9.治癒の代償


 報酬は今夜、食堂にて支払われる事になったので、身体を休めるために一度宿に戻る事に。


 戻り際、テントに運ばれて行く重症患者を見かける。

 その傷は深く、並の【治癒】使いでは対処出来ない状態だ。

 ほぼ全ての【治癒】使いは軽傷までしか治す事は出来ず、骨折や大怪我、欠損以上は【治癒】以外の方法で治すしかないとされており、それは実質綺麗に治らないのと同義だった。


「なあレオ、あそこのテントちょっと覗いてみないか」


「うん、僕も気になってた、でも良いの?」


 フレデリクの杖を使っての【治癒】、それは最上級の効果で、それが発覚すればまず間違いなく聖女として祭り上げられ、レオと旅など出来なくなるだろう事は予想出来た。

 だから2人は事前に、むやみに【治癒】を使わないようにしようと話し合っていたのだ。

 この力はレオの為だけに使おう、と。


 しかし、現実に大怪我をした人を目の当たりにして、それを治す力があるのに見て見ぬ振りが出来るようなフレデリクでは無かった。


「【治癒】を使うかどうかは置いといて、どんな状況か確認だけでもしておきたいと思ってな」


「フレデリクらしいよ」


「どういう意味だよ」


「褒めてるんだけど」


 フレデリクは口を尖らせながらテントを覗くと、そこには10人程度の重症者と思われる人々の姿とうめき声があった。

 あの時のレオと同様に腹に穴が開いている者、片腕を失くしている者、両足が砕けている者など様々だ。

 幸いな事に此処にいる者はまだ死んではいない、まだなんとか生きている。

 悲惨な光景を目の当たりにしてフレデリクは決意した、まだ自分なら救える、と。


「……レオ、頼みがある。【治癒】を使ったら、直ぐに俺を抱えて此処から離れてくれ。誰にも見られないようにな」


「うん、分かった」


 フレデリクはフードを目深に被り、顔や髪を隠してテントに入る。

 そして目立たないように座り、杖を構えて、【治癒】の効果範囲を広げて発動させた。


 杖が眩しく光り、テント内全てが大きく光り輝き、包まれ、効果が発動した。


 腹の穴が塞がり、腕が再生し、両足も元通りになり、テント内の人は全ての症状が回復した。さらにそれだけではなく、皆が皆、生気が蘇ったように元気になる。


 翻って、フレデリクは激しく消耗し、そのまま倒れそうになる。

 レオが受け止めて、背負ってテントから出て、出来るだけ人目につかないように走ってその場を立ち去った。


 テント内で光が収まる頃、何事かとテント内を確認しに来た人々は驚く事になる。

 全ての重症者が何事も無かったように回復し、さらに生気に溢れているのだ。

 元重症者達は皆が皆、喜び、回復を祝い、抱き合い、奇跡を謳歌していた。


 ただ、何故そうなったのか、誰がしたのかなどの謎はその時点では解けなかった。

 あれほどの効果、そして輝きが起こるなど、【治癒】でこれほどの現象を今まで目にした者はおらず、これが【治癒】だと思う者などいなかったからだ。

 これは後に『ライリー村の奇跡』と呼ばれる事になる。


◇◆◇


 レオはフレデリクを抱え、宿に走っていた。

 フレデリクの消耗は激しく、顔色も悪く、体温は下がっているように感じた。


 宿に着き、部屋に戻ってベッドに寝かせる。

 

 やはり身体の体温も下がっているようで、手やおでこやほっぺたを触ると明らかにひんやりしていて、まるで身体のエネルギーを全て使い切ってしまったかのようだった。

 あれほどの【治癒】を発動したのだ、その反動や消耗は計り知れない、それだけの事をフレデリクはしたのだ。


 このままではフレデリクの命も危ないと悟ったレオは何か手は無いのかと考えた。


 まず水分と栄養を摂らせる為にスープを飲ませる。


 そして身体が冷えているという事は、単純に考えて温めれば良いのではないか、そう思い至る。

 でもどうやって?


