10.傲慢のアロガンツ

 アンジュ・ド・ルミエールと天ノ宮萌木は、色々と行き先に悩んでいたが、結局は道端にあったクレープ屋でクレープを買い、その近くのベンチに座りながらそれを食べていた。


 先日のアレが嘘だったかのように、赤髪の天使と談笑中の天ノ宮の表情は柔らかい。


もへぎひゃん萌木ちゃんひふんはほう気分はどう?」


 口にクリームを付けながら喋っている。以前銀髪の天使に注意されたことを忘れていたようで、少し離れた所の物陰からため息が聞こえたような気がした。


「あらあら、アンジュさんは食べ方も豪快なのね」


 対して天ノ宮は、アンジュと比較するとかなり上品な食べ方をしている。だが、堅苦しい感じではなく、口元には笑みを浮かべていた。


「ん……わらひ……んぐっ。私、元気だけが取り柄ですからっ!」


 胸に手をどんと当て、”頼りがいがあるでしょ?”的なポーズをしている赤髪の天使。


「アナタの場合、少し元気すぎる気はするけれど」


 なんてことをやっている内に、アンジュは食べ終わったようで、小動物の食事のようにクレープを食べている天ノ宮をニコニコとただ見ていた。


「あ、アンジュさん……食べづらいわ」


「えへへ~」


 今の二人の姿は、何というか、恋人同士の馴れ初めのようにさえ思える。ハムスターのようにクレープを食べる天ノ宮が、小さい声で呟く。


「ありがとう、アンジュさん。こんなわたくしを気にかけてくださって」


「ふふん。友達ですからっ!」


 えへん、とでも言いたげなポーズで腕を組むアンジュ。天ノ宮は、しばらくぶりに、心の底から楽しいと思える時間を過ごしていた。


「と、友達……。ふふっ」


 ──そう笑顔を浮かべる少女の隣には、いつの間にか、見知らぬ人物が座っていた。黒い髪に赤い瞳。そして、ヒラヒラとした服。


「ふぅん。美味しそうじゃん。ボクにも一口くれないかなぁ?」


 その少女の言葉を聞き、二人はようやく、自分たちの近くに謎の人間が近づいてきていたことを知る。


「ど、どちら様ですの? そもそも、いつからそこに……」


 さして興味もなさそうな顔で、自分の赤色の爪を眺めている少女。天ノ宮が知らない人間だと分かると、アンジュの表情は疑いから警戒へと変わった。


「いつからだろうねぇ。そこの天使ちゃんが馬鹿じゃなければ、それも分かったか、も、ね」


 と言い立ち上がった少女は、同時に立ち、自らと天ノ宮萌木の間に割り込んできた、ダメ天使へと告げた。



「ボク、ダメダメ天使ちゃんのせいで、彼女の体から追い出されちゃったんだよね。だからさ」


「キミから死んでくれないかな」



 ニコリと笑った少女の腕は、人間の腕から肉の塊のような”槍”に変質し、赤髪の天使を貫こうと前に突き出された。天ノ宮をかばうため、咄嗟に背を向けて彼女に被さるような体制になったアンジュに、”それ”は突き刺さると思われたが。


 どこかの天使が生み出した、魔法陣が何重にも重なった障壁のお陰で、見習い天使が死ぬことはなかったのだ。


「萩目さん、彼女達をお願い」


 背後から声が聞こえ、振り向いた少女の前には、銀髪の天使が居た。そして、すれ違いざまに、隣を通り過ぎた人間の女も。


「なぁんだ。もう人払いもしちゃったんだねぇ」


 既に少女の背後に居た見習い天使とお嬢様は萩目さくらが死にものぐるいで連れて行っており、また、人払いの魔法の影響で、銀髪の天使──天束エインと、その少女以外には、他に誰も居ない。


「さすが、あの年寄りを倒した天使、いや、”元”天使……ってことかなぁ?」


「癪に障る言い方だけど、暴食のアペティットのことを差しているのなら、ありがとうと言っておくわ」


 それを聞いた少女は、子供のように無邪気に笑った。


「で、アイツのように、ボクを倒そうって魂胆?」


 天束エインは、淡々と答える。


「あなたが、なぜ人間に似通った姿をしているのかも気になるけど、それはそれ。あなたが悪魔である以上、そうする以外の選択肢はないということよ」


 それを聞いた少女は、見るからに不満そうな顔になった。


「まるでボクに勝てるような口振りだけど、羽根すらない天使の冗談としては質が低いよ。まぁいいや。ボクは傲慢のアロガンツ。覚えなくてもいいけどね?」


 少女──傲慢のアロガンツの腕が、今度は鎌のような形に変わり、天束エインへ襲いかかる。が。


魔導霧散マギカ・ネーベル


 天束エインがそう唱えた瞬間に、周辺が霧に包まれ、傲慢のアロガンツの攻撃は、エインが居た場所の霧に当たっただけであった。


「……面倒くさいことをするねぇ。どうせ死ぬのは変わらないのにさ」


 天束エインは逃げたわけでもなく、傲慢のアロガンツの近くで攻撃の準備をしていたわけでもない。彼女は、アンジュ・ド・ルミエールのところへ来ていた。


「アンジュ! ちょっと手を貸して!」


 息を切らしながら、切羽詰まったといった顔で自分の前に現れた天束エインに、少し驚くアンジ。


「え、エインさ~ん! 一体何が起きてるんですか!? あの人は何なんですか!? もう何がなんだか分かりませんよぉ……」


 目をぐるぐると回す赤髪の天使。


「落ち着いて。いい? 天ノ宮さんに取り憑いていた悪魔が姿を見せた。あいつは二級悪魔の傲慢のアロガンツ。私はあなたに協力を求めてる。答えになってるかは分からないけど、とりあえずこんな状況よ」


「ていうか、なんでエインさんがここに?」


 アンジュの疑問に、彼女は、はぁ~、とため息を付いてそれに答える。


「天ノ宮さんが他人を認め、他者を許容することができれば、傲慢の力をエサにするアイツは、彼女を依り代にはしていられなくなるの。アンジュが彼女と仲良くなるだろうと思って、私はあなたに賭けた」


 そう言った天束エインは、アンジュの後ろで壁に寄りかかっている天ノ宮へ話しかける。


「天ノ宮さん。悪魔の姿を暴くために、私はあなたを利用した。本当にごめんなさい」


 天ノ宮へ、深々と頭を下げるエイン。しかし、彼女に憤っている様子はなく、


「……分かりましたわ。わたくしへの謝罪は、あの悪魔とやらを倒すこと……ということにしてください」


 天ノ宮は、少しアンジュへ顔を向けて、


「エインさんのお陰で大切なお友達ができたのも、また事実ですから」


「ありがとう。天ノ宮さん。それじゃあ……」


 天束エインは、アンジュの近くへ寄り、こそこそと耳打ちをした。それを聞いたアンジュは、少し驚いた顔になった。


「そ、それって……。成功するんでしょうか……?」


「問題ないわ。成功する。必ず成功させてみせるわよ」



 天束エインは、かつて暴食のアペティットを倒す策を立てた時と同様に、自信に満ち溢れた顔をしていた。そして、少しづづ、魔法で生み出した霧が晴れていく。二人の天使と悪魔の戦いが、再び始まろうとしていた。

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