道化師のアーリマン
三千面相
第1話 地獄が見える島
「……できた!」
少年は小さな手のひらに握りしめるガラスで出来た十字架のネックレスを誇らしげに高々と掲げる。
ガタガタで十字というよりは菱形のようなガラスは到底十字架には見えないが、少年にしては力作の物だった。
「わぁとっても綺麗!これは何のネックレスなの?」
「十字架!」
「え、十字架?どうして玄魔は十字架にしたの?」
「悪魔から守ってくれるから!だから十字架のお守り!これはすずちゃんにあげるんだ!」
玄魔と呼ばれる少年【古伽 玄魔(こが げんま)】は十字架は悪魔から身を守ってくれるものとどこかで得た知識から護身のお守りを作り上げた。
ここは玄魔が暮らす孤児院【スティメーシィ】。今はガラス細工をみんなで作る時間だ。
玄魔の歪で菱形の十字架を綺麗と誉めてくれたのはスティメーシィで保護教育をしている先生【村龍 紅葉(むらたつ もみじ)】通称むーちゃん。
むーちゃんは硬いマメがたくさんできた手で玄魔の頭を優しく撫で、他の子たちの出来具合を見に行った。
「見て玄くん!猫作ったの!かわいいでしょ」
「ええええすっげぇぇぇ……すずちゃんほんと器用だね」
「えへへ〜。ありがと!」
玄魔がひっそりと想いを寄せているすずちゃんこと【大神 鈴蘭(おおがみ すずらん)】は器用な手先で可愛い猫というよりかは、もうほとんど本物のような実物大の大人の猫を重そうに抱えて持ってきた。
工作に限らず、勉強や料理などが得意なすずちゃんに、本当に同じ八歳なのか?と驚かされることはよくあることだった。
誉められて可愛らしく相好を崩すすずちゃんに胸が高鳴る。
ただ一つ疑問を払拭しなければならない。
「ね、ねぇ、なんでその猫怒ってんの?」
すずちゃんが作った猫はこたつで丸くなる猫や、毛繕いしている猫のようないわゆる可愛い猫ではなかった。
すずちゃんの作品は何故か鋭い目と牙を剥き出しにしてこちらを威嚇している【怒り狂う猫】だった。「シャー!」と威嚇する声すら幻聴で聞こえてくるリアルすぎる猫だった。
なぜ怒り狂う猫と判断したかというと、単純に土台にあるネームプレートに書いてあったからだ。
でも独創的すぎるところも愛おしく感じてしまうのですずちゃんは今日もずるかった。
「えっとねぇ、これ玄くんにあげるの!これがあったら悪魔も寄ってこないかなぁと思って!大きすぎちゃったけどその分効果は絶大だよ!だからお守りあげる!」
「……ッ!すずちゃん!俺もこれすずちゃんに作ったんだ!悪魔から守ってもらえるように十字架のお守り!」
追い討ちのずるさについ目頭が熱くなり、涙を堪え玄魔もすずちゃんに十字架のネックレスをプレゼントした。
付けて!と言われたので頑張って後ろから付けてあげた。いつも近くにいるのに後ろからネックレスをつける行為がとてつもなく気恥ずかしい気持ちになる。そして何より他の男の子に同じこと簡単にさせてあげないでくれよと、すずちゃんの無防備さに少しばかりの妬心も感じた。
**********
スティメーシィにはむーちゃん含め先生が五人と、子供が二十人の施設だ。
午前中は勉強をし、午後からは村の農業や工場を手伝ったりしている。お金がないので授業は通信制のものでAIが教えてくれる一番安いものと先生たちの授業を併用して受けないといけない。
教員免許を持っているわけでもないので、上手な授業なのかは分からないけど、AIとは違って温かみのある優しい授業がみんな大好きだ。
農業などの手伝いが終わると悪魔からの護身術としてみんなで訓練をしているが、玄魔には好きな人がいるから格段に強くなりたいと、いつも個別でむーちゃんに追加の修行をつけてもらっていた。
「ぐはっ!」
「大丈夫!?もうこれくらいにしとかない?」
むーちゃんの速すぎる回し蹴りが玄魔の腹部にヒットし思わず膝をついてしまう。グローブとレガースを付けてスパーリングをするのだが、むーちゃんは先生の中でも格段に格闘技が優れているのでレガースのスポンジなど意味をなしていなかった。
「まだ……まだ大丈夫!俺は施設のみんなを、むーちゃん達先生も守れるようになりたいんだ。だからまだやる!」
「それはとっても嬉しいけど、あなたはもう十分悪魔と戦えるわ。これ以上は危険よ。悪魔から身を守れるだけで十分じゃない?」
いつもむーちゃんは悪魔より少し強ければそれでいいと言う。なぜそう言うのか玄魔は考えもしない。どんな悪魔がいるかもわからない世界だ。強すぎるくらいじゃないとダメだ、周りがどう言おうとこの考えは変えない。
