第15話 オレンジ色の乱入者


「危ない!」


 勢いのまま、宙に投げ出された運搬機は一瞬だけふわりと浮かぶ。当然、その後に待っているのは自由落下だ。


 あっという間に視界から消えそうになった小さな自走機械を止めるため、ハリエットは慌ててロープを引いた。大きな弧を描いて空を舞った機体を抱き止めて、身体全体で押さえ込む。


(もっと馬力を落としても良かった!)


 じたばたと暴れる運搬機に顎をしたたかに打たれながら、ハリエットは自分の見立てを少しだけ恨んだ。渾身の力で機体を引き止めて、脇腹に取り付けたストッパーの金具をガチャン!と下ろす。

 モーターの不服そうな唸りと共に、運搬機は動きを止めた。


「ふう――」


 ほっと安堵のため息をついて、ハリエットは小さな暴走機械を目の高さまで持ち上げた。産業用の運搬機を模した機体には、もちろん生き物のような目鼻はついていない。

 それでもやや傾けられたカメラレンズが何かを訴えたがっているように見えて、少女は口の中で呟いた。


「あなたは……誰のために、そんなに頑張っているの?」


 もちろん返事はない。

 思わず苦笑いしたその時、何者かが彼女の背後から呼びかけた。


「――やあやあ、これはなんたる幸運。どうにか取材したかった渦中の人と、こうして偶然出会えるなんて」


 芝居がかった若々しい声。イライザのものでも、セブンスのものでもない。

 驚いて振り返ったハリエットを、そばかすだらけのニンマリとした笑みが迎えた。


「はじめまして。サンライズ・ジャーナルのミックと申します。以後どうぞお見知り置きを」


 いつの間にかハリエットの後ろに、細身の若者が立っていた。おとぎ話に出てくるイタズラ猫のような勿体ぶった挨拶と一緒に、若者は継ぎはぎだらけのハンチング帽を軽く持ち上げる。燃えるようなオレンジ色の短髪が、帽子の下で奔放に跳ねた。


「サンライズ・ジャーナル……新聞社の?」

「そ。まあ新聞って言っても、下町っ子向けの大衆紙タブロイドだけどさ」


 隣いい?と人懐っこい声で言って、謎の若者はひょいとハリエットの側に腰掛けた。身長はハリエットとさほど変わらず、丈の足りないズボンからのぞく足首が心配になるほど細い。


編集長チーフから命令を受けた時にはなんの嫌がらせかと思ったけど、おかげでこの一大ドタバタ劇の幕開けを最前列で見物できた。どう? この記事。結構イケてるでしょ?」


 ミックと名乗った若者は、懐からひらりと紙片を取り出した。


『デルファイ社で大暴走 運搬機の集団身投げ未遂の裏には何が?』


 新聞記事だった。何とも派手な文体で、先日ハリエットたちが見届けた集団暴走事件のあらましについて書き連ねてある。

 機械たちが突然、得体の知れない生き物へ変わってしまった――とでも言いたげな、過激で極端な論調。少女は、非難するように眉をひそめた。


「……まるで、パニックを煽っているみたい」

「そりゃだって、そっちの方が売れるもん」


 ミックはどこ吹く風で、ハリエットの言葉を跳ね飛ばした。


「夜が暗いほど、日の出サンライズは輝くってね。――というわけで明日の夜明けのために、最前線で事件を探ってるあなたの話を聞かせてほしいんだけど」

「……調査について言えることはあまりないの。まだ不確かなことばかりだから」

「ううん、聞きたいのはあなた自身のお話」


 立てた膝の上で頬杖をついて、オレンジの髪の辣腕記者は微笑んだ。


「――四年前、小さな記事がいくつかの新聞に載った。七層を走ってた広告用の蒸気装飾車スチームフロートが暴走を起こしかけたけど、のおかげで食い止められたってニュースが」


 楽しい歌でも歌っているような口調。反対に、ハリエットの表情は凍りつく。


「一面を飾るほどじゃなかったけど、そのニュースはしばらく街で話題になった。ステッキ一本で蒸気車を止めたぶっ壊した『勇敢な市民』は、小学校エレメンタリーを出て一年も経ってない十三歳の女の子だったから」


 音がまとめて遠ざかる。自分の鼓動ばかりが、耳元でうるさく響いていた。

 そんなハリエットの様子に、ミックが猫のような目をきゅうと細める。


「ハリエット・ブライトン――とびきりの才能でメカニック機械殺しになった、メリッサ・ブライトンの一人娘。あなたはただの正義感に溢れるいい子ちゃんじゃない。うっかり触ったら指先が焦げちゃうような、眩しくて危ない女の子」


 ほとんど額がくっつくような距離まで迫って、若者はハリエットに囁いた。


「ねえ、あなたは今、何を思いながらこの事件を追ってるの?」

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