第5話  愛し子。 陛下編

 我が国には妖精に愛される愛し子がいる。


 それがクリスティーナだとわかったのは、王妃が亡くなってからだった。


 人柱となりこの国を救ったセリーヌ。


 正妃として迎えたわたしの最愛だった。


 前国王であった祖父の弟の孫。


 わたしとは親戚でもあり幼馴染で幼い時からの婚約者でもあった。


 だが彼女が愛していたのはわたしではなかった。


 彼女はずっと兄上を愛していた。


 兄上が事故で亡くなりわたしが王太子になることが決まった。

 セリーヌはわたしに分からないように隠れて兄上を想い泣き続けていた。


 そのことを教えてくれたのは今は宰相でもある兄上の幼馴染だった。初めは彼が言っていることが信じられなかった。


 わたしとセリーヌは長い間婚約者でありお互いそれなりに信頼関係も出来ていたし愛も芽生えていたはずだった。


 そうわたしはセリーヌを愛していた。


 わたし自身兄上が国王になったら臣下として力になりたいと思って今まで努力してきた。


 その尊敬する兄は、乗っていた馬車が崖から落ちて亡くなってしまった。


 呆然となり気力を無くしていたわたしの横で励ましてくれたセリーヌ。

 そんなセリーヌが兄上の墓の前で泣いていた。


「だから言ったでしょう?セリーヌ様は亡くなった貴方の兄の方を愛しているのだと」


 ーー信じたくなかった。だが確かに彼女は兄上の墓の前で悲しそうに泣いていた。


「明日もこの時間ここに来てみてください、セリーヌ様はいらっしゃいますから」


 ーーそして次の日も……やはり墓の前にいたのだった。



 セリーヌが愛していたのは兄上………




 それでも彼女との結婚はそのまま執り行われた。


 初夜の時、セリーヌに聞いた。


「君は兄上を慕っていたのか?」


「な、何故そんなことを聞くのですか?」


「君が兄上の墓の前で泣いているのを見たんだ。それも一回や二回ではなかった」


「違います。確かにお墓参りに行きました。でもそれは………「言い訳なんか聞きたくない。今夜君を抱く。だがそれはわたしの王太子としての仕事だからだ。だがそれだけだ、君ともう夫婦関係を築くことはない」


 そうして彼女を抱いた。

 本当はずっと愛していた。愛していたからこそ裏切られたと思う気持ちは強く、セリーヌを許せなかった。


 初夜で一度だけ抱いたがそれからは王妃としてセリーヌには働いてもらっても夫婦として寄り添うことはしなかった。


 そして結婚してすぐに二人の側妃を迎えた。


 二人に溺れるように過ごした。

 セリーヌに見せつけるように。


 セリーヌがあの初夜で妊娠したと聞いたのは側妃を迎えてしばらく経ってからだった。

 周囲もセリーヌの細い体に、妊娠したことすら気づくことはなかった。本人も誰にも言わず激務に耐えていたのだ。

 でももうセリーヌの顔を見ることすら出来なくなっていた。彼女を蔑ろにして側妃二人だけに愛情を注いだのはわたしだ。


 今も愛しているのはセリーヌだけだ。たとえ兄上を愛していても今はわたしのもの。


 それなのに気持ちがどうしても追いつかない。許せないのだ。

 離すことは出来ない。

 だが、そばにいる事も辛い。



 そしてセリーヌは女の子を出産した。


 名はクリスティーナ。


 わたしは一度も会いに行かなかった。その名前もセリーヌがつけたものだった。


 風の噂でセリーヌによく似た美しい娘だと聞いた。


 側妃達二人は


「王子ではなかったのですね」

「わたし達が殿下の本当の子供を産みますわ」

 と言った。


「本当の子供とはなんだ?」


「貴方に愛されて生まれてくる王子です」


 ーーわたしに愛されて生まれてくる?

 側妃二人に愛情などない。セリーヌを愛しているんだ。二人はその身代わりでしかない。


 だが二人は同じ頃妊娠した。


 クリスティーナが生まれて二歳になる頃だった。

 そして体調を崩した父上から国王の座を譲り受けた。


 セリーヌはクリスティーナを産んでから「離れ」へ移った。セリーヌの仕事は側妃二人が引き継いだ。


 いや、あれは側妃の二人がセリーヌを追い出したのだ。気づいていたのにわたしは放っておいた。


 セリーヌに対しての嫌がらせすら見て見ぬ振りをしてきた。

 セリーヌを慕う者たちがこっそりあの親子を大切にしているのも知っていた。その者たちがいなければあの二人はとうの昔に死んでいただろう。


 自分でもわからない。


 死んでもいいのか。

 死んでほしくないのか。


 でもセリーヌと離縁することだけは承知出来なかった。

 数回離縁をして欲しいとセリーヌから手紙がきた。その度にグシャグシャにして捨てた。

 わたしを裏切ったセリーヌを自由になどしない。


 一生わたしに見放されながらもわたしのそばにいてもらう。


 遠くからセリーヌの姿を見つめてしまう。

 愛おしそうに我が子に微笑むセリーヌ。母親を慕うクリスティーナ。


 その場所にわたしの居場所はない。


 自分が捨てた居場所。


 側妃達が

「貴方バートンが笑っていますわ」

「ルシウスは貴方にそっくりでしょう」


 とそれぞれが競うようにわたしに王子との時間を求めてくる。

そこにわたしの癒しなどあるわけがなかった。


わたしはいつもセリーヌに囚われているのだから。








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