第33話  両親と義両親と。

 ヴィーはわたしをずっと守ってくれると言った。


 それはわたしを愛しているからではなく親愛を込めて言ってくれたのだろう。


 とても嬉しくて幸せな言葉。だけど彼の隣に居られるわけではない選ばれることのないわたしの立ち位置。


 リーゼ様は公爵家に来ることは無くなった。そしてわたしとの接近禁止、それは社交界から締め出されたと言うことでもあった。以前わたしにキツイことを言った令嬢達も社交界から姿を消したと聞いた。

 もっとわたし自身が上手に対処していればこんなことは起こらなかったのかもしれない。


 これから社交界デビューしてたくさんの貴族達と関わりあわなければいけない、お母様からは厳しく指導されることになった。


 目の前にはたくさんの書類、ここに一人一人の貴族の名前や爵位家族構成が書かれている。その人が誰と強くつながっているのか、王族派なのか、貴族派なのか、中立派なのか。


「全て完璧に覚えなさい。これがクリスティーナにとって大切な盾になることでしょう」


 優しい笑顔で渡された書類をひたすら暗記した。魑魅魍魎ばかりの貴族達を上手くかわす術はわたしにはまだない。

 知識だけが唯一。お父様とお母様がそう言って二人の時間がある時に、話し方、相手に対して向き合うときの目線、笑い方に至るまで徹底的に教わった。


 わたしはずっと離れで一人で暮らしていた。そんなわたしには、人と接するのはとてもむすがしかった。


 そして王家主催の夜会に参加することが決まった。


 公爵令嬢として。


 パートナーはヴィーがしてくれることになった。


 わたしはヴィーの色に合わせて金色の糸を使って刺繍された白のシルクのドレスを選んだ。


 肩を少しだけ見せて胸元には沢山のレースで可愛らしさを表に出した。


 髪は緩く編み込んでもらいアップにしてもらった。髪飾りはヴィーが選んでくれた金細工の花の形にルビーがはめ込まれたものをプレゼントしてくれたのでそれをつけることにした。


 ヴィーの色に染まったドレスは少し気恥ずかしかった。だけどこんなことでもなければヴィーの色のドレスなんて着られない。


 わたしの気持ちを多分知っているお母様に感謝しつつ初めての夜会に参加した。


 まだお母様(セリーヌ)が生きていたことは発表されていない。知っているのは公爵家の両親とヴィー、それから陛下の親しい人達くらいだろう。


 お母様が陛下と共にもう一度生きていくのか、新しい人生を歩むのかわたしはまだ知らない。


 アクアに頼んでお母様を見守ってもらっているので心配はしていない。


 わたしはヴィーと両親と共に馬車に乗り王城へと向かった。


 会場にはわたしをジロジロと見る好奇な視線が沢山突き刺さって思わず萎縮しそうになった。


「クリスティーナ様、心配はいりません。ずっと貴女のそばにおりますので」

 ヴィーの騎士服ではない正装の姿に思わず見惚れてしまう。


 わたしの銀色の髪に合わせた服。

 元々カッコいいヴィーがさらに輝いて見える。ずっと見つめていたいくらい美しく凛々しい姿を周りの令嬢達もチラチラと見つめていた。本人は慣れているのか興味がないのか全く動じることなく、優しい微笑みをわたしだけに向けてくれる。


「クリスティーナ様、筆頭公爵家の令嬢として兄上達とまず一番先に陛下に挨拶をしなければいけません。パートナーとしてわたしが側に居させて頂きます。

 沢山の好奇な目や嫌な言葉も聞こえるかもしれませんが堂々としていてください。貴女は元王女であり今は公爵家の令嬢でもあるのです。誰にも文句など言わせません」


「ヴィーがいてくれるのだもの安心してるわ」


 そして名前を呼ばれお父様達と陛下の元へ向かった。


 少し前までは陛下の横には側妃が二人優雅に並んでいたのに今日は一人で立たれていた。


 わたしは陛下の顔を見ないように視線を少しずらして挨拶をした。


「我が国の太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます」

 カーテシーをして頭を上げた。


 きちんと挨拶が出来た安心感からか気が緩んで思わず陛下の顔を見てしまった。



 ーーなぜそんな顔をするの?


 わたしに向けられた視線はとても優しく感じた。いつも冷たく見つめるあの瞳から何故か愛情を感じられた。


 戸惑いつつ勘違いかもしれないと目を逸らした。 


 そして立ち去ろうとした時、陛下がわたしに向け言葉を発した。


「クリスティーナ、おめでとう」


 思わず振り返った、驚きで目を大きく見開いて。


「………ありがとう……ございます」


 わたしの名前を呼んだ。


 人前でわたしの名を呼んだことはあったかしら?いつも冷たい顔で話す陛下、わたしの名を呼ぶ時も感情なんてこもっていない。


 仕方なく呼んでいた気がする。


 そんな陛下が優しい声でわたしの名を呼んだのだ。


 お父様が立ち止まって動けずにいたわたしの肩に優しく触れた。


「次の人が待っている、行くよ」


「……はい」わたしは陛下に深々頭を下げてその場を去った。


 たくさんの人達がわたしから目を離さなかった。たくさんの視線が突き刺さる。


 公での他人になった陛下との親子の対面。


 注目されていたのは知っていた。何事もなく終わり内心ホッとした。


 ヴィーと二人で壁側に行き椅子に座った。


「クリスティーナ様、飲み物を取ってきますので待っていてください」


「ありがとう」


 緊張からか喉がカラカラになっていた。


 素直に一人で椅子に座り待っていると、挨拶を終えた人や挨拶の順番が後なのか、まだしばらく待たされる人達がわたしの近くに寄ってきた。


「クリスティーナ様、初めまして」

「とても綺麗なドレスですね」


 話しかけてくる人達の笑顔はみんな同じ。作り笑いや愛想笑い。わたしを嘲る笑い。


 どれも似たような空気を纏っていた。


 わたしとなんとか近づきになって、お父様と顔繋ぎをしたいと思っているのが丸見えだ。小娘ならなんとでもいいように扱えると思っているのだろう。


 わたしは両親に教わった最強の笑顔で全て躱した。


 何もわかっていない、馬鹿な小娘のふりをして。大人の貴族の男性にはこれが一番いい。何もわからないフリをすれば諦めてくれる。


 夫人達はそうはいかない。


 だから夫人達の前では令嬢らしく挨拶をして丁寧に言葉を返して言った。

 質問にはきちんと答え、噂話には乗らずに笑顔だけで躱しながら。


 令嬢達とは仲良く話した。みんなの会話は、やれどこの商会で何を買ったのかとか、豪華な宝石を買ってもらったとか、誰と誰が婚約したとか、自慢と噂話が多かった。


 この中に何人くらい本当の友人になれる人がいるのだろう。

 多分ずっと仲のいいフリをしながら心の中を見せないで過ごすしかないのだろう。


 社交界デビューは沢山のストレスの中始まった。


 ヴィーはわたしの隣でわたしを守りながら、慣れた社交を笑顔でこなしていった。


 わたし以上に彼は沢山の人に話しかけられた。

 やっぱり人気があるのよね。まだ婚約者のいない令嬢達はヴィーになんとか気に入られようと隣にいるわたしをチラッと見つつも、ヴィーの体にそっと触れながら話していた。


 わたしはそれを横目で見ながら


 ーーわたしもあんな風に自然にヴィーに触れてみよう。


 と思った。








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