追随ずっころばし

小狸

短編

 中学時代、何かにつけて張り合ってくるクラスメイトがいた。


 Sという名の男子であった。


 よくある名前であるため、私はSという名に対して、あまり良い印象を抱くことができない。


 Sは、私が始めることを、後から追随ついずいして始めてきた。


 私が右を向けば右を向く、左を向けば左を向く――と、比喩するのは簡単であるが、これが実際面倒臭い。


 私が勉強に力を入れるため塾に入ると同じ塾に入り、趣味の折り紙を作っていると高難易度の作品を作って見せつけて来、続けていた水泳を辞めると彼も水泳を辞め、徒競走では男女が違うのにタイムを比較していかに自分が優れているかを私の前で力説し(私は走るのは得意では無かった)、何かにつけ追い付こうとして来るのである。


 競争心があることは立派なことだと思うが、なかなかどうして、彼自身の能力は、そこまで高くはなかった。

 

 お世辞で平均値、といったところだろう。


 そんなSは、少しでも私に並び立とうと躍起になっていた。


 何が彼をそこまで掻き立てるのか、当時の私には、分からなかった。

  

 今となっては、色々と思い浮かぶところがないでもない。

 

 えて言及はしないでおこう。


 一番嫌だったのは、私が小説を書き始めた時だ。


 当時はクラスの中で小説を書くことが流行していた。


 勿論もちろん、Sも真似をして、小説を書き始めた。


 彼は一体どれだけの時間的余裕があるのか、大量の小説を書いては、周囲に見せびらかしていた。クラスでは皆が大学ノートに書いていたけれど、彼はパソコンで打ち込んで、学校まで持ってきていた。私は彼の小説を読む気にはなれなかったけれど、クラスの女子たちに囲まれて「すごーい!」と言われていて、有頂天そうであった。そして時折私の方を見て、自慢気な顔をするのである。


 どんな顔をして返せば良いんだよという感じである。


 読んだことはないので私に言えることは何もない。


 ただ、長い文章を速く書く才能は、Sはあったのだろうと思う。


 お世辞で平均値と言ったのは、取り消そう。


 そんな中で、偶然か何か、国語の授業で「短編小説を書く」時間になった。

 

 良い作品を先生が選ぶ、というものである。

 

 そんな競争心をそそられるような状況で、Sが張り合ってこない訳がない。

 

 先生が指定した400字詰原稿用紙の枚数目標は2~5枚だったけれど、Sは、大幅にオーバーして、確か12枚くらいの物語を、クラスの誰よりも先に提出していた。


 その時の彼の勝ち誇った表情といったら、もう痛々しくて見ていられなかった。


 私よりも先に提出できたことが、嬉しかったのだろう。


 私はといえば、原稿用紙3枚程度の短編となった。


 授業の後、Sは執拗しつように絡んで来た。


 何枚書いた、とか、時間はどれくらい掛かった、とか。


 要するにそれらの問いかけは「自分がすごい」と思われたい感情に収斂しゅうれんするのである。

 

 次の週、優秀作品の発表があった。


 Sはその前から分かりやすくそわそわしていて、気持ちが悪かった。


 きっと自分が選ばれると信じて疑っていなかったのだろう。


 先生は授業の最後に、結果発表をした。


 私は3人の優秀作品の1つに選ばれた。


 嬉しかった。

 

 Sは選ばれなかった。


 案の定、Sは納得がいかなかったようで先生に抗議しに行った。


 ただ、先生は冷静だった。



 「規定枚数をオーバーしている」「冗長すぎる」「読者を想定していない」という現実的な答えに、Sは言葉を失っていた。


 先生が教室から去った後。

 

 ――と。


 Sが、私の方を向いた。


 その時のSの表情は、いまだに忘れることができない。

 

 


 


 それをSは一体どう思ったのかは、定かではない。


 ただ、その日から。


 Sの眼が何か変わったことは、間違いがなかった。


 *


 それから、Sは私をストーキングするようになり、ついには私の家まで特定され、お互いの保護者と警察を巻き込んでの騒動に発展したが。


 それはまた、別の話である。




(了)

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