。
すぐには信じられないし、感情がぐっちゃぐちゃだ。
でも、そのぐちゃぐちゃの中に、確実な感情が一つあった。
無彩色の中で、ただ一つ、色がついた感情。
僕は、それを見逃す訳にはいかなかった。
僕は、彩斗が引っ越す前に伝えないといけないことがある。
今伝えないと、絶対後悔する。
引っ越すことを知ったその日に、僕は彩斗の家で遊ぶ約束をした。
彩斗の家のインターホンを押す。
「はーい」
「彩斗!」
「おう、藍」
「引っ越すって聞いたから遊びたいなと思って。引っ越し作業の手伝いがてら」
本当は、ちょっと違うけど。
彩斗の部屋に入ると、そこにはたくさんの段ボールとベッドだけの質素な空間が広がっていた。
「うわぁ……」
より、本当に引っ越すんだという実感が湧いてくる。
「あ、そうだ。……引っ越しって、いつ決まったの?」
「えーとね、三か月前とか、かな。お母さんの仕事でアメリカに行かなくちゃいけなくなったんだ」
「そうだったんだ……」
三か月前なんて、今年も一緒のクラスだ、と喜んでいた時期。
三か月後には自分がもういないことを知りながら、一年間よろしく、と言っていたということになる。
少しの怒りを抑え、笑いながら尋ねた。
「なんでもっと早く言ってくれなかったの」
「なんでっていうか……なんとなく?」
「ふーん……そっ、か」
「どうしたの?」
「あ、いやなんでもない」
誤魔化せたの、だろうか。
互いに、言葉が出なくなった。
どうしてだろう、変に意識し過ぎて、上手く話ができない。
こういう時、今までどんな話してたっけ。
そういえば、彩斗に対してそういう感情を抱いたことを自覚してから、二人きりで遊んだことってなかったっけ……
エアコンの音が、やけに大きく聞こえる。
そういうつもりはないのに、いつの間にか我慢比べのようになっていて。
……僕が先に、脱落した。
「あのさ、彩斗って……僕の事、好き?」
明らかに、空気が、変わった。
話そうとしていたことと、違った言葉が口から飛び出る。
言ってしまった。
「あえっと、これはその、」
「いやー、まあ、そりゃ好きだけど、何で急に……」
「え?」
数秒前はごまかそうと思っていたのに、好き、という言葉に過剰に反応してしまう自分がいた。
ここまで言うつもりは、なかった。
調子に乗ったと思う。
「じゃあさ、キス……できる?」
「は」
もう、どうにでもなればいい。
隣で座っている彩斗の腰に手を当てて、体を寄せた。
抵抗は、されない。
固まっているというのが正しいかもしれない。
ゆっくり顔を近づけ、そっと唇を重ねる。
二人の呼吸が絡み合って、溶けていく。
あたたかいこの一瞬が、永遠に感じた。
でも、本当に永遠ではなかった。
唇をそっと離した。
彩斗と、目が合う。
丸くなったその目から、驚きと困惑を感じた。
それ以外、感じられなかった。
やっぱり、駄目だよね。
表情を作るのは、得意だ。
「はは、嘘だよ嘘! ねえ、なに本気にしてるの」
心から笑っているように見えるように努める。
少しの間があって、彩斗の表情は、明るいものに変わった。
「だよね、なにどうしたの、おかしくなったかと思ったよ」
「いやだってそんなわけないじゃん」
その場に合わせて思ってもない言葉を発する。
「男同士だしね、さすがにない」
「……だよね」
傷つけるつもりなんて、一切なかったんだと思う。
彩斗の好きなところはそういうところで、嫌いなところでもある。
二度目の沈黙なんて、少しも耐えられるはずなくて。
「ごめん、僕、帰るね」
「え、引っ越しの作業手伝ってくれるっていったじゃあん……」
「用事思い出したんだよ」
適当な理由で、帰ろうとする。
後少しでも彩斗と同じ空間に居れば、僕のすべてがバレてしまう。
「まあなら仕方ないか。ばいばい」
逃げるように彩斗の家を出る。
向かった先は、よく二人で遊んだ公園。
今は、誰もいない。
遊具にもたれかかると、さっきの……ことと、今までこの公園で遊んだことを思い出す。
気づけば、視界が滲み、歪んでいた。
足元に涙が落ちる。
口元を押さえる。
嗚咽しながら、顔を手で覆った。
彩斗との、すべての思い出。
顔はぐちゃぐちゃになった。
感情もよりぐちゃぐちゃになった。
収まるまで、しばらく、家には帰れなかった。
今日は、彩斗がこの地を離れる時。
この一週間は、長いようでとても短かった。
大きな黒猫が描いてあるトラックに、どんどん荷物が運び込まれていく。
ベッドや、タンスなどの大きな家具も次々とトラックに吸い込まれていった。
ぼーっとその様子を見ていると、いつの間にかすべての荷物が運び終わっていた。
彩斗が家族の車に乗り込む。
「彩斗、僕がいなくなってもうまくやっていけよ」
「大丈夫だって、英語得意だし。がんばるよ」
そういうことを言ってるんじゃないって、と最後まで彩斗の都合がいい性格に苦笑する。
「まあ、ほどほどに頑張って」
「うん。……じゃあ、行ってくるね」
「……ばいばい」
「ばいばーい!」
元気に車窓から手を振る彩斗を見ていたら、また泣きそうになってしまった。
こんなところで泣いてはいけない。
今僕がすべきことは、彩斗を笑顔で見送ることだ。
僕も全力で手を振る。
正直、今日、彩人と目を合わせられていない。
そっか、これで、本当に最後……
メッセージは送れるといっても、そう簡単に会えないし、もしかしたらこの先ずっと会えないかもしれない。
……手を振りながら、ふと、思う。
これでよかったのだろうか。
いや、でも、これでよかったんだ。
叶わなくたって、いいんだ。
そもそも、こうなるなんて、分かり切っていたこと。
想いを伝えられただけ、よかったのだと思う。
彼には、彼なりの人生を歩んでほしい。
でも、たまには、僕の事も思い出してほしい。
そんな思いを込めながら、彼に最後の言葉を送る。
「大好きだよ」
そんな本心は、虚しくもトラックのエンジン音にかき消された――
恋なんて、 雨夜 凪 @nagi17
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