時雨太夫(通常版)
艶
第1話
江戸最大の
静寂の中、更に事を済ませた人々が寝静まるこの時間はさらに静かだ。
その静寂の中を二人の人物が息を切らせながら走っていた。
「
その言葉を発した男は
何度も突っかかり、息も絶え絶えな女もその言葉に黙って頷き、足に力を入れる。
かんっ
この手を引いてくれている男から貰ったものだ。
慌てて拾おうとするが男が
「そんなもの、後で買ってやる」
そう言うと未練がましく
目の前には男の肩。
「てめえ、誰だ」
どすの効いた男の声。
男は
そこには人の形をした一つの影が佇んでいた。
「足抜けは駄目だねぇ~」
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「
吉原の
部屋の主はその声で浅い眠りから引き戻される。
主の名は
現在数えで二十二。
吉原へ入り七の年月を経た。
容姿はごくごく普通であるが圧倒的な知識と教養で
ただ客は付くが世間一般には好き者と呼ばれる者たちだけが常連だ。
その理由は
背丈は六尺二寸。
胸は大きく腰は細い。
また足も長く、全身を見れば頭九つ分はある。
顔は上から顎の方にかけてほっそりとなり、鼻は高く唇も薄いうえに、目も一重で鋭く細い。
世間一般では普通、もしくは
そんな時雨は
「なんだい……父さま。
こんな夜更けに声をかけるなんてさぁ」
どうやら寝入りだったようで不機嫌らしい。
「寝入りにすまない、ちとお前さんに頼みがあってな」
「足抜け……かい?」
吉原の足抜け(脱走)は
その後、最悪殺され寺に放り込まれる。人間として供養はされず、
男の方は
処刑と言っても内容はただの
吉原の大門の横には番屋があるが吉原のことは中で片をつけることが多い。
よほどのことがないと市中の奉行所などが直に手を出してくることはない。
出してくるとなると、武家絡みか
「ん~~ん、誰だい?」
寝ぼけたような間延びした声が部屋の中から聞こえてきた。
同時に
どうやら動いてくれるようだ。
「
今若い者と
ここのところ足抜けやら
「わかったよ、気は進まないがね。
報酬は明日の朝に貰うからね」
部屋の中から返事が聞こえたと同時に部屋の中から気配が消える。
「
抜けられなければ始末されると分かっているのにねぇ。
ま、そこが若い男女の
そう呟くと
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「てめえ誰だ」
目を血走らせた男が目の前に突然現れた女にどすの効いた声をかける。
すでに
こんな所で足を止めているとすぐに追っ手が追いついてくる。
こっちは殺され、
しかし、目の前に現れた女は
その遊女は
男は仕方なしに
「そこをどけ、あんたどこかの
どいてくれないならあんたを殺す」
脅せば大体の人は悲鳴を上げて走り去る。
いつもならばそうだ。
しかしこの目の前の女は
男は
やくざ者とやりあうときのごとく目を細め威圧する。
(さっさとどけ!)
男は心の中で怒鳴っていた。
声は出さない。
大声など出せばすぐに居場所が分かってしまう。
が、目の前の女はそんな男の視線を気にした様子もなく気怠そうに見つめたままだ。
二人の距離は
男は腹を
「
突然後ろから最愛の者の声。
男は飛び出す瞬間を抑えられた。
「
ぼた……、ぼたたたたた。
風の音と共に
ゆっくりと顔を上げる
その目の前には愛した男の顔が自分を見つめていた。
同時に身体の中を何かが通り抜ける。
「ごめんねぇ、
これがあちきに出来る最大の見逃しだよ。
あの世で仲良くねぇ」
時雨の声は狂気を
(やっぱ……り、見逃してもらえないよね。
で……も、姉さま……やさし……い……な)
時雨はしゃがみ込み、そっと
「逃げちゃ駄目だよ、
我慢しなきゃあね」
「仲良く……ね」
ぼそりと呟くと
近くでばたばたと
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