〖邦訳〗ストーン・ブッチ・ブルース

コンタ

01 テレサへ、

 今夜はベッドに横たわり、きみを恋しがってる。目は腫れ上がり、熱い涙が顔を伝う。外は夏の激しい雷雨。僕は通りを歩きながら、毎晩のようにひとりさ迷い、すべての女性の顔のなかにきみを探した。きみの笑ってる、いたずらっぽい目にもう二度と会えないのが怖い。

 さっきグリニッジ・ヴィレッジで、ある女性とコーヒーを飲んだ。共通の友人が僕らを紹介してくれた。二人とも "政治に興味がある "から。喫茶店に座って、彼女は民主党の政治やセミナー、写真、コーポの問題、家賃管理に反対していることなどを話した。ちょっと不思議だけど、パパは不動産開発業者なんだ。

 彼女が話してるあいだ、この女性の目に映る僕は他人なんだと思いながら彼女を見てた。彼女は僕を見ているようで……僕を見ていない。そして彼女は最後に、この社会が「わたしのような女性」に与えた影響について、この社会がいかに嫌いかを語った。僕は自分の顔が赤くなってるのを感じ、少し顔をゆがめた。そして冷静沈着に、僕のような女性が、抑圧が生まれる前の太古の昔から存在し、そんな社会がいかに彼女たちを尊重してきたかを話しはじめた。

 それで、警官がホームレスの男性に殴りかかっている角を通りかかったんだけど、僕は立ち止まって警官に口答えをした。僕はただ彼女を見ていた。埋めておいたはずのものが湧き上がってくるのを感じた。警官に殴られそうになるのも気づかず、きみを思い出しながら立っていた。また別の世界、また行きたかった場所に戻ったように。

 そして突然、胸がとても痛くなった。僕の心が何かを感じるのは、本当に久しぶりのことなんだと悟った。今夜はきみのところに帰りたいんだ、テレサ。だけどそれはできない。だからこの手紙を書いているんだ。

 数年前、僕がバッファローの缶詰工場で働き始めた日のこと、僕を自由にする前に、きみの目が僕の目をとらえ、僕をもてあそんだことを。現場監督について僕は書類に記入することになっていたが、白い紙ネットの下にあるきみの髪の色が何色なのか、指にどう映り、どう感じられるのかを考えるので精一杯だった、 僕の指にかかると、どんな感触がするのだろう。現場監督が戻ってきて、「くるか、こないのか?」と言ったとき、きみが優しく笑ったのを覚えている。

 きみが監督に胸を触らせなかったから解雇されたと聞いたとき、僕ら全員猛烈に怒っていた。 さらに数日間埠頭で荷降ろししたが、なんだか気分が悪くなった。きみが去って光が消えた後、いつもと違っていた。

 ウェストサイドのクラブに行った夜、信じられなかった。バーにもたれかかって、ジーンズは言葉では言い表せないほどきつくて、髪はゆるやかで自由だった。

 そして、僕は再びきみの目を思い出す。きみは僕を知ってるだけでなく、見たものを気に入った。そして今回は女、僕らは自分の縄張りにいた。きみが望むように動けたし、ドレスアップしてよかったと思った。

 僕らだけの縄張り……。「僕と踊ってくれる?」

 きみは何も言わず、僕のネクタイを正し、襟を整えて、手を握ってくれた。僕の心を掴んだのは、きみが僕に逆らう前だった。タミーは 『スタンド・バイ・ユア・マン』を歌い、僕らは頭のなかの“彼”を“彼女”に変えて、ぴったり合うようにしていた。そうやってゆったりと踊った後、きみは僕の心以上のものを手に入れた。きみは僕を痛めつけ、それが好きだった。僕もそうだった。

 結婚生活を続けたかったら、バーには行くなと。でも僕はずっとシングル・ブッチ女性だった。それに、ここは僕らのコミュニティであり、僕らが属する唯一のコミュニティだったから、毎週末通っていた。

 バーでは2種類のケンカがあり、たいていの週末はどちらか一方、あるいは両方があった。ブッチ女性同士の殴り合い――酒と羞恥心と嫉妬による不安でいっぱいだった。ときには、その喧嘩はひどく、網の目のように広がり、バーにいる全員を罠にかけることもあった。ヘディがバーのスツールで頭を殴られて目を失った夜のように。

 この数年間、僕は他のブッチ女性を一度も殴ったことがないことを本当に誇りに思っていた。ほら、僕も彼女たちを愛していたし、彼女たちの痛みや恥ずかしさを理解していた。

 彼女たちの顔や手に刻まれた線や、仕事で疲れた肩の曲線が好きだった。ときどき鏡を見ては、彼らの年齢になったら自分はどんな顔をしているのだろうと思ったものだ。いまならわかる!

