第62話 謀反の帰結①

 バッハシュタイン公爵領軍を壊滅に追い込んだ戦闘から数日後。オストブルク砦には、王国各地からの援軍が集結を進めていた。

 既に到着しているのは、距離的に最も近く、フェルディナント連隊に次いで即応体制の整っているアルブレヒト連隊からおよそ五百の兵力。そして、バッハシュタイン公爵領に近い各貴族領の領軍が数百。


「今しがた、いよいよ王太女殿下の先触れも到着したみたいだぜ。お綺麗な大隊がついに戦場にご登場だ」

「お前、近衛隊が到着したら頼むからその揶揄は出すなよ。部下たちにも徹底させておけ」


 フリードリヒたちのもとへ報告に来た騎士ヤーグに、オリヴァーが呆れ顔で注意する。ヤーグは了解の意を示しながらも、悪びれた様子もなくへらへらと笑う。

 フェルディナント連隊やヒルデガルト連隊、国境沿いの貴族領軍は、実力は高いと言われつつも実戦に投入されることがほとんどない近衛隊への揶揄として「お綺麗な大隊」などと呼ぶことがある。末端の兵士たちなどはもっと容赦なく、エリート部隊への皮肉を込めて「お飾り大隊」などと呼ぶことも。

 当然、連隊内で下品な冗談として言う分にはともかく、近衛隊の前で口に出せば問題となる。


「……王太女殿下が到着されるなら、僕はホーゼンフェルト閣下と一緒に出迎えないとね」

「オストブルク砦奪還の功績もあるんだ。きっと殿下からはお褒めの言葉を賜るだろう。胸を張って行ってこい」


 フリードリヒが立ち上がると、オリヴァーがそう声をかけてくる。フリードリヒは微苦笑交じりに頷くと、マティアスのもとへ向かうために歩き出す。ユーリカがその後ろに続く。

 各部隊の騎士や兵士でごった返す砦の中を進み、司令室でマティアスとグレゴールと合流。彼らと共に砦の東門へ移動すると、そこには他にもアルブレヒト連隊を率いてきたレベッカ・アイゼンフート侯爵や各領主貴族たちが集まってくる。

 そしてしばらく待っていると、王家の旗を掲げた一行が街道上に現れる。その先頭でグスタフ・アイヒベルガー子爵ら近衛隊の最精鋭に囲まれて、王太女クラウディアが白馬に騎乗していた。


「王太女殿下。お待ちしておりました」


 レベッカと共に進み出たマティアスが、そう述べながら馬上で一礼する。居並ぶ皆と共に、フリードリヒも彼に倣う。


「出迎えご苦労。皆、面を上げてくれ」


 王太女の許しを受けて、フリードリヒたちは顔を上げる。

 いつもと変わらない。少なくとも表面上は。

 クラウディアを見たフリードリヒはそう考える。当然と言えば当然。王家が揺らいでいるこの状況で、強き王太女たる彼女が貴族たちに弱った顔を見せるはずがない。


「状況を説明してくれ。歩きながら聞こう」


 砦に入って馬から降りたクラウディアは、司令室のある主館に向かいながら命じる。


「はっ。まず、現時点で集結しているのはアルブレヒト連隊が五百と、貴族の手勢が総勢で三百ほど。こちらは最終的に五百程度まで増えるものと思われます。加えて、稼ぎ時と見た傭兵たちも数百が集まってきています。また、ヒルデガルト連隊も、騎士ディートヘルム・ブライトクロイツ率いる五百が明日にも到着する見込みです。最後に、我らフェルディナント連隊は九割以上の兵力が未だ健在となっています」

「総勢で三千弱か。そこに我が近衛隊が三百と、王領の徴集兵を加えて……こちらの兵力は四千を超えるだろうな。上出来だ」


 傍らに付き従うマティアスの報告に、クラウディアはそう答える。


「次に、敵側の状況です。バッハシュタイン公爵領軍は既に壊滅状態であり、戦える兵は三百にも届かないものと思われます。また、斥候を出して確認したところ、アレリア王国の兵力は現時点で二千程度となっています」

「ということは、ノヴァキア方面からも相当な数の兵を引き抜いてきたか。大した度胸だな」


 アレリア王国がエーデルシュタイン王国に対峙させている兵力に、大きな動きは確認されていない。敵もロワール地方の防衛や治安維持兵力を完全にがら空きにはできない以上、仕方のないことだった。

 にもかかわらず、アレリア王国は一定の兵力をバッハシュタイン公爵領に侵入させている。東部方面軍のうち回廊近くに置かれていた戦力だけでなく、ノヴァキア王国との国境に対峙させていた北部方面軍の一部兵力を、回廊まで引っ張ってきたものと推測されている。

 エーデルシュタイン王家がそのことに事前に気づけなかったのは、そちらの方面の諜報をバッハシュタイン公爵家に任せていたためだった。

 エーデルシュタイン王国ほど常備兵力も即応体制も整っていないノヴァキア王国の眼前から一時的に兵力を引き抜いても、ノヴァキア王国が逆襲に出る可能性は低い。とはいえリスクは確かにあるわけで、それにも関わらず二千もの兵を移動させてエーデルシュタイン王国への奇襲を成すのはなかなか思いきった策と言える。


