第29話 軍議②
「……さっきの罠の提案もそうだが、フリードリヒ、凄いな。少し前までの緊張しきった様が嘘のようだ」
小さく目を見開きながら、オリヴァーが言った。
「そうかな?」
きょとんとするフリードリヒに、皆が頷く。
「ああ。三倍の敵に対峙されているというのに、俺たちよりも立ち直りが早い」
「新米の初陣とは思えねえな」
「本当ね。正直、賢いだけで戦場でどれだけ役立つのか疑問だったけど。閣下があなたを見出した理由が分かった気がするわ」
「いざとなればそんな風に肝を据えられるから、去年の盗賊騒動も乗り越えられたのか?」
口々に言われ、フリードリヒは微苦笑を浮かべる。
「なんていうか、もう危機から逃れようはないし、勝たなきゃ生き残れないって考えると……自分の緊張とか、状況がどれだけ不利かとか、全部どうでもよくなって。どうやって危機に打ち勝つか考えることだけに自然と意識が向く感じというか。確かに、盗賊と戦ったときもこうだったよ」
「盗賊討伐のときのフリードリヒも凄かったんだよぉ。どんどん策を編み出して、ボルガの住民たちに効率的に指示を出して、盗賊が真正面から来ても逃げなくて。格好よかったんだよぉ?」
フリードリヒの隣で、ユーリカが胸を張りながら我がことのように自慢げに言った。
「戦場ではこれ以上なく頼もしい気質だな……さっきお前が言ったことは正しいと俺も思う。伝令自体は送った上で、とにかく敵の攻勢を一度は退ける策を練ろう」
夜間の移動となれば、どんな故障が発生するか分からない馬よりも徒歩の方が確実に本隊のもとへ辿り着ける。そう判断したオリヴァーが、体力に自信のある兵士二人を選んで発たせた後、軍議が再開される。
「フリードリヒ。試しに聞くが、もう策があったりするのか?」
「……せっかく隘路が戦場なんだし、一部の兵を側面の森に潜ませた上で敵を山道に誘引して、その横腹を伏撃するのはどうかな? 敵に大打撃を与えられたら、撤退に追い込んでその後しばらく大人しくさせられると思うけど」
「伏撃は良い案だが、問題は兵をどう分けるかだろうな」
オリヴァーは腕を組み、厳しい表情で答えた。
「敵は三百人。山道に入れば隊列も伸びて側面を突きやすくなるとはいえ、伏撃を仕掛けて撤退に追い込むほどの大打撃を負わせるなら、伏兵もそれなりの数がいる。最低でも三十人、できれば五十人は欲しい」
「ということは、山道で敵を待ち構える方はそれだけ人数が減ってしまうわけか。百人の部隊が五十人に減っていたら、いくら何でも敵に気づかれるし、伏兵を疑われるね」
最後まで説明されずとも、フリードリヒもこの策の実現が厳しい理由を察する。
「何か他の策を考えるか」
「いや、ちょっと待って…………」
皆が視線を向けてくる中で、フリードリヒは顔を伏せて長考する。
数十秒後、顔を上げて空を仰ぎ、そしてオリヴァーに向き直る。
「オリヴァー。ここの近く、今からあまり無理せず往復できる距離……できれば徒歩で片道一時間くらいの圏内に、人里はある?」
質問の理由を分かりかねながらも、オリヴァーは頭の中に叩き込んでいる国境地帯の情報を思い出し、口を開く。
「……俺たちが山道まで西進する際に通った道を逆に行くと、村がひとつある。平時にこの山道を利用する者向けの宿場を兼ねた農村だ。ここから徒歩一時間と少しで着くだろう。それと、山沿いに南に一時間ほど進むと、山の麓に別の村がある。山での狩猟と森での炭作りを生業にする村が。それとは逆に、北に半時間ほど戻って山の麓に行けば、そこにも別の村がある」
小規模とはいえ交易路の近くなので、人里はそれなりに多い。一応は国境防衛の要所のひとつなので、それらの村については情報を把握していたとオリヴァーは語る。
「それぞれの人口は?」
「東の村が二百人ほど。南北の村はそれより少なかったはずだが……まさか農民を徴集するつもりか? さすがに、明日の戦いに向けて今から農民の男連中を動員しても、数も限られるし、形成を逆転できるような戦力にはならないぞ?」
