第二部『身隠し逃亡編』
第十三話『兼、剣を握る錬金術師』
浮く壺と魔法医、身体の大きさを変えられるカササギの使い魔と最強の魔法使い。
一見どころか、字面で見たとしても奇妙な私達のパーティーとも呼べないような不揃いな組み合わせ、というより脱走犯は、結局の所、逃亡生活を送っていた。
ギィくんの魔法が優秀すぎるお陰で、姿を隠匿したまま動き回る事は出来るものの、遊びはともかく食う寝るは必須な行動だ。だからこそ少し困っている部分がある。
そもそも路銀がない。
魔物の討伐ギルドなんていう一生縁が無い場所を探すにしても、登録でバレてしまう。
なんせギィくん一人を捕まえる為に十人以上の強力な魔法使いが捜索に出ているはずなのだ。
食事一つも中々にままならない逃亡生活は、徐々に疲れを感じ始めていた。
「冤罪なわけですよねぇ……」
「まぁそうだな。理解されるわきゃねーけどよ」
「セチガライゼ!」
あの隔離病棟を脱出してから数日、壺ちゃんとの意思疎通も少しずつ出来てきた。
意思疎通というよりも、この子の性格なのだろうという事が分かってきたという方が正しいのかもしれない。
「そうですな……現状打破にはある程度までは打って出るべきかと。これ以上私達の評価は下がりようがないでしょうし」
カサギさんが静かに鳴く。壺ちゃんは食べなくていいし、カサギさんも主に木の実などをついばめばいいだけなので、まだ私達よりは余裕がありそうだった。そもそも壺ちゃんは最初から余裕も何もなく変わらず壺ちゃんなのだけれど。
「実際、新聞じゃ魔王より恨まれてそうですよね私達……」
偏向報道は続く、というよりも虚偽の発言が並び立てられているのが何とも言えない。
ドドシおじさんは理解こそしてくれているだろうけれど、私達を悪く言っている新聞を配るのはあの人の仕事なのだから仕方がない。
そもそも大げさな好む人間の性質として、魔王より恨まれている事については納得も出来るのだけれど、今回の件で父が受けたインタビュー内容にあった、あたかも娘の凶行に驚き悲しみを帯びているようなコメントに苛立ちを覚えた。
「特に顔の顔は知られてっしなぁ……辺境の街で路銀稼ぎでもするか? お前ならまだギルド登録も何とかなるだろ?」
「えぇー……魔法医がギルド登録って聞いた事あります? 回復魔法の使い手ならまだしも……」
「ナントカナルゼ」
「あー、そーだねー」
この壺ちゃんは楽観的だなぁとぼんやり思いながら、コツンと壺ちゃんと叩く。
この子は誰に似たのか、結構雑な事を言う壺で、結構雑な扱いで良い壺だという事も、話してみて初めて分かる。
「というよりも、トリス様の剣術の技量であれば、ギルド登録用の魔物討伐任務程度どうにでもなるのでは?」
カサさんがそんな事を言い出す。思えば未だに自分は魔法医という意識を拭い切れていなかった。
今の私は、錬金術師であり、剣も扱う事が出来る、自由な一人の人間なのだ。一介の魔法医だなんて、そんなに小さくて弱がっている必要なんてない事を思い出した。
流石に戦闘力という意味でギィくんには敵わないにしても、こと剣術に於いては趣味程度ではあっても、確かに実践経験が無いだけで相当鍛錬をしては来てきた。
――その、実践経験というのが足りないのが何より問題なのだけれど。
「んー……それしか無いですかね」
「ねぇな、討伐はそりゃ俺も助けられるだろうよ。でもギルド登録は割とシビアな魔道具で魔物を倒した情報を見るからな……。あくまで一人だ。そもそも魔法医って名乗るのも無しだぞ。そこからピンと来られても面倒だしな」
つまりは、私は本当に魔法医という職業を捨てるという事になるのだ。