 彼らも彼らなりに僕を愛してくれた。僕が "サタデーナイト・ブッチ "でないことを知っていたから、彼らは僕を守ってくれた。ウィークエンド・ブッチたちは、僕が石のような "彼・彼女 "であることを恐れていた。心のなかでどれほど無力だと感じているか、彼らさえ知っていれば! でも、年上のブッチたちは、僕の前に待ち受ける道のすべてを知っていて、とても痛かったから、僕がその道を進まなければいいと思っていた。

 僕が女装して、ちょっと猫背でバーに入ってきたとき、彼らは僕に「自分の姿に誇りを持て 」と言った。僕も彼らと同じで、彼らは僕に選択肢がないことを知っていた。だから、決して拳で彼らを殴らなかった。僕らはバーでは背中を叩き合い、工場では互いの背中を見守っていた。

 でも、本当の敵が玄関から入ってくることもあった。酔っ払った船員のギャング、クラン系[出自が具体的にたどれなくても共通認識のある親族集団]のチンピラ、社会不適合者、そして警官たち。誰かがジュークボックスの電源プラグを抜こうと思ったからだ。何度そうなっても、音楽が止まるとみんな「おや……」と思ったものだ。音楽が止まり、本題に入るときだとわかった。

 偏屈者たちが入ってきたときは戦うためであり、僕らは戦った。フェムもブッチも、女も男も一緒になって戦った。

 音楽が止み、ドアの前に警官の姿が見えたら、誰かが再び音楽を鳴らし、僕らはダンスパートナーを交代した。スーツにネクタイの僕らと、ドレスにパンプスのドラァグクイーンの姉さんたちがペアを組んだ。当時、女性2人、男性2人が一緒に音楽に揺られることは違法だったことは誰も知らないから、思い出すのは難しい。音楽が終わると、ブッチたちはお辞儀をし、僕らのフェム・パートナーもお辞儀した。

 そのとき、僕のスーツの上着の下、ベルトの上にきみの手があったことを思い出したんだ。警官がそこにいるあいだ、きみの手はずっとそこにあった。「落ち着いてハニー。私のそばにいて、生き残るために戦いを選び取る必要がある戦士たちに歌われる、特別な恋人の歌のように」

 僕らはすぐに、警官はいつもバンをバーのドアのすぐ近くまで停め、僕らが外に出られないように、唸る犬をなかに置いていくのだということを知った。バーのドアのすぐ近くまで警察車両を停め、中に唸り声を上げる犬を置いていく。僕らは閉じ込められていたんだ。

 とても具合が悪かったとき、一緒に家にいてくれた夜のことを覚えてる? 覚えてるだろ?

 警察は、屈辱を与えて破壊するために、超ストーンのブッチを選んだ。バーのみんなの前で、ゆっくりと彼女を裸にし、裸を隠そうとする彼女を笑ったそうだ。その後、彼女は発狂し、首を吊った。

 あの夜、あの場にいたらどうしただろう。カナダのバーでの摘発を思い出す。警察車両に詰め込まれたサタデーナイトのブッチたちはみんなくすくす笑い、髪をふんわりとさせ、服装をやわらかくしようとした。フェムの女たちと一緒にタンクのなかで、"死んで天国に行く "ようなものだと言った。女物の服を3枚着なければならないと法律で決められていた。

 僕らは服を替えたことはない。ドラァグクイーンのシスターたちもそうだった。僕らは、そしてきみたちも、これから何が起こるかを知っていた。袖をまくり上げ、髪を後ろに流し、生き延びるために必要だった。僕らの手は、背中の後ろできつく手錠でつながれていた。きみの手錠は前にかけられていた。きみは僕のネクタイを緩め、襟のボタンを外し、僕の顔に触れた。僕はきみの顔に僕への痛みと恐怖を感じ、大丈夫だとささやいた。そうならないことはわかっていた。

 ある独房では女王様、次の独房ではストーン・メイドの尻軽女……。一人ずつ僕らの兄弟たちを独房から引きずり出しては、平手打ちやパンチを浴びせ、僕らが制御不能になって止めようとしたときのため、鉄格子を素早くロックした。兄弟の手首を足首に手錠をかけたり、顔を鉄格子に鎖でつないだりした。彼らは僕らを監視した。ときには、恐怖におののく被害者や、もうすぐ拷問にかけられようとしてる被害者の目をとらえ、僕らは優しくこう言った。「大丈夫、家まで送るよ」