 1.【火炎】や【火焔剣】で温める……駄目だ!火の加減は出来ても火は火だ、危険すぎる。それにその状態をフレデリクが回復するまで維持出来ない。

 2.お湯をフレデリクに掛け続け、温める……【火焔剣】を水につけてお湯を作るはのいいとして、フレデリクに掛けて温めるのはどうなんだろう、やっぱり熱すぎて火傷するんじゃ?それに冷めるまで待つような時間もない。

 3.自らの身体でフレデリクを包み、抱きしめ、熱を分けて温める……いや、駄目だろこれは、凄く恥ずかしいし、フレデリクが起きたら絶対に怒られる。


 どれも駄目だ、一体どうしたら……1と2は危険すぎるし論外だ。

 そうなるともう、3の身体で温めるしかない。今の僕に出来る事はそれくらいしか無い。


 それに寒い地方では遭難した時に人肌で温めあうって聞いた事があるし。

 でも……ああもう、どうしたら。


 ちらりとフレデリクを見ると、色白の肌の色が一層白くなっていて、それに苦しそうだ。


 ……恥ずかしいとか怒られるとか、悩んでいる場合じゃない!!

 レオ!僕がフレデリクを守るって決めたんだろ!ここでやらないときっと後悔するぞ!フレデリクを失っても良いのか!!

 そう自分に言い聞かせ、決心する。


 深呼吸し、一度心を落ち着かせる。

 まず自分の服を脱ぎ捨て、次にフレデリクの服を心の中で謝りながら脱がした。


 フレデリクの裸体が晒される、血色の少ない白色の肌と黄金の髪はとても綺麗で美術品のようだ、そしてメリハリのある均整のとれた身体つきと併せてこの世の物と思えない神々しさを備え、苦しそうな顔すら美しく、レオの心を奪った。


 レオは熱に浮かされるように見入りながらも、フレデリクに上から覆いかぶさり、布団を被った。

 そしてフレデリクを抱きしめ、首元に顔を埋め、こんな状況でありながらもフレデリクの匂いを、感触を、僅かな熱も、全てを味わう。

 フレデリクの身体はすっかり冷えていて、寒気を覚えるほどだったが、レオの身体は興奮で全身が熱く、それがフレデリクに熱を伝える形になっていた。

 フレデリクもレオの熱を求めるようにレオに抱き着き、足を絡ませ、身体を密着させた。

 完全にフレデリクに魅了されたレオの興奮はとどまる事を知らず、貪るようにフレデリクの身体に余す所無く密着し、撫で回し、熱を伝え、フレデリクに夢中になる。


 どれほどの時間が経っただろうか、暫くの後、それが少し落ち着いてきた頃、段々とフレデリクの身体に熱が戻り始め、顔色もよくなりつつあった、離さないようにしっかり抱きしめつつも、レオは安堵で緊張が解けてきて、フレデリクの心地良さにそのまま眠ってしまった。


◇◆◇


 何だか暖かい、優しくて大きな何か、布団か毛布、いやそれ以上に芯から暖めてくれるモノに包まれている様だ。

 圧迫感は……有るには有るが程よい圧迫感だと感じる。

 俺は確か、テント内全員に【治癒】を掛けて、気を失ったんだったか。

 レオは俺の言った通りにあの場所から無事に離れてくれた事だろう。

 

 さて、そろそろ目を覚ますとするか。


 ……。


 目を開けるとそこには、何者かの太く逞しい首があって、俺はどうやらその男に抱き締められているらしい。

 ──って!?あれ!?俺……服は!?


 裸同士でその男と密着し、抱き締められ……え?……まさか!?


 俺……男と……!?嘘だろ……。


 まてまて落ち着け、顔を上げて、この男が誰か確認しなければ。


 レオであってくれ!……いや違うだろ、レオでも嫌だろ、何言ってんだ。

 そりゃ見知らぬ男よりはマシかも知れない、だけどそれはマシってだけだ、嫌なもんは嫌だ。


 ……よし!覚悟を決めて、顔を上げるぞ!


 恐る恐る顔を上げて確認する。


 ──レオだ。

 心なしかホッとする、見知らぬ男じゃなくて良かった。

 いや良くはないけど。



 もしかしてレオのやつ、考えたくも無いが、俺が気を失ったのを良い事に手を出したのか?いや……まさか……。


 いやいや、レオはそんな事をするやつじゃないのは俺が一番良く知っているはずだ。そうだろう?

 そうじゃないと困る、俺の見る目が間違っていた事になる、親友のレオはそんな事はしない、はずだ。

 こんな状況じゃなければ強く言い切れるんだけど。


 となると、この状況になっているのはきっと何かあったはずだ、理由があるはずだ。

 

 裸で抱き合うような状況になる何かが、有るのか?

 ……!!