もう戻るつもりもサラサラ無いけれど、とはいえ一応は何年も捧げた学術ではある。だけれど父と同じ職業だと考えるだけで、意外とすぐに決心はついた。
「なんて名乗るかは考えときますね。じゃあギィくんはこれから魔物を一発で吹き飛ばすの禁止で」
「なぁトリス……そのギィくんってやめる気ねぇかな……」
「ヤメナイゼ!」
そう、辞めてはあげない。一応は新婚なのだ。何を奪われたわけでも無いが。強いていうならば人生を奪われたのだから、このくらいの意地悪をしてあげても良い。
「そ、辞めない。ギィくんも好きに呼んで良いんですよ? 先生は禁止ですけど」
「ぐぬ……まぁ契約破棄と見なされるのも癪か……」
確かに、そういう意味でも出来るだけ仲睦まじくあるのに越した事は無い。私が彼に抱く感情も、彼が私に抱いている感情も、名前なんて知らないけれど、それでも一緒にいるしかないのだ。
だったら、多少強引にでも共に前を向くべきだと、そう思った。
「そうですよ。一応新婚なんですからね? 全部終わったら盛大に式典でもあげてやりましょうよ。来賓は全員ギィくんの魔法で麻痺状態にでもしてもらって」
「エゲツナイぜ!」
「そのくらいの状況なんだから、私結構お冠だからね」
「シカタナイゼ……」
語彙は少ないけれど、この壺ちゃんも話の理解度だけは高いみたいで助かっている。
話し相手としては十分すぎる程の知能はあるように思えた。後はもう少しお話がちゃんと出来ればいいのだけれど、それは未来に期待をしておこう。
何か良い物を食べさせてあげたらもしかしたらもっと賢さが上がるかもしれない。
とはいえそんな都合の良い物があるとも思わないのだけれど。
「とりあえず、次の街に着くまでは実戦経験だけ積んでいきます。魔物の事はさっぱりなので、叶いそうもない相手が出た時だけ、教えて下さい」
「それは私めが担当致しましょう」
カサギさんが相変わらず渋い良い声でギィくんに頼むつもりだった事を自ら請け負う。
「あー、まぁその方がいいな。俺は魔物の強さなんざ知らんからな」
その余裕ぶった顔が、少しだけ憎らしくもホッとする。これが彼本来の飄々とした雰囲気なのだ。
「主はそもそも一撃で大体の魔物を仕留めてしまいますので……。トリス嬢、少々強い相手は私も強力致しますので、お召し物の返り血にはお気をつけを」
――紳士すぎる。
鳥なのに、鳥なのに!
ペットは飼い主に似るというけれど、全く違う。
というよりもそもそも使い魔が主に似るという意味に変わるので本当に全く違うのだけれど、ギィくんがギィくんの性格だからこそ、それを補うように性格が作られていったのかもしれない。
「カサギさんも最初は壺ちゃんみたくあんまり上手く喋れなかったんですか?」
「ふむ……そう言われるとそうですな。というよりも壺さんが特殊だと思いますよ。そもそも使い魔であっても顕現した姿に言葉は依るのが通常ですので。
それはおそらく……私がずっと喋りかけていたせいもあるような気がして、少し恥ずかしくなった。
「テレルゼ!」
「ということは、これからもっと流暢に話すようになるって事もあるって事ですね」
「イケルゼ?」
そういう事らしい。実際、最初に一本剣を出してくれたあたり、明らかに使い魔よりも高次な存在のように思える。魔法使いが魔物や動物を使い魔として扱うという事と、私のような錬金術師が無機物を使い魔として扱うという事は、近いようで違う事なのかもしれえない。
「馬鹿っぽいけど、相性も良さそうだから名付けをしても良い頃かもな。より契約が強固になる」
「馬鹿って言った?! この可愛い壺ちゃんを馬鹿って言いました? 言いましたよね?」