怪訝な顔になるオリヴァーに、フリードリヒは首を横に振る。
「徴集はしない。志願兵を募る」
フリードリヒの考えた策はこうだった。
まず、周辺の村に遣いを出し、戦いへの志願者を集める。
敵軍が山道を越えてこの一帯に侵入し、荒らし回ろうとしている。侵入されればこの辺りの村はただでは済まないだろう。それを防ぐための作戦に従事する志願兵が欲しい。
志願兵は戦う必要はない。支給される装備を身につけ、王国軍の部隊の後ろに並び、こちらの兵力を水増ししてみせるだけでいい。いざ戦闘が始まれば全隊で後退するので、志願兵たちが直接戦闘に加わる可能性は低い。
報酬は一人あたり五〇〇スローネ。一般的な肉体労働者の日当の十倍近く。頭脳労働者の日当の相場と比べても数倍。まさに破格。
以上の条件を、ホーゼンフェルト伯爵家の従士フリードリヒの名において保証する。志願して務めを果たした者は、ホーゼンフェルト伯爵のもとで国を守って戦い、勝利した栄誉を得るだろう。
こう伝えれば、家族や財産を守りたい者、マティアス・ホーゼンフェルトを英雄視する者、金を稼ぎたい者が志願する。五十人程度なら集まるはずだとフリードリヒは考えた。
そうして集めた志願兵五十人を、王国軍人の一部とすり替えて百人の隊列の後衛に置く。すり替えた王国軍人五十人は、山道の側面、森に覆われた斜面に伏兵として潜ませる。
明日の早朝、敵が本格的に動き出すであろう時間よりも早く、百人の隊列で山道を越えて敵の野営地から見える場所まで出る。こちらの隊列を晒すことで、こちらの別動隊百人が依然固まって行動しているよう印象づける。
敵が攻勢を仕掛けてきたら応戦しつつ山道まで下がり、頃合いを見計らって伏兵が奇襲を仕掛ける。それで打撃を与えて退却に追い込めれば良し。敵将の首をとれればなお良し。
伏兵を隠し通せるかどうかについては運も絡むが、ここにある装備と今から用立てられる人員でとれる策としては、成功が見込めて効果も大きいのではないかとフリードリヒは語った。
「どうかな。正直、今の僕にはこれ以上の策が思いつく気がしないけど……」
「……フリードリヒ、お前やっぱりすげえな」
誰かがぼそりと言ったのを皮切りに、皆が口々にフリードリヒの策を褒める。関心と、少しの畏敬を込めて。
「後衛に並ばせる志願兵たちには、予備の装備を身につけさせればいいか。正規の王国軍の装備を身につけ、ただ後衛に並んでいるだけなら、ただの農民と気づかれることはあるまい。足りない分は伏兵に回る者たちの装備を貸すとして……なあフリードリヒ。まさか、こんな事態を予想して予備の装備を持ってこさせたのか?」
「いや、それに関しては本当に偶然。あとは従士長にも言った通り、ただの勘だよ」
「……そうか」
オリヴァーは関心と呆れがない交ぜになったような微笑を浮かべた。
「策に関しては、悔しいが俺はお前以上のものを今出せる気がしない。指揮官として、お前の策を確実に実行することに努めよう」
そう言って、オリヴァーは騎士と隊長格の者たちを見回す。
「三つの村には、騎士一人に兵士三人をつけて向かわせる。伏兵に回る者は今夜は早めに眠り、明朝、夜が完全に明ける前に森に入らせる……戦闘になれば敵に斬り込む伏兵の方が危険だろうし、奇襲の機を見る必要があるから、俺はそちら側の指揮を務めよう。敵を山道に誘い込む百人の方はヤーグが指揮してくれ。次席はノエラだ」
この別動隊で最年長の騎士と、連隊内でも有数の実力者として知られる女性騎士が、それぞれ了解の意を示す。
「さあ、早速とりかかろう。あまり時間の余裕もない」
オリヴァーのその言葉で軍議は締められ、各々が自身の役割を果たすために動き出した。
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