episode3
「
次の日。まだ休日の午前だというのに、幼なじみは今日も元気に、唐突に家にやってきた。
「……リコ?」
誰が入ってきたのかは声で分かっているけれど、一応聞いてみる。寝室のドアに近いベッドから玄関を覗くと、お下げ髪にそばかす、ストライプのシャツという、まるで子供のような女が立っていた。
「あーっ、昇ちゃんまた寝てる!凄い、優等生の学生時代にはぜーったいに見れなかったのに。昇ちゃんすらそんなにダレさせるなんて、教師の仕事は激務だね~。」
リコはスニーカーを脱ぎ捨てると、容赦なく家に入ってきた。流石に寝続けるわけにもいかなくて、おれもベッドから出た。
「ねーねー、あれないの?『天空大回転!』!」
「どっかにある。……暫く読んでなかったからな、自分で探してくれ。」
リコは、あちこち家の探索を始める。「お宝はっけーん!」と言いながら、拾ったクリップをカチカチと鳴らした。
……何がお宝なんだか。五百円を拾われて、そのまま彼女の所持金に加算されるわけではないので、構わないけれど。
リコの、どこか田舎娘の様な風貌も、懐かしさを醸し出す。大人になっても交流が絶えないのは、友人でも家族でもなく、『幼なじみ』の名のもとに、彼女が立っているからなのだろう。茉緒も、リコがおれの家を出入りすることに、反感は示していなかった。……いや、露わにしていなかっただけで、抱いていたのかもしれないけれど。
「……昇ちゃん。昇ちゃんってさ、私の顔見て、私が誰だかわかるよね?」
「……は?当たり前じゃん?」
茉緒のことを思い出して沈んでいたおれに、リコは唐突過ぎる問いを投げかけてきた。
顔を見なくても、声や仕草、俺に対する動作で、リコのことはわかる。物心つく前から、二十年は一緒に居たのだから、それくらいは分かる。
「……だよねー?」
リコはおれに向かって、なんとも言えない笑顔を作った。目当ての漫画を見つけたらしく、それ以降は静かになった。
ちらりと時計を見遣る。もうすぐ正午。今日は用事があるので、家を空けなければいけない。
後ろのリコの吐息を悟る。こいつが家にいるけれど、リコならいいか、と思えてしまうのは、やっぱり『幼なじみ』で、二人同士が通じているからだろう。
ジャケットと財布を手に取る音に、リコは素早く振り返った。
「あれ、昇ちゃん、出かけるの?」
「彼女と会う約束をしてる。」
おれのベッドに腰掛けていたリコは、おれのその発言に、面白くなさそうに頬を膨らませた。
「へー。なるほど。……ご立派にリア充なことで。」
「嫌味か?」
「もちろん。」
恋人に心変わりをされ、仕事場でもミスばかりで落ち込んでいる。現在のおれは、ご立派なリア充には程遠いだろうが、リコにはそう見えるのか。
おれは、リコに向かって合鍵を投げる。リコは僅かに驚いた後、素早くそれを捕まえた。鍵を鍵だと認識しないまま手に取ったらしく、それを見上げたリコの瞳には、穏やかな昼間の光が映った。
「漫画、読みたきゃ読んでていいけど、借りるなら、何を持っていったかくらいは教えろよ。」
リコは、まじまじと合鍵を見つめる。それから、正体不明の優越感に浸ったように笑みを浮かべ、大きく頷いた。
「……了解!」
顔がコロコロと変わるリコに笑いかけ、おれは家を出た。
無意識に感情を動かすリコとは違う……いや、感情の動き方を理解できていないのだから、リコとよく似た……彼女は、居るだろうか。
歳に不相応な無邪気さを湛えるリコを見て、自分の腕に爪を立てた。
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