第3話
「サム、たくさん野菜が採れたの。食べきれないから奥様にお裾分け」
今日はヴィーは用事があるからと顔を出してくれなかった。代わりにサムがパンやハム、スープなどを運んできてくれた。
「あとこの前頼まれていた本と刺繍糸です」
「ありがとう。続きを読みたいと思っていたの」
「クリスティーナ様は本が大好きなんですね」
「ええ、この狭い世界でしか暮らせないわたしにとって本の世界はとても憧れなの。一度でいいからここから出て街に行ってみたい。馬車にも乗ってみたい。たくさんの人がいるときいたけどどれくらいの人がいるのかしら?」
“ティーナのためなら連れて行ってやる”
ーーダメだよ。ここから出たら団長のルーファスがクビになってしまうわ。
一度だけこの離れを抜け出して王城から逃げようとした。
すぐに捕まり側妃二人の前に連れて行かれた。
何故側妃達のところに連れて行かれたのかはわたしにはわからなかった。
「あら、この小汚い娘はクリスティーナかしら?」
「そうみたいね、母親に似てなんて幸薄そうな子なの。ほらみんな見てごらんなさい。髪はボサボサ、肌のお手入れすらされていないガサガサの肌。これで正妃の娘なんて、哀れなものね」
ーーそんな暇なんてないわ。それに誰がしてくれると言うの。
「なんだか臭そうだわ、お風呂すら入っていないんじゃないの?嫌だわ汚らしい」
“ティーナは毎日風呂に入っているよ!僕が王宮からお湯を持ってきてやってるんだから!誰よりも綺麗だ”
ーーふふ、王宮から盗んでたの?知らなかったわ、でもありがとうアクア。
おかげで臭いと言われても堂々としていられる。
「何この子平然としているの?逃げようとしたことを悪いことだと知らないのかしら?」
「誰にも躾をされていないのだもの。仕方がないわ」
二人がクスッと笑うと周りにいた使用人や騎士達もわたしを見て馬鹿にしたように笑った。
“コイツら水責めにしていい?”
ーーダメ!
“なんで?我慢なんてしなくていいじゃん”
ーーお願い、酷いことしないで。アクアは優しい子なのに、そんなことしたらアクアが傷ついてしまう。
“ティーナ、いつでも言って。すぐ助けるから”
ーーうん、ありがとう。アクア、お願い今だけここから出て、離れでわたしを待っていて。
“え?やだやだ。ティーナといる”
ーーお願い、アクアが悪い子になるの悲しいの。
“わかった、だけど何かあったらすぐ呼んで。すぐ駆けつけるからね”
ーーありがとう
「何ボッーとしているの?言われたことに傷ついたとか?そんなことないわよね?何を言われても言い返すことなんて出来ないもの。碌に教養もない、ただ生きているだけの小汚い娘が考える頭すらないわよね?」
ーーうーん、12歳にもなるのだからいろんなこと考える頭くらいあるのだけど。
何か一言でも言い返せばさらに言われちゃうから黙っているのが一番だよね。
わたしが黙っていると側妃の一人がおもむろにわたしの髪を掴み引っ張り上げた。
流石に痛くて「痛っ」と声を出してしまった。
「あら?この子の声久しぶりに聞いたわ。まだ話せるのね?ねえここにいる騎士の誰かこの子の声を潰してくれないかしら?ちょっと喉のところを剣で刺したら声なんて出なくなるわよね?殺さない程度のこと騎士ならできるわよね?」
側妃達がニヤニヤと笑った。
流石に怖くて震え出した。でも泣いたらますます酷いことをされる。
これまでも泣くとさらに鞭で叩かれたり、引き摺られて蹴られたりしてきた。
わたしは涙をグッと堪えて下唇を噛んで泣くのを我慢した。
「ほんと可愛げがない子。早くその子の喉を突きなさい!わたしの命令が聞けないの?」
「ちょっと、それはやめなさいよ。陛下に知られたら流石にどうなるかわからないわ」
「あら?陛下はわたしの体に夢中よ?貴女なんか相手にされていないものね?今夜もわたしの部屋に来てくださるわ。だからこの子がどんなことをされてもわたしを叱ることなどあり得ないわ」
ーー12歳にもなれば言葉の意味くらいわかる。この人達気持ち悪い!陛下も陛下だけどね。
わたしは抵抗するのを諦めて騎士達の方へ顔を向けた。
泣かない。どうせ刺されるのなら一気にして欲しい。
わたしは黙ってじっと待っていた。
「お前達いい加減にしなさい。こんな小娘に何をしている」
そこに現れたのは陛下だった。
ーーま、一応血の繋がった父親……かな。
「まあ陛下。この小娘が王城から逃げ出そうとしたから罰を与えているところでしたのよ」
「わたし何かいけないことでもしたかしら?陛下のためにこの子に自分の立ち位置を教えてあげていましたのよ?」
陛下が現れても自分たちがしていたことを正しいと思い込んでいる。だから息子達も常識がない子に育ったのよ!と、思ってもわたしはいつも通り黙っていた。
わたしがこの人達にいろいろやられている姿をアクアが見たらこの王宮を水浸しにして水没させるか、水を全て取り上げて脱水で殺してしまうかもしれない。
そんなことだけはさせられない。アクアに悪い妖精になって欲しくないし、この王宮にもたくさん良い人も優しい人もいる。
トップの人達には思うところはあるけど。
「その娘をこの王宮からさっさと追い出せ!」
陛下はわたしを見ようともせず吐き捨てて去って行った。
「あらあら実の父親に見捨てられて可哀想な子ね?」
「仕方がないわね、喉を刺すのは今日は諦めましょう。だけど次わたしの前に姿を現したら今度は何をするかわからないわよ?覚悟しておいてね?」
わたしはコクコクと頭を縦に動かした。
ーーもう二度と外に出るのはやめよう。
だってその後、団長のルーファスはわたしをしっかり見張っていなかったからと罰を受けてわたしの代わりに鞭打ちの刑を受けたのだ。
ルーファスはしばらく仕事に出て来れなかった。ひと月後わたしに会いに来たルーファスに抱きついて「ごめんなさい、もう二度と外に出たいなんて思わないわ」と泣きながら謝った。
それからわたしは離れと庭だけの生活を続けた。
そしてたまに会いに来る義弟に酷いことをされても諦めるしかなかった。
わたしが我慢さえすればわたしの大切な人達は何もされない。
そう思っていた。
サムと仲良く話していた頃、ヴィーは側妃達に呼び出されていたことなど知る由もなかった。
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