第30話  ヴィルに会いたい。

 アクアが公爵かのわたしの部屋に連れて行ってくれた。


 わたしの部屋はまだそのままにしてあった。


 あんなひどいことを言って出て行ったのに……


 わたしは部屋を出てお父様の執務室へと向かった。使用人たちはわたしの姿に驚いて振り返っていた。


「失礼します」


 お父様はわたしの顔を見て仕事の手が止まった。


「クリスティーナ……お帰り」


 そう言うとわたしのそばに来て抱きしめてくれた。


「お腹は空いていないか?眠くないか?疲れているんだったらここに座りなさい」


 ソファを勧めてわたしを座らせた。


「お父様、我儘言って出て行ったのに……怒ってないのですか?ごめんなさい。帰ってきてしまって」


「違う、ここで幸せにしたいと思っていたのに令嬢たちにはひどいことを言われたのに今度は宰相にまた酷いことをされそうになったんだとヴィルから聞いた。すまなかった守ってあげられなくて」


「お父様、違うの。わたし……みんなの迷惑になっているから、ヴィルがわたしのせいで好きな人と結婚できないと聞いたから……出ていくのが一番いいと思ったの」


「ヴィルに好きな人?結婚?そんな話は聞いたことがないぞ」


「リーゼ様……?」


「はあ?俺がリーゼを好き?」


 後ろから聞こえてきたのはヴィーの声だった。


「きゃっ!」思わず振り返って叫んでしまった。


「ヴィー!」


「やっといつものようにヴィーと呼んでくれましたね?」

 ヴィーがニコッと笑いわたしの横にどかっと座った。


 何だかいつものヴィーじゃない。


「前も言ってましたが、俺はリーゼとの結婚なんて話ありませんから!何でそんな話があるんですか?この前も否定しようとしたのに聞いてくれなかったし」


「だって、わたしのせいで結婚できないって。リーゼ様はずっと待っていたって……そう聞いたから……」


「リーゼと確かに婚約しないかとかなり昔に話は上がった事はあります。だけど俺はすぐに断った。それからそんな話は上がっていない。リーゼが結婚しない理由は知らないけど俺のせいでは決してない」


「わたしが二人の邪魔をしたのではないの?」


「そんなことあるわけがないでしょう!」


「よかった……」


 何だか体の力が抜けた。


 別に片思いが両思いになったわけではない。

 だけどわたしが彼の邪魔をしていないとわかっただけで十分だった。


「そんなことで悩んでいたんですか?」


「だってヴィーの幸せをわたしが奪ってしまったんだったら申し訳ないもの。わたしはヴィーや団長達に守ってもらってばかりだったんだよ?これ以上迷惑かけられないよ」


「迷惑だと思うなら最初から関わったりしない。セリーヌ様が亡くなった時俺は助けることが出来なかった……もちろん最初は幼いクリスティーナ様を守るためだった……」


「あっ、お母様……」


「アニタならもうすぐここに来る」


「ち、違うの、あの、お母様……わたしのお母様は生きていたんです」


「セリーヌ様が⁈」


「アクアが助けていたんです。でも酷い状態でなかなか治らなかったらしくて……治ってからも記憶がなくなっていて思い出したのが最近だったんだけど……向こうではまだ2年しか時が経っていなかったんです」


「生きていたのか……」


 ヴィーの初恋の人であるお母様。今のお母様はヴィーよりも3歳年下になっている。


 ヴィーが28歳でお母様は25歳……


 わたしはヴィーの嬉しそうな顔をただ黙って見つめるしかなかった。


 お母様が生きていることはとても嬉しいことなんだもの。リーゼ様との結婚はなくてもヴィーの初恋の人は生きている。


 わたしは複雑な気持ちだった。


 それからはお父様とお母様に、お母様のことを説明して今たぶん陛下と会っていると思うと告げた。


「セリーヌは大丈夫なの?」

 お母様がとても心配そうにしていた。


「陛下はお母様に対して後悔していました。わたしのことも……謝罪はしてくれました。お互い親子として和解をすることはありませんでしたが、話をすることは出来ました。陛下はお母様と向き合うことができると思います」


「………わかったわ」


「アクアがたぶん見守ってくれているはずです。殺されそうになったらすぐに助けるはずです」


 “ティーナ、あの男、謝ってた”


 ーーだって死んでお母様のところへ行くつもりだったみたいだもの。


「ヴィー……会いたい?」


「うん?セリーヌ様が生きている。それだけで十分だよ、クリスティーナ様が会えたんだろう?よかった、再会できて」


「ありがとう……お母様に会えてよかった……まだ記憶は戻ってないけど…もう会えたから十分よ」


 ヴィーがお母様のことよりわたしのことを心配してくれた。その気持ちがとても嬉しかった。




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