 警官の前で泣くことはなかった。次は僕らだとわかってたから。次に独房のドアが開くとき、僕は引きずり出され、鉄格子に鷲掴みに鎖でつながれるんだ。鉄格子に鎖でつながれ、鷲づかみにされるんだ。

 僕は生き残ったのか? 生き延びたと思う。でも、きみのところに帰れると思ったから。

 月曜の朝、一人ずつ最後に出された。無罪放免だ。職場に病欠の電話を入れるには遅すぎた。金もなく、ヒッチハイクして、徒歩で国境を越え、服はしわくちゃで、血まみれで、シャワーを浴びなければならず、怪我をして、怯えていた。

 家に帰れば、きみが家にいることはわかっていた。 甘い香りの泡と一緒に入浴しよう。 きみは僕のために新しい白いBVDとTシャツを用意してくれて、最初の恥を洗い流すために僕を放っておいてくれた。覚えているけど、それはいつも同じだった。ブリーフを履いて、あとはTシャツを頭からかぶるだけで、何かを取りに行ったり片づけたりするためにトイレに来る理由が見つかるだろう。 ひと目見ただけで、僕の体の傷、切り傷、打撲傷、煙草の火傷などを道路地図のように記憶できるだろう。

 その後ベッドで、きみは僕を優しく抱きしめ、あちこちを愛撫した。もっとも優しいタッチは、僕が傷ついている場所にだけ許された。僕が色っぽさを感じるほど自信がないことを知っていたからだ。でも、きみがどれだけ僕を求めているかを示すことで、徐々に僕のプライドを取り戻させてくれた。石を溶かすにはまた何週間もかかるとわかっていたはずなのに。

 最近、僕は石(ストーン)の恋人に腹を立てている女性たちの話を読むことがある。信頼すること、触れられることに道を譲る。僕がきみに触れさせられなかったとき、きみは傷ついたんだろうか? そうじゃなきゃいいんだけど。僕はきみから身を守っていたんだ。 きみは僕の石(ストーン)を、愛に満ちた癒しを必要とする傷として扱ってくれた。ありがとう。それ以来、誰もそんなことはしてくれなかった。もしきみが今夜ここにいたら……まあ、仮定の話だけどね。

 僕はきみにこれらのことを言ったことはない。今夜、僕は見知らぬ芝生で一人で逮捕されたときのことを思い出す。すでにひるんでいるかもしれないけど、きみにこれだけは言わなければならない。それは、決して現れなかった友人に会うために、僕らが90マイルを運転してバーまで行った夜のことだった。警察がクラブを捜索したとき、僕らは「ひとり」だったので、制服に金の延べ棒をつけた警官がすぐにやって来て、立つように言った。 それも不思議じゃないけど、その夜その場所にいたのは“彼”と“彼女”だけだった。

 彼は僕の体全体に手を置き、ジョッキーのバンドを引き上げ、部下に手錠をかけるように言った。僕は女性用の服を3着も着ていなかった。 チャンスは一瞬で失われるとわかっていたので、その場で戦いたかった。でも僕が反撃すれば、その夜はみんなが殴られるだろうということもわかっていたので、ただそこに立っていた。彼らがきみの腕を背中に回し、手に手錠をかけたのが見えた。 ある警官がきみの喉に腕を押しつけた。きみの目の表情を覚えている。 いまでも痛い。

 両手を後ろ手にきつく手錠をかけられ、僕は泣き出しそうになった。それから警官は、にやにや笑いながらズボンのチャックをゆっくりと下ろし、僕に膝をつくように命じた。僕はまず「できない!」と思った。それから僕は、自分にもきみにも、そして彼にも大声で言った。いままで言わなかったけど、あの瞬間、僕のなかで何かが変わったんだ。できないことと拒否することの違いを学んだ。

 僕はその教訓の代償を払った。すべてを詳細に話す必要があるのだろうか? もちろん、ない。

 翌朝、僕が牢屋から出たとき、きみはそこにいた。僕を保釈してくれた。無罪放免だ。きみは、あのとき、あらゆることをやってのけた。きみが彼らの視線や嘲笑、脅迫に耐えるのがどれほど大変だったか、僕はよく知ってる。きみが独房のなかから聞こえてくる音に、身がすくむのを僕は知っていた。

 独房のなかから聞こえる音に僕の悲鳴が聞こえないことを祈った。僕は聞こえなかった。

外の駐車場に着いたとき、きみは立ち止まって僕の肩に軽く手を置き、僕の目を避けたのを覚えてる。きみは僕のシャツの血のついたところをそっとこすりながら、「このシミは一生取れないよ」と言った。

