フリードリヒの戦場
エノキスルメ
第一章 それが運命と知っても尚
プロローグ
ルドナ大陸中部に存在する国家、エーデルシュタイン王国。
その西部辺境のとある小都市、教会の扉の前で、二人の男が修道女と話していた。片方の男は、手に大きな籠を抱えていた。
「――それじゃあ、後のことは頼みましたぜ」
「確かに、お預かりしました。あなた方の慈悲深き行いを、神が祝福しますように」
男から籠を受け取った中年の修道女は、二人に向けて祈る仕草を見せる。二人はそれに礼を伝えると、教会を立ち去る。
「商会長、これで満足ですかい?」
「ああ。ここでいいだろう。あいつがここでどう生きていくのかは分からないが……さすがに、そこまで責任は持てないな」
籠を抱えていた男が答えると、彼に問いかけた男は苦笑する。
「何なら、途中で捨てたってよかったでしょうに。わざわざあんなもんを抱えて国境を越えて、勝手が分からずに苦労しながら世話もして、律義なこった」
「謝礼を受け取っちまったからな。あの女は変な奴だったが、大金をくれた」
籠を抱えていた男は、依頼人の顔を思い出しながら答える。
二人は商人だった。籠を抱えた男は小さな隊商を率いて商売をしており、隣の男は部下だった。
発端は今から二週間ほど前。エーデルシュタイン王国から見て西にあるロワール王国、その王都で、彼らは身なりの整った妙な女から声をかけられた。
まるで何かに追われているように焦っていたその女は、籠を押しつけてきて、これを運んでほしいと言ってきた。国外まで運び、街道で拾ったとでも言って、どこか田舎の教会にでも預けてほしいと頼んできた。
籠の中を見た男たちは、最初は女の頼みを断ろうとした。しかし、女があまりにも必死に懇願してきたこと、そして何より、彼女が金貨の詰まった小袋を謝礼として差し出してきたことで、商会長の男は考えを変えた。
結局、その女から謝礼と籠を受け取り、元より商売のためにそうする予定だったので国境を越えてエーデルシュタイン王国へと赴き、そして今に至る。
「……どこの誰かは知らないが、せいぜい達者でな」
男はそう言いながら、最後に一度だけ、教会の入り口を振り返った。
「さあ、隊に戻って商売だ。早くしないと、せっかくの戦後の稼ぎ時が終わっちまう」
「稼ぎ時を逃しそうなのは、商会長がこうして片田舎に寄り道したからでしょう」
そんな話をしながら、二人の男は教会を離れていく。
これで、大陸の歴史における彼らの役割は終わった。
「……あなたはいったいどこから来たのかしらね」
二人の男から受け取った籠を見下ろして、修道女は呟く。
籠の中には赤ん坊が入っていた。大陸では珍しい、深紅の髪を持つ赤ん坊だった。
赤ん坊にはまだ、歴史における役割が残されている。より大きく、より重要な役割が。
質の良い布にくるまれた赤ん坊は、自身の境遇も、この先の運命も今はまだ知らずに、すやすやと眠っていた。
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