細くスタイルのいい体で綺麗な黒髪を靡かせるむーちゃんに、一体どこにそんな力があるのかと思いながらも今日も玄魔は立ち上がった。
**********
「――信教を捨て、永遠の想いを刻み、悪魔に復讐心を。……さ!みんな準備したらまたここに集まってね!」
先生と子供たちはお祈りを終え、涙を拭うとそれぞれの部屋に戻っていく。
「げんにぃ〜タオル取って〜」
「はいよ」
「ありがと〜!よいしょ、よいしょ」
義妹の永架(えいか)はまだ五歳で身長が低く、玄魔に棚にあるタオルをとってもらう。永架は幼いながらも自分で用意を始めた。
スティメーシィでは色々な教訓があるが中でも『自分のことは自分でする』と言うことを小さい頃から叩き込まれる。施設は長く入れても中学を卒業するまでなので、できるだけ早く独り立ちできるようにする為だ。
永架は小さいリュックにぬいぐるみなど、必要ない物まで一生懸命詰め込んでいた。
犬のぬいぐるみの足が飛び出るリュックを、「よし!準備万端!」と自慢げに見せてくる可愛い永架を見て、玄魔は成長したなぁとしみじみ感じていた。
ふと部屋の窓を見ると、こちらを食い入る様に覗いている豚がいた。
その豚は汚い多毛の髭からよだれが滴り、真っ黒な切長の目をしている。
荒い鼻息で窓を曇らせ、手にある茶碗と箸で自分の顔を何度も叩きつけながら永架を食べたいと言わんばかりに不気味な笑みを浮かべていた。
「むーちゃん!」
玄魔が咄嗟に声をあげると豚の顔は破裂した。四方八方に飛び散った血肉はジュワッと蒸発し、残った体は窓にもたれかかりながら崩れ落ちた。片目だけが苦しそうにこちらを見ている。
「準備はできた?さぁ海に行くわよ!」
今日は皆で海水浴だ。
**********
「いい貝殻ないかぁ」
玄魔は鈴蘭と永架の為に砂浜を練り歩き綺麗な貝殻を探していた。
海はスティメーシィから歩いて三十分ほどのところにあり、夏になると毎年何度も遊びにきている。
休日にも関わらず、村は過疎化が進んでいることもあって観光客どころか地元の人も一人もいない。いつものように海に来ているのは玄魔たち施設の二十四人だけだった。
「玄魔は今日も貝殻探しているの?」
「あ、むーちゃん!うんそうだよ!今日はなかなか見つからないや。ねぇねぇあそこってそんなにやばい場所なの?」
玄魔は太陽に照らされキラキラと光る海の奥、水平線にかすかに見える離島を指差してむーちゃんに訊ねる。
むーちゃんは玄魔の視線に合わせるようにしゃがむと、目をしっかり見つめ応えた。
「玄魔は悪魔を倒したいって欲望が強そうだから本当は教えたくなかったけど、どうせすぐわかるもんね……うん、あそこはね、『悪魔が生まれる地』『地獄の島』って言われてるの。悪魔がたくさんいて地獄のような場所だって。本当かどうか私は行ったこともないからわからない。もし本当にそうだったとしたら怖くて眠れなくなっちゃうから行きたいとも思わないの」
むーちゃんのどこか落ち着かない様子と驚きの事実に玄魔は疑問を感じる。
「どうして?本当に悪魔の生まれ場所の方が俺は嬉しいよ!だってそこの悪魔全部倒しちゃえば平和に暮らせるんでしょ!?」
「それはどうかな、たとえあの島に行って悪魔を全部倒したとしても別の場所にも同じような所があったら?悪魔が生まれる瞬間を見た人なんていないだろうし、全部倒したからって生物のように絶滅しない可能性の方が高いと思うの。そもそも悪魔がウヨウヨいる場所なんて危険すぎよ」
むーちゃんは説明中眉を顰め玄魔を心から心配していた。玄魔にもそれが伝わり「そっか」としおれた返事をして下を向く。
それを見たむーちゃんは励ますよう玄魔のほっぺを両手をぷにっと押しつけ、唇が8になった玄魔に微笑みかけた。
「だからね私には夢があるの!この島が見えない遠い場所でスティーメーシィのような施設を自分で作るの!そこで少しでも悪魔のことを考えないで済む平和な施設を作ってたくさんの子供たちを助けてあげたいの!」
むーちゃんの目は太陽を力強く反射する海のように夢と希望でキラキラしていた。
「俺もそれ手伝いたい!」
「ほんと?じゃあいっぱい勉強して頭良くならないとね!」
「うん!……あ!」
玄魔はむーちゃんの夢を叶える約束をし、二つのハートの形をした綺麗をな貝殻を手に、みんなが遊んでいる場所へと戻って行く。
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