第6話 愛し子。② 陛下編
雨が降らない。
国全体が水不足に陥っていた。
「陛下、このままでは暴動が起きます。何か対策を考えなければなりません」
宰相が言い出した話はとんでもないものだった。
「雨が降らない……それをどうすればいいと言うのだ?」
「………古文書には……この国の一番高いアルゼーネ山の源泉に人柱として差し出せば雨が降り続いたと書かれておりました」
「人柱?それは死刑になる罪人でもいいのか?」
「……それが……王の血を引くものに限ると書かれております」
「王の血を引く?」
「はい」
「王子達はこの国をいずれ統べる者達だ。絶対に人柱になど出来ぬ!」
「わかっております、もう一人いらっしゃるではありませんか?」
「…………クリスティーナか?」
「はい、離宮から出て来ない王女などこの国に必要だとは思えません」
冷たい言葉に周囲にいた者達は固まった。
「……しかし……セリーヌが……」
「心優しいセリーヌ様なら納得してくださるでしょう。国民のためです」
「………考えさせてくれ」
「そんな悠長なことを言っていたら日に日に国民は不満を募らせます。このままではこの国は滅んでしまいます」
「だがすぐには決められぬ」
わたしは部屋から出ることが出来なかった。
クリスティーナと接したことなどなかった。
何度か近くまで行ったが会う勇気すらなかった。
それに何かにつけ側妃達が会いに行くのを邪魔する。
この国が衰退していく今それしかないのなら国の一番上の人間なのだから冷酷に判断すればいいのだ。
そうは思っても結論は出なかった。
側妃達が訪ねて来るも全て断った。
わたしは父親として一番最低最悪な判断をすることにした。
地獄があるならわたしは喜んで地獄へと堕ちよう。
我が子を見殺しにするのだ。
感情を捨てて部屋から出ると騎士に向かって言った。
「クリスティーナをすぐに人柱としてアルゼーネ山の源泉に連れて行け。セリーヌには真実は告げるな。わかったな」
「「「はい」」」
セリーヌがいる離宮はあれは古い寂れた離れでしかなかった。
離宮と呼べるほどの広さも豪華さもない。
その昔国王が愛する女を閉じ込めるために作った離れだった。
愛する女が逃げ出さないように高い塀で囲われ門からも一番遠い場所に建てられた。
セリーヌには態とその場所を選んで住まわせた。
側妃達がなかなか行かない遠い場所。出来るだけ嫌がらせされないように二人だけでゆっくりと過ごせるように。
わたしの目がいかない場所なら二人はのんびりと暮らせるだろうと思ったから、そして自分の目に入れたくなかったから。
どんなに避けようともセリーヌのことを想ってしまう。死にそうになっていると聞けば、人前では「だからなんだ放っておけ」と言うのに心の中では心配でたまらない。
いっそ死んでくれればこんな気持ちなんてなくなるのではと思ってしまう。
側妃達の嫌がらせで食事すら持って行かさないようにしていると聞いても、「ああやっと死んでくれるのか」とホッとする自分がいる。なのに心配になり騎士達に巡回させて状況を調べさせてしまう。
そしてセリーヌの幼馴染の近衛騎士のヴィルや財務相をしているヴィルの義兄達がセリーヌを守っていると聞き安心してしまう。
ヴィル、あれはまだまだ18歳の若造だ。正義感が強く、だからこそ脆い。この王宮の中で正義感などあっても生き抜くことは出来ない。
セリーヌに肩入れしていれば昇進することはないだろう。
特に宰相はセリーヌのことになるとわたし以上に敏感だ。
今ならわかる。
わたしが愛している以上に宰相はセリーヌに対して愛により狂ってしまっている。
側妃達を焚きつけセリーヌを追い込みわたしからセリーヌを遠ざけ、なんとか自分のものにしようとしている。
わたしも嫉妬で狂いセリーヌと離れてやっと見えてきた周りの姿。
それでももう止めることは出来ない。
雨は降らない。
雨が降らなければ作物は実らない。喉を潤すこともできない。国民は、そしてわたし達は死ぬしかないのだ。
苦渋の決断だった。
わたしが人柱になることも考えた。だがこの国を託すだけの者がいない。
心の中でセリーヌに詫び一度も愛情をかけてあげられなかったクリスティーナに詫びた。
『いずれわたしが地獄に堕ちるから、その時お前達に地面に頭をつけ詫びるから…すまない』
王としての判断は正しいのだと何度も自分に言い聞かせた。
クリスティーナは今頃アルゼーネ山の源泉に連れて行かれただろうか。
そろそろ泉に投げ捨てられただろうか。
6歳になったクリスティーナは全てわかっているだろうか。
父親に見捨てられ殺されることを。
愛情もかけず放置して殺される。
仕事すら手につかない。
時間が経たない。
そして…………
雨が降り出した。
周りは歓喜の声をあげている。
「………あーーー!!」
わたしは蹲り床を何度も殴りつけた。
手から血が出ても止めようとしなかった。
「陛下、おやめください!これでいいんです」
宰相は高揚していた。
「これで国民は救われたんです、たかが娘一人の命です」
「お前は……ふざけるな!わたしの娘なんだ、たかがなんかではない!」
「何を言っているんですか?一度も会おうともせず死にそうになっても助けもしなかったのに。今更でしょう?」
その言葉にわたしは何も言い返せなかった。
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