「実際言われても仕方が無いとは思うが、それは少しあんまりだとオモウゼ!」
一瞬急に流暢に話す声が隣で浮いてる壺ちゃんの中から聞こえたような気がしたけれど、聞こえなかった事にする。
まさかこの壺ちゃんも私をからかっている
「馬鹿はあんまりですよ、主。無機物が使い魔に、それも言語を話すなど、そもそも例が無いような事でしょうに」
「ソウダゼ!」
「あー……なんか少しだけ分かってきた。けれどまぁ、いいか。とりあえずトリスはさっさとその壺に名付けして主従を確定させろ」
急に言われても、壺ちゃんは壺ちゃんだ。
今は一つしか無いにしろ、全て含めて愛しい壺ちゃんだったのだ。一つ一つに名前をつけて区別するのはむしろ悪い事のような気がして、あえてやらなかった事だ。
「うーん……すぐに言われても……壺ちゃんは好きな……」
「おっと待った、壺には任せるなよ? 名付けは主の仕事だ。あくまでカサギは俺の使い魔であり、壺もまたトリスの使い魔だ。それは時に友でもあるが、些細でも明確な上下関係の下でなければ成り立たない。だからこそ、お前がつけろ」
言わんとしている事は理解した。つまりは私が引いて接していると、使い魔と主の関係性が壊れてしまい、何らかの不具合に発展するのだろう。
「壺ちゃん……じゃ駄目だもんね。じゃあ……ケミー」
「その心は?」
カサギさんが興味深そうに聞いてくる。
「いつか、異国の言葉で相性か何かだって聞いたんですよね。丁度ギィくんがさっき相性が良さそうって言ってたし、可愛いから良いかなって」
「イケテルゼ!」
坪ちゃんこと、ケミーも気に入ってくれたみたいで良かった。
それに、カサギさんも少しだけ嬉しそうにしている気がした。ギィくんも何故か強く頷いていた。
「あぁ、それでいい。理由付けもあるほど、強固なもんになるからな。強い使い魔がいるのに越した事はねぇ」
「
確かにカサギさんの名前は呼びやすいが、なんというか、ギィくんらしく安直だ。
それでもあれだけの強さを保持しているという事は、そもそもギィくんが強いという事に関わっているのだろう。
「じゃあ、改めてこれからよろしくね、ケミー……と、カサギさんとギィくんも」
「ゴキゲンダゼ!」
「こちらこそ、主共々よろしくお願い致します、トリス嬢」
「まぁ、成り行きとは言え一蓮托生だからな、上手くやろうぜ。ほら、まずは実戦だろ」
ギィくんが軽く首で合図する方向に、獣型の魔物が二体程、こちらに牙を向けていた。
「じゃあ、錬金術剣士としての初戦なのかな。ケミーと一緒の方が、様にはなるよね、きっと」
「二体だから丁度良いですな。あの程度でしたら、
カサギさんの許可も出た事だし、私は今から、始めて人生経験の殆どを掛けていた救うという事の逆を始める。生物の生命を、本当の意味で、自分の意思で奪うのだ。
「イクゼ?」
その声が、少しだけ私に勇気をくれる。
「うん、行くぜ!」
だから私も同じ様に答えてみた。
始める日は、このくらいラフな方が丁度良い。怯えながら爆弾を投げて、宙へと飛んだ私だ。
もう怖いなんて言ってちゃ、何も始まらない。
それも必要な事だと思えば。私一人の為の事ではないと思えるならば、その剣を抜くまで少しだけ震えかけていた手も、剣が剥き身になった頃にはしっかりと握りしめる事が出来ていた。
「ヒダリ、イクゼ!」
「じゃあ私は、右だぜ!」
そう言って私とケミーは、おかしなテンションのままに、初めての実戦へと走り出した。
ギィくんの笑い声が聞こえていたから、後で少しだけ怒ってやろうと思いながら。
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