002

「店長、お客様の忘れ物届けてきます」


彼はさっき店を出たばかり。

追いかければまだ駐車場にいるかもしれないと店を飛び出したわけなのだけど、彼の姿はどこにも見えず。


「あー、もう帰っちゃったかなぁ」


半ばあきらめ状態で念のため駐車場をぐるりと一周してみると、ラーメン店の隣にあるコンビニから出てくる彼を発見した。


少し遠目からでも分かるバランスの取れたシルエットは紗良の推しの彼に違いない。


「すみませーん!」


手を振りながらバタバタと駆け寄ると、彼は不思議そうな顔をして首を傾げた。


「ん? 俺?」


「そうです、お客様です。本、お忘れですよ」


紗良が本を掲げると、彼は「あっ!」と短い声を上げた。


クールに本を読んでいるか静かにチャーシュー麺を食べている顔しか知らない紗良は、初めて見る彼の表情に新鮮さを覚えて心臓がドキリと高鳴った。


「すみません、うっかりしていました」


声も初めて聞く。

少し低くて、でも優しい声。


彼の声が聞けるなんて今日はラッキーデーだ。


「いえいえ、間に合ってよかったです。では――」


「あのっ」


ペコリとお辞儀をして戻ろうとしたところを呼び止められ、今度は紗良が首を傾げる。


「はい?」


「あー、えっと、またラーメン食べに行きます」


「はいっ! ぜひまたいらしてください。お待ちしていますね」


ニコっと営業スマイルで返せば、彼もニッコリと微笑んだ。


月夜に照らされた彼の顔はとても綺麗で、『神様、イケメンとの触れ合いをありがとうございます』と思わず拝んでしまうほど。


(今日は何だか得した気分)


何でもないことなのだけど、推しメンと触れあえたことで明日からも頑張れる気がした。

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