甘い言葉はいつかは毒に変わる

猫又大統領

読み切り

「本当にこんな、ウッ。コウモリのフンだらけで風通しが悪くてジメジメしてる…… ウッ不衛生ところに……いたんだ。ウッここに何十年も寝てるのウッ」

 少女は鼻をつまみながらも目を見開き俺の顔を灯りで照らしながらそう呟く。

「こんな所とは無作法な娘だ。起きてみれば小娘が目の前にいるとは舐められたものだ。用があるならさっさと言え。見世物ではないぞ」

 一口で丸呑みできそうな丁度いい大きさの娘。

 俺の恐ろしい姿や人の言葉を巧みに使う様子に驚いているようだ。

「言葉を話せるのね。子猫の機嫌をとるようにって呼んだりしなくちゃいけないのかと思ってた」

 そうでもなかった。

「腹は満たされないが無いよりはいい」

 俺はそういった後に少女がすっぽり入るような大きな口を開ける。これで泣きべそのひとつふたつは作るだろう。

「歯磨き大変そうだね」

「は、歯磨き……そんなこといっている……」

 再び眠りにつこう。一度睨みつけると目を閉じた。

 実際は俺の姿を見て恐怖心から突拍子もないことをつい出てしまったのだろう。わかるぞ。お前たちが恐れるような姿かたちをしている化け物だろう。俺に出会えば人は逃げ出し、出会った場所はたちまち人々がいなくなる。

 そうだ、こんな小娘如きに腹を立てては名が廃る。恐怖という存在すら知らないのだろう。

 ここにいる。恐怖の塊を目にしてもその幼さでは捉えることは決してできないのだ。

「眠いの? ずっと寝てたからしょうがないか。いっぱい寝た後って寝た時よりも眠いもんね。それにしてもあんなに大きな歯だと歯磨き大変そうだね」 

 目を閉じながら、目の前にいる恐怖心がひとつも感じられない少女に僅かに恐怖している自分が可笑しくなった。

「この洞窟の中に歯ブラシとかあるの? なさそうだね。磨かないとそのうち歯がなくなるよ」

 少女の言葉に反応することは喜ばせることになると分かっている。

「歯は一生ものだから気を付けないと! 歯磨きできてる?」

 俺は大きく鼻からゆっくりと空気を吸う。大声を出す準備は万端。いくぞ、恐怖しろ。

「歯磨きは一度もしたことがない。歯のことを気にかけたことも一度もない」

 吸い込んだ息に地鳴りのような声を載せて吐き出す。どうだと言わんばかりに少女をに睨む。これでもう大人しくしてくれ。少し大人けなかったかな。お嬢ちゃん。

 少女の顔を見ると想像とは全く異なり嫌悪感を漂わせる愛らしい目と出会う。

「うがい位はしているよね?」

 少女は鼻をつまみながらそういうと俺の心は浅く傷つく。

「ああ」

 俺は咄嗟に嘘をつく。うがいもしない。する必要がどこにある。人とは違って病しらず。

 だが、もう一度あの汚物を見るような視線を受け入れる心の隙間はない。

 

 これが少女との出会い。

 洞窟へ閉じ込められ人の許しが出なければ外に出ることができずにただ惰眠を貪るだけ。

 そんなこの身には恐怖心麻痺娘の存在さえありがたがるべきだろう。この娘が許せば洞窟の外へ行けるのだから。

 起こされた世は眠りにつく前とはまるで違っている。

 人の姿こそ同じだが着るものから履物や食べ物まで異国といわれても信じてしまうほどに。

 果ては大きな物が空を飛び、その中には人がいるという。

 眠っている間に人はこの俺よりも出来ることが増えたらしい。あの時から人は橋を作り果ては川まで作るような連中だった。

 壮大な謀を実現させてみせる能力がある反面。殺し合いながらも群れで生きる変ったやつらだという印象だったが、まさかここまでとは。相変わらず争いは一層激しさを増しながら続いているようだ。変わったようで変わらない。

 あまり人のことはいえない、俺も種族同士の絶えない争いが嫌になり飛び出した。

 争いは生きとし生けるものの宿命だろうか。というとほかの生命にヒンシュクをかうだろうか。

 暮らしぶりの変化に驚いていたがそれもやがて流れる時間がこの時代に俺をなじませてくれた。

 お昼になれば少女の通う学校の裏山で作ってもらった握り飯をいただく。丸一日学校の様子を眺めていたがとても楽しそうには見えない。昼飯が一番楽しいと本人も言っているが本当にそう見える。

 その日は、やってきた。

「あのさ……殺してくれるよね……私を。望みに濁りなければ願いは叶えてくれるんでしょ?」

 

 この日がくると知っていた。願いもないのに出会いはない。

 

「もちろんだ。願いに濁りはない」

 その言葉に微笑む少女の姿に心が冷える。

 彼女を口の中に入れた。脈打つ生命を、燃える光を消す。

 口内で声が響く。

「あり……がとう……最後に……優しさに触れ……たようなきが……したの……」

 何も響かなくなり、口に含んだ少女を地面にゆっくりと吐き出す。目を閉じ、開くことはない。

 だが心臓は脈打っている。

 愚かだ、願いを叶えれば自由の身だったのにな。また洞窟暮らしか。

 意識をなくすほどの口臭。洞窟の泉でうがいくらはしよう。

 まあ、眠る前に握り飯分は働くか。ふたつの大木を根から引っこ抜き学校を捉える。

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