13

 彼女は一週間ほど前にコンビニのアルバイトを辞めた、と言っていたが、今日彼女が寝ている間に電話があった。声は男のもので、店長を名乗っていたが、どうも無断欠勤を続けているらしい。私は確認してから折り返すように伝えますと言って、その電話を切った。


 昨夜はセックスをする前に彼女がどうしても飲みたいと言ったので、缶チューハイとワインを少し買ってきて、二人で飲んだ。私もそう強い方ではないが、彼女はすぐに顔を赤くして私に項垂れ掛かり、あれこれとする前に眠ってしまった。


 声を掛けて起こそうとしたが、まだ頭が痛いらしく、私は仕方なく彼女が回復するまでゆっくり寝かせてあげようと思い、一人、外出をした。


 けれど一人のつもりだったのに、その日は隣に酒林がいた。この一週間、いや十日ほど、姿を見せていなかったのに、死の予定日が近づいてきたからか、様子が気になったのか、私のすぐ隣を彼は歩いていた。当然何も言わない。表情も特段、変化はない。

 それでも構わず、私は彼に幾つか疑問に思っていたことを尋ねた。


「そもそも何故、死刑だったんだ。他にも方法があっただろう。例えば安楽死とか」


 酒林は軽く首を横に振る。


「知っているさ。安楽死がそう簡単に認められないことは。でもそんなものだって上手くやって、医師のお墨付きさえ貰えれば可能だろう?」


 だが酒林はその意見に口元に薄ら笑いを浮かべただけだ。


「この国で死にたかったというのなら、確かに死刑は一つの選択肢だろう。でもあの時、誰かを殺してと言った君の頭の中には確実に私がいた。本当は君は私を殺したかったんじゃないのか?」


 そのことをずっと考えていた。自分の友人を殺す。死刑になる為、という方便で殺す。それを果たして実行できるのだろうか。自分が死ぬ為に誰かを殺そうという時、それが見ず知らずの他人であれば考え方によっては人形を突き刺すようなものかも知れない。けれどその対象が知人となると、これは大きな抵抗となる。相手を憎んでいるならいい。その憎しみや怒りの感情に任せて殺してしまうということも可能だろう。しかし、そうではない、寧ろ親しかった人間を殺そうというのは生半可な覚悟では成し遂げられないだろう。それでも殺せるというなら、やはり何かしら思うところがあったのかも知れないと考えるのが道理だ。


「もう君の言葉は聞けないことは知っているよ。それでも思う。何故、私を殺してくれなかったのかと」


 死が近づいている、という感覚は三月二十日よりもずっと強くなっているのを感じていた。今回は殺される訳ではない。自分たちで死を選択することになる。それでも人生のエンドポイントはそこに決められている。予定よりも三ヶ月半ほどズレてしまったが、今度は他者が介在しない分、確実にその日を迎えられるだろう。


 それでも思うのだ。あの日、私を殺すはずだった酒林が先に死んだのは、どういう嫌がらせなのだろうかと。


「なあ酒林。君には本当は私を殺すつもりはなかったんじゃないか?」


 彼は何も答えない。


「本当はずっと死に場所を探していた私に、仮の死の予定日を与えて、考え直すように仕向けたかったんじゃないか?」


 そんな風に思うこともある。


「君も分かっていると思うけど、最近、大垣さんは本当は死にたくないんじゃないかということに気づき始めた。おそらく彼女は死なない。死を選択しない。そういう場合に私が取るべき手段は二つだ。一つは彼女を殺してから自殺する。もう一つは彼女を死ぬことから解放して、別れること。この場合、彼女は私の死というトラウマを背負うかも知れない。どちらにしても私は死ぬ。それだけが確定事項なんだ」


 酒林はまるで好きにすればいいとでも言わんばかりに私に背を向けると、右手を軽く挙げ、往来が激しい道路へと入っていく。何度も彼を車が轢いた。彼は跳ね飛ばされ、肉片になり、それでもどこか嬉しそうだった。

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