 一つ思いついた、寒い地方で遭難者は身体を温めあうという、それだ、そうであってくれ。

 

 つまりこういう事だ、俺は力を全て使い果たし、気を失った。

 しかし、それだけじゃなく、身体の生気も全て使い果たし、身体が冷えていた。

 だからレオは仕方無く、嫌々ながらも俺と裸で温めあった。

 これだ。これなら筋が通る。


 そうだな、レオも俺と裸で密着とか嫌だっただろうしな。だが緊急事態だ、そうも言ってられなかったんだろう。


 理由さえ分かればスッキリする、段々と視界がクリアになってきた。


 そうなると視界に大きく映るレオの逞しく太い首筋、今の俺とは全く違う、鍛えた男のそれ。

 そして大きな胸板、俺の脂肪の塊とはわけが違う、発達した胸筋と腹筋。

 レオが服を着ている姿からは全く想像出来ない細めの体躯に似合わないゴツゴツとした筋肉。


 そして俺の背中に回されている細いのに逞しい腕、力強さと安心感を与えてくれる。

 最近はこの腕が俺を守ってくれている。


 さらに腹筋から下のそれ、男の生理現象だと思われる熱く硬くなっているそれは、俺の下腹部に押し当てられている。

 ……なんかショックだ、だって俺のより結構、いや、そう、ほんのちょっぴりだけ大きい気がするからだ。

 

 俺も呪いを解いて早く男の身体に戻りたいものだ、そうすればレオの身体を羨ましがる必要なんてないのに。


 この状態、そろそろ腕をほどいて欲しくなってきた、だって生理現象で仕方が無いとはいえアレが押し付けられてるんだぞ、気色悪い。


 フレデリクは腕をほどいて貰うためにレオを起こす事にした。


「おいレオ!起きろ!んでいい加減ほどけ」


「……ん、あ、あ!?フレデリク!?」


「おう、おはよ」


「お、おはようフレデリク、その……気分はどう?」


「ああ、最悪だ」


「え!?まだどこか調子が悪い所があるの!?何処が悪い?言って欲しい」


「だー!違う、そう言う意味じゃねえ、調子狂うな全く。いいから身体をほどけ」


「あ、ご、ごめん、それじゃほどくね」


 レオはフレデリクの背後に回した腕をほどいた。


「後はフレデリクが手と足をほどいてくれると動けるんだけど」


 フレデリクは無意識の内に熱を求めてレオの背中に、足に、手を回し、足を絡めていた。


「ん、あれ?気付かなかった、すまんすまん」


 レオに言われて始めてそれに気付き、照れつつ手足をほどく。


 レオは直ぐにフレデリクの裸体を見ないように後ろを向いた。


「それじゃ、後ろ向いてるから服を着てよ」


「え?あー、別に今更だろ、それに俺の意識は男だぞ、他のやつなら兎も角、レオに見られる分には気にしねえよ。まあ服は着るけどよ」


 フレデリクはさして気にする様子もなく、服を着始めた。


 フレデリクからは視線の位置が下がっただけで景色は変わらず、見える物その物は変わっていない。

 レオはレオのままだし、自分自身にしても女である事を忘れてしまうくらいには映るものに変化は無い。

 だから男の時と同様にレオと接するし、身体を見られてもなんとも思わない。


 しかしレオは違った。

 もはやレオはフレデリクを男として見る事は不可能だった。

 フレデリクは親友だ、しかし、その身体は男では無い、女の子なのだ。

 フレデリクの美しい裸体を、感触を、柔らかさを、匂いを、熱を、凛とした声を覚えてしまった。

 男の姿も思い出せる、だけど、それでも、綺麗な金髪の可愛い巨乳美少女なのだ。


「着替え終わったぞ、レオも早く着替えろよ、色々聞きたいこともあるしな」


「そうだね、僕もちゃんと説明しないと誤解されてそうだし、ちょっと待ってて」


 フレデリクは全裸から着替えるレオをジッと見ていた。


「あの……そんなに見られると恥ずかしいんだけど」


「あ?何恥ずかしがってんだ、其れこそ今更だ。良いよなーレオはちゃんと筋肉付いててよ、俺なんかコレだからな」


 フレデリクはそう言って力こぶを作り、細くふにふにの腕を嘆いた。

 レオはその仕草も含めて可愛いと思ったが言うときっと怒るので黙っていた。


 レオは背中を向けて着替え終わり、フレデリクに事の経緯を話し始めた。

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