第17話 わたしだけが知らなかった。②
ヴィーへの恋心に気がついてもわたしは変わることなくただただ彼を信頼して過ごした。
だってわたしにはそれしかなかったもの。
でも王城を出て知った。
ヴィーにも団長にもサムにもそれぞれにわたしの知らない生活があるのだと。
そして人はとても優しい生き物なのだと公爵家で知ることができた。
わたしは今まで数人だけが味方であとは全て敵でしかなかった。
護衛の騎士さん達だっていつ裏切るかわからない。何かあれば見て見ぬ振りをする人たちだもの。
今になればわかる。側妃達の権力に逆らえなかったからだと。幼い頃はそんなこともわからずただ『人』に怯えていた。
ここではみんな優しい。
お父様もお母様も。そしてパトリックもジョーンも。使用人のみんなも親切にしてくれる。
お母様の友人の令嬢達は腫れ物に触れるように接しているのがわかる。いつも気を遣いながら話しかけてくれる。
これも優しさなのだろう。
そんな優しい令嬢達がポロッと話してくれた。
ううん、態とだったのかも。
「クリスティーナ様ご存知かしら?ヴィル様はリーゼ様とご婚約するはずだったらしいと言う噂を」
「えっ?」
「お二人は幼馴染でとても仲が良かったらしいのです。婚約の話があがり始めた頃王妃様がご病気でお亡くなりになったでしょう?
ヴィル様は王妃様の護衛だったこともあって引き続きクリスティーナ様の護衛に当たらなければならなくて忙しいからと断られたらしいのよ」
「…………」
ーーそんな話知らないわ。
「それでもリーゼ様はヴィル様のことを想っていたからずっと待っているらしいの」
「…………」
ーー今も?
わたしの考えていることが顔に出ていたのだろう。
令嬢がクスッと笑うと
「もうそろそろお姫様のお守りは終わりだから、お二人は結婚するのではと言う噂ですよ」
と言った。
わたしの顔色が悪くなったことに令嬢達は気がついている。
なのに楽しそうに話を続けている。
わたしはずっと返事もせずに黙ってその話を聞いていた。
「リーゼ様ももう25歳になられるのだもの。ヴィル様もこれだけお待たせしたのだから早々に籍を入れるのではとの噂ですわ」
「もう側妃様達の事件も片付くみたいですしね」
ーー側妃の事件?
わたしが目を丸くして令嬢達を見た。
「あら?クリスティーナ様がキッカケだと聞いているのにまさか知らないなんて……ねえ?」
態と困った顔をしてみんなに話しかける。
「そうですわね、クリスティーナ様のことがなければあんな事にはならなかったのかもしれませんね」
「あ、あの……どう言うことでしょう?」
わたしは何も知らない。
義弟達のあの事件のことなのだろうとはなんとなくわかる。だけどお父様は詳しくは教えてくださらなかった。
「………側妃様と王子殿下であるお二人は王城から出ていかれたのです」
「出て…行く?」
「側妃のお二人は離縁されてしまいました。王子殿下二人は廃嫡され平民となりました」
「そのため今後継者が王家にはいない状態なのです。クリスティーナ様は公爵令嬢になってしまいましたし」
「たぶん前国王の王弟の孫に当たる方達がいるらしくてその中から王太子として指名されるのではと言っていたわ」
「………知らなかった」
「あら?ご自分が原因なのに?」
「わたしは……」
「クリスティーナ様が義弟達に我儘ばかり言って怒らせたと聞いていますわ。それで苦言を言ったら陛下に有る事無い事言って側妃様達に罪を着せて離縁させるなんて……なかなかの強者ですね」
「まぁリーゼ様との愛の邪魔をして平気でヴィル様を独り占めするのですもの、義弟への我儘なんて何でもありませんわよね?」
義弟に犯されそうになったなんて、本当のことは言えない。
わたしは何も知らなかった。だけどそれでいい訳ではない。この国の王族がそんなことになっているなんて……でも何も言い返せなかった。
わたしが俯いてどうすればいいのか悩んでいると
“えいっ”とアクアの声が聞こえた。
すると
「きゃー」「な、なに?」「いやあー」
3人の令嬢の上から大量の……水、ううん、泥水が落ちてきた。
綺麗なドレスも顔も全て泥だらけになってギャーギャーと喚いているのをわたしは茫然と見ていた。
ーーアクア……
“いい気味だ!ティーナは悪くない!”
「どうしました?」
そこに現れたのはヴィーだった。
悲鳴を聞いてメイド達と駆けつけてきたのだった。
「ひどいわ、突然上から泥水が落ちてきたの」
「どうしてクリスティーナ様だけ何ともないの?」
「わたし達への嫌がらせだわ。こんなことするから側妃様達にも嫌われるのよ!」
「陛下からも相手にもしてもらえないのもわかるわ」
「不気味だもの、誰もいないのに何かをじっと見ている姿、気味が悪いわ」
アクアが見えない人たちからはわたしの行動が気味が悪いと思われてしまうんだ。
心の中がチクチクと痛む。そんな時ヴィーがわたしに言った。
「クリスティーナ様がしたのですか?」
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