「戦力ではこちらが上で、拠点たるオストブルク砦の支配権も維持している。現状では勝ち目は十分だ。これもフェルディナント連隊が砦を奪還し、バッハシュタイン公爵領軍を壊滅状態に追いやってくれたおかげだな。よくやった」

「恐縮にございます。オストブルク砦の奪還に関しては、我が継嗣フリードリヒの策があったからこそ成し遂げられました」


 マティアスが答えると、クラウディアはフリードリヒを振り返る。


「大手柄だな、フリードリヒ。ホーゼンフェルト卿が見出したお前の才覚は本物のようだ」

「……お褒めに預かり光栄の極みに存じます、王太女殿下」


 状況を考えると、あまり呑気な顔をして喜ぶこともできない。フリードリヒは努めて生真面目な表情で一礼するに留めた。


「兵力が揃い次第、逆賊どもを駆逐し、異国の軍勢を撃滅できるな?」

「はっ。準備は抜かりなく進めております……ただ、場合によっては、アレリア王国は戦わずして手を引くかもしれませんが」


 クラウディアの問いかけに、マティアスは自身の考えをそう語った。


・・・・・・


 アレリア王国軍の新たな部隊と共に、指揮を担うツェツィーリア・ファルギエール伯爵がバッハシュタイン公爵領へと入った。

 本来はあと一週間ほどかけて本国で軍勢を集結させ、大部隊を連れて最後にやってくるはずだったが、現状を鑑みて精鋭の手勢のみを連れ、彼女はエーデルシュタインの地を踏んだ。


「念願のエーデルシュタイン王国侵入を果たした身で、手引きしてくれたあなた方にお会いして早々にこのようなことを申し上げるのも心苦しいのですが……バッハシュタイン公爵閣下。もう滅茶苦茶ですね、あなたの計画は」


 呆れ交じりの苦笑を隠さずツェツィーリアが言うと、彼女を出迎えたエルンストは眉間に皺を寄せて黙り込む。その隣で、コンラートが気まずそうに目を伏せる。

 国が違うとはいえ、大領を治める公爵と領地を持たない宮廷伯。格ではエルンストの方が明らかに上。にもかかわらずツェツィーリアから開口一番このように言われ、しかしエルンストはとても反論できる立場ではなかった。


「オストブルク砦の奪還に失敗し、敵の罠に自ら嵌りにいって公爵領軍を壊滅させ、今や戦力はアレリア王国側の兵だけが頼り。あなたが最初にこちらへ持ち込んだ話とは随分と違いますね?」

「……ああ、卿の言う通りだ」

「ははは。私の言う通りだと仰いながら、そんな恨みがましい目をしないでいただきたい」


 険しい表情で重苦しく頷くエルンストとは対照的に、場違いなほど明るく笑いながら、ツェツィーリアは言う。


「これでも、私たちも精一杯やっているんですよ。冬明け直前に無茶を言われ、懸命にそちらの都合に合わせようとしたんです。あなたにはご経験がないでしょうが、分散して配置された数千の兵を動かすのはとても難しいことなんですよ。現実問題として、こちらの軍制はエーデルシュタイン王国ほどには洗練されておらず、即応性も低い。にもかかわらずあなたの要望に応えようと努めたんです。私が本国でどれほど忙しく動き回っていたか、想像していただきたいものです」


 王都と公爵領都レムシャイト。レムシャイトと、ツェツィーリアの拠点であるロワール地方首都トルーズ。それらの間を情報が行き交うには時間がかかる。冬の後半にコンラートが知らされたフェルディナント連隊による後詰めの件が、秘密裏にツェツィーリアのもとに届けられたのは冬明けも近づいた頃だった。

 砦の奪取と全体の進軍開始を早めたいので、予定より早く兵を集めてほしい。土壇場になってそのような無茶振りをされたツェツィーリアとしては、いくら文句を言っても足りない。


「そうして私が駆けずり回っている間に、あなた方も計画遂行に努めてくださっているものと、思っていたのですが……」


 反論の余地のないエルンストをいびるように、ツェツィーリアは頬をかきながら呟く。

 ツェツィーリアの奔走に対して、エルンストの側は何もできていない。

 今頃はオストブルク砦を奪取し、公爵領軍の本隊と騎士セレスタン率いるアレリア王国の先発隊を前進させ、王領の目の前に橋頭保を築いているはずだった。しかし現実は違う。逆にエーデルシュタイン王家の側がオストブルク砦を橋頭保として公爵領の目の前に軍勢を集結させており、おまけに公爵領軍は見るも無残な有様となっている。


「……それで、バッハシュタイン公爵閣下。そしてコンラート・エーデルシュタイン王子殿下。ここからどのように逆転を成すおつもりですか? 何か挽回の策がおありで?」

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