定期嫌親

小狸

短編

 父が、ネットで小説を書いていた。


 最近はネットでも小説を発表できるのか、と感心したけれど、そこで止めておけば良かったと思った。


 その内容は、政治批判やそれに準ずる個人への批判、或いは官能的な描写が意味もなく含まれた父の内的嗜好がどろどろに見えている物語であり――門外漢の私から見ても、それは物語の体を成しておらず、正直吐き気を催した。


 父は昨年、定年退職した。


 ケアマネージャーをしていた。


 家庭を顧みることなく、家では散々亭主関白に振舞っていた。


 例えば玄関の靴の配置についても言及して来る。自分は亭主だから真ん中に置くべきだ、と、子どもの私達に追及し叱って来るのだ。


 それだけに留まらない。


 食事の際、亭主の場所だ、と言って、自分の定位置を指定してくるのだ。そこに座ることは許されず、もしも座ろうとしたものなら、鉄拳が飛んで来る。


 父の部屋は2階にあるのだが、土日朝に階段で音を立てると、大声を出すか蹴りを入れて叱られる。


 父の好きな野球の球団が負けると途端に不機嫌になり、食事中に皿を無造作に投げて割ったりする。


 そんなことが日常的に起こる家庭だった。


 家庭、なのかな、これって。


 って感じである。


 仕事の鬱憤を、私達にぶつけていたのだろうと、今になって思う。


 そして退職後は、まるでスイッチでも切り替えたかのように「良い親」を演出しているのも、本当に気持ちが悪い。


 そしてこんなことを、さも当然のように言うのだ。


「将来、僕の介護をよろしくね」


 可及かきゅうすみやかに死んでくれ。


 頼むから。


 そんな親は、前述の通り、ネットで小説を書いていた。


 それも――これも見なければ良かったという話なのだが――父は小説執筆の傍ら、ネットで論争を展開していたのだ。ツイッター、今ではエックスだが、そこで顔も見えない相手にリプライを交わしていたのである。


 父から、嬉々として「この人の考え方を尊敬しているんだよ」と、パソコンのディスプレイに映る、さる政治系インフルエンサーのアカウントを見せられた時の私の気持ちが分かるか?


 画面の向こうに誰がいるかも分からないのに、そんな人間に賛同して協調して同調して、家庭に居場所がないからって、ネットをり所にしてすがる、可哀想なおじさんじゃないか。


 尊敬させてほしい、と思うのは、求めすぎなのだろうか。


 友達は、両親のことは「尊敬する人」だと即答していた。


 うらやましいと思う。


 私も、多分、人から問われれば、「尊敬する人」だと答えるだろう。


 ただ、うわべだけだ。


 「両親と仲が悪い」「両親が人格的に問題あり」というのは、色々な場面で子どもに不具合をきたす


 例えば、結婚市場とかね。


 まあ、私は結婚をもうほとんど諦めている。


 無理だろ、だって。


 こんな親から生まれたこんな私が、生涯の伴侶はんりょを見つけて、幸せになれる訳がない。


 よしんば結婚することができたとしよう。それでも子どもは絶対に不幸になる。これは確信できる。毒親に産まれた子は毒親になる。


 私は、子にとって毒にしかならない。母にはなれないのだ。


 想像すらできないのだから、現実はもっと追いつかない。


 父は、私が結婚し、一軒家を購入して、そこに住むことを望んでいるらしいが――本当、勝手である。人の気持ちなど微塵も考えていない。これで某有名私立大学卒だというのだから、本当笑ってしまう。何が学歴社会だよ、と思う。結局自分のことしか考えていないのだ。そしてそんな唾棄すべき親と同じ血が、私にも流れている。


 そう考えると、本当、死にたくなってくる。


 血縁上仕方ないとか、血のつながりは絶てないから、とか、周りの人々はそんな風に言って私をなだめてくる。


 絶てるものなら絶ちたいものだ。


 血液型が父と同じだと知った時には、絶望したものだった。


 理想的な父親であってほしい。


 せめて、人に紹介できる父親であってほしい。


 そう思うのは、私の勝手なのだろうか。


「…………いや」


 勝手、なのだろうな、実際。


 父には父の人生がある。父は自ら望んで、そういう道を歩んでいるのである。


 食生活一つとっても、父は酷いもので、ほとんど肉しか食べない。偏食家であり、故にかなり肥満であった。にもかかわらず、長生きするつもりでいるのだ。


 食事管理も母に任せきりで、ほとんどを家の中でネットサーフィンか、Netflixネットフリックスで映画を見るか、Xエックスで論争に費やしている。


 そんな不健康極まりない人間が、長生きなんてできるわけねーだろうが。


 それに私達家族を巻き込むな。


 堕落するなら勝手にしろ。


 お前のことは、もう家族だとも何とも思っていない。


 さっさと死んで、金になれ。




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