 僕の襟元の輪染みの心配をすることが、きみの人生に追いやられたことを意味すると思ってる人は、くそったれだ。

 僕はきみの言っている意味がよくわかった。それは、きみが感じていることを言う、あるいは言わない、奇妙に甘い道だった。怖くて傷ついて、どうしようもないと感じたときに、感情的にシャットダウンして、脈絡のないおかしなことを言うのと同じようなものだ。

 きみは僕の顔を撫でながら、僕を抱きしめてくれた。きみは風呂を沸かしてくれた。新しい下着を用意してくれた。ベッドに寝かせてくれた。丁寧に撫でた。優しく抱きしめてくれた。

 その夜、目を覚ますと、ベッドには僕ひとりしかいなかった。きみはベッドで泣きながら、僕の胸に手を当て、さらに激しく泣いた。僕はきみをしっかりと抱きしめたが、きみはぐずって僕の胸を拳で叩いた。しばらくして、きみは僕の胸のあざを思い出した。

 僕の胸が張り裂けそうになり、さらに激しく泣いた。

 僕はずっときみにこれを伝えたかった。あの瞬間、きみは本当に僕の気持ちを理解してくれていると思った。怒りに息を詰まらせ、無力感に苛まれ、自分自身やもっとも愛する人たちを守れず、それでも諦めずに何度も何度も抵抗した。そのとき、僕はきみにこのことを伝える言葉を持っていなかった。僕はただ「大丈夫、大丈夫だよ」と言った。 

 そして、僕が言ったことに皮肉な笑みを浮かべ、きみをベッドに連れ戻し、自分の状態を考慮してできる限りの愛を捧げた。その夜、きみは僕に触れようとしないことを知っていた。きみはただ僕の髪に指を通し 髪を結わえて泣いた。

 いつから僕らは生き別れになったのだろう? ゲイという言葉を受け入れたとき、僕らは解放戦争に突入したと思った。それから突然、教授や医者や弁護士が出てきて、会議はロバート議事法[1876年にアメリカ陸軍のヘンリー・ロバート将軍が英米議会の運営規則を基に民間団体に適応できる会議運営のルールブックとして作成したのが、ロバート・ルールズ・オブ・オーダー]で運営すべきだと言い出した。(誰が死んでロバート神を残したんだ?)

 彼らは僕らを追い出し、僕らの見た目を恥ずかしく思わせた。僕らは男尊女卑の豚だ、敵だと言われた。彼らが壊したのは女性の心だった。僕らは追い出されることもなく、静かに去っていった。

工場は閉鎖された。僕らが想像もしなかったことだ。そのときから、僕は男として通り過ぎるようになった。自分の性から、決して故郷とはならない国境に追放されるのは奇妙なことだ。

 自分自身を愛そうとするのと同じように、愛した女性たちから強制的に引き離される。

 きみはどうなったんだろう。土曜の夜の化粧を恥じて洗い流したか? 女が "男がほしいなら本物とつき合うわ "と言ったとき、怒りに燃えたか?

 きみは今日、トリックを演じてるだろうか? テーブルで待ってるのか、ワードパーフェクト5.1[プロプライエタリなワードプロセッサソフトウェア。1980年代末から1990年代初めにかけて、デファクトスタンダードの地位に登りつめたが、その後 Microsoft Word の台頭によって売り上げを減らしている]を学んでるのか?

レズビアン・バーで目の端にいる巨乳の女を探してるのか? そこにいる女性たちは民主党の政治やセミナーや生協の話をしているだろうか? 毎月の周期でしか出血しない女性と一緒にいるのか?

 それとも、別のブルーカラーの町で結婚し、彼らよりもずっと僕に似た失業中の自動車労働者と横たわり、眠っている子どもたちの息づかいに耳を傾けているのだろうか? それとも僕の心の傷を癒そうとしたように、彼の心の傷も癒すのだろうか? 涼しい夜に僕のことを考えたことがあるんだろうか?

 何時間もこの手紙を書いている。最近殴られて肋骨が痛いんだ。わかるだろう。

 きみの愛を知らなかったら、僕はこんなに長く生き延びることはできなかった。それでも僕はきみを恋しく思い、きみをとても必要としている。

 きみだけがこの石(ストーン)を溶かせる。もう戻ってこないの? 嵐は去った。窓の外の地平線に、空がこの色になるまで、きみを深くゆっくりと犯した夜を思い出す。

 もうきみのことは考えられない、痛みに飲み込まれてしまう。貴重なセピア色の写真のように、きみの記憶をしまっておかなければならない。きみに伝えたいことはまだたくさんある。

 この手紙を郵送することはできないから、女性の思い出を安全に保管してくれる場所に送ろう。いつかこの大都会を通りかかったとき、立ち止まって読んでくれるかもしれない。読まないかもしれないけど。

おやすみ、愛する人。

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