第9話 盗賊襲来①
かつて、ゲオルクは傭兵だった。総勢百人を超える傭兵団を率い、その家族も含めた三百人近い集団を連れ、アレリア王国の北に位置するミュレー王国の王家に雇われていた。
ゲオルクたち傭兵に任されたのは、汚れ仕事だった。野心旺盛な当代アレリア王による侵攻を少しでも遅れさせるため、越境しての遊撃戦を命じられ、アレリアの兵士はもちろん無辜の民も害した。田畑を荒らし、家を焼いた。
そして昨年、ゲオルクたちのそれまでの奮闘は何らの意味を成さず、ミュレー王国はアレリア王国との決戦に敗れた。今、かの国はアレリア王国に併合されている。
敗戦後、ゲオルクたちは雇い主であるミュレー王に売られた。民の殺害や村落の破壊の責任を全て押しつけられ、家族ごと身柄をアレリア王に引き渡された。
自身の領土に踏み入り、自身の財産を損壊したゲオルクたちに対し、しかしアレリア王は慈悲を示した。
アレリアの土地と民を踏みにじったその経験を活かし、東のエーデルシュタイン王国の社会に混乱をもたらせ。かの国との国境であるユディト山脈を越えて盗賊行為をはたらき、山脈に守られているからと油断しているエーデルシュタイン貴族の領地を荒らせ。
そうすれば、まずはユディト山脈へと発った時点で、家族がアレリア王国民として生きることを許す。エーデルシュタイン王国の領土を荒らし、明確な成果――例えば複数の村落や、それらをまとめる小都市の破壊など――を示せば、ゲオルクたちの罪を許した上で傭兵として雇う。
アレリア王の提案を、ゲオルクたちは受け入れるしかなかった。
小勢とはいえ、険しいユディト山脈を越えるのには難儀した。先の戦争で百人を割るまでに減った傭兵団を引き連れて無理やり越境し、エーデルシュタイン王国の領土に辿り着いたときには、その数は七十人ほどにまで減っていた。
それでも、再び家族と生きるために、ゲオルクたちは任務を遂行している。
侵入したのはドーフェン子爵領という名の貴族領。その領都の西側辺境にあるボルガという小都市に狙いを定め、まずはその都市の主力を誘引して皆殺しにした。戦いは一方的なものになった。こちらの損害は死者三人で済んだ。
軍人や、盗賊討伐に志願するような勇敢な連中を一掃したので、残っているのは臆病者や馬鹿ばかりのはず。おまけに、殺す前に情報を吐かせた討伐隊の連中によると、ボルガの代官は軟弱で頼りがいのない男だという。いずれも実戦経験豊富な自分たちの敵ではない。
ボルガを占領し、民は皆殺しにし、奪えるものを奪って逃げる。帰路の道中にある村落をついでに荒らし回り、アレリア王国に帰る。
自分たちがユディト山脈を越えて帰還する頃には、自分たちの成果を証明する情報――大規模な盗賊襲来の噂がエーデルシュタイン王国からアレリア王国まで伝わっていることだろう。
無理な山越えで死んだ部下たちのためにも、必ず生還して家族と再会する。ゲオルクは決意を確かめながら、薄暗い空の下でボルガへの道を進む。
「お頭!」
そこへ走ってきたのは、斥候に出した部下たちだった。
「どうだった」
「あの都市の住民ども、何も抵抗する気はないみたいですぜ。門は開けっ放しで、男たちが武器を持って待ち構えてるような様子もありやせんでした。どいつもこいつも家に籠ってるみたいで」
その報告を受けたゲオルクは、不敵に笑う。
「……たわいもないな。所詮、奪われるしか能のない農民ばかりの田舎都市だ」
傭兵の子として生まれ育ったゲオルクは、父から教えられた。世界は弱肉強食であると。
弱者は奪われるのだと。弱さは悪であると。奪われるほどに弱いことが悪いのだと。
お前は常に奪う側、強者であれと。
父から傭兵団を受け継いだゲオルクの中に、その教えは今も生きている。
自分は今日、ここで奪う。そして家族のもとへ帰り、強者の側に返り咲く。
「前進だ。一気に突入して、住民どもを皆殺しにする」
ゲオルクの命令で、残り六十七人の部下たちが都市ボルガへと進む。
・・・・・・
斥候の報告通り、ボルガの南門は開け放たれていた。門の前に人の姿はなく、都市を囲む城壁から男たちが顔を出しているようなこともなかった。
討伐隊の連中は二人ほどが逃げ去ったので、住民たちがこちらのことを知らないということはないはず。その上でこの様ということは、本当にまったくの無抵抗のまま屈する気なのか。
少しは足掻く奴もいるかと思ったのに拍子抜けだ。ゲオルクはほくそ笑みながらそう考える。
二十人ほどいた討伐隊の連中、特に指揮官らしき騎士はそれなりの気概で抵抗していたが、あの連中が守ろうとしたのがこんな腑抜けた住民たちだったとは。報われない最期を遂げた騎士たちをほんの少し気の毒に思う。
「こりゃあ、都市に入った途端に代官あたりが降伏を宣言してくるんじゃねえか?」
「はははっ、そいつは楽でいいな。どっちにしろ皆殺しだがな」
部下たちが軽口を叩きながら、ゲオルクに続く。
そしてついに、ゲオルクたちは門を潜った。
門から真っすぐに伸びる大通りの奥に、中央広場らしき開けた空間が見える。そこには幾らか人影があったが、それ以外に人の姿は皆無だった。通りに面した家や店は全て、扉も窓も閉じられていた。
「都市の代表者どもが広場で出迎えてくれた上で、降伏宣言ってところですかい?」
「……いや、それにしては妙だ」
広場の人影を注視して進みながら、違和感を覚えたゲオルクは部下に答える。
降伏する気なら、代表者が門の前で待っていればいい。何故わざわざ広場で待つ。
平和ぼけした田舎都市の代官が、そこまで頭が回らないだけということも考えられるが、あるいは自分たちを広場まで通したい理由があるのか――
「っ! お頭、こりゃあ一体……」
「ああん? ……おいおい、なんだこいつは」
部下に言われて横を向いたゲオルクは、怪訝な表情で言う。
通りに面した建物の間、路地が塞がれていた。棚や机などの家具を並べ、積み重ね、人が通れないようにされていた。
門を潜ってすぐの場所では、路地がこのように塞がれてはいなかった。大通りを少し進んだところから、このような細工がなされている。
左右を建物と障害物で塞いだ大通り。これは明らかに、自分たちを誘い込んで包囲するための罠だ。誰の仕業だ。代官か。あるいはそれ以外に智慧の回る奴がいたのか。包囲して、それから何をするつもりだ。
撤退して出直すか。まずは全軍停止を命じるべきか。気にせず一気に突破するべきか。
ゲオルクが判断に迷ったその数瞬で、事態は急変した。
「ぎゃああああっ!」
「熱い! 熱いいぃっ!」
何か陶器や硝子が割れる音が響き、次いで部下たちの絶叫。
ゲオルクたち先頭集団が後ろを振り返ると、最後尾あたりで火炎が巻き起こり、殿を務めていた数人が火だるまになっていた。
燃えているのは門の内側すぐの場所。退路を塞